第87話:歪んだ微笑み
「今から2,000年以上前に生まれた宗教ですって…………!?」
「私が知らないのも納得であります」
少女の口から出た年月の十分の一も生きていないドワーフの少女が口を閉ざす。
「ゼロスト教は今から2,000年前、高度な文明を持っていたとある民族によって生み出された宗教です。宗教の形態はゼロスト様を主神とする単一神教で、その配下にわたしと妹のテルル。全部で三柱の神を持つ宗教です」
「なるほどね」
ぎし、と椅子を揺らしながらヘイムダルが口を開く。
「僕たちのように他の世界で生まれた宗教の神々やモンスターが天界やこの世界にいても何もおかしくはないのと同じで、この世界で人間が生み出した宗教の神々がいても何もおかしくはない、と。道理でゼロストなんていう神様を僕たちが知らないわけだ。僕たちはあくまでエリカさんがいた世界の宗教しか知らないからね」
「そして、この世界でもとっくに滅亡している宗教だから、この世界の住民であったとしても誰も知るわけがないと」
「つ、つまり、セレンはこの世界では誰も信者がいない忘れ去られた宗教の神様ってこと?」
「その通りです。おかげで身形も2,000年くらい前の見た目そのままです。笑っちゃいますよね」
だから古代ローマのような服装をしているのか。
少女の横顔に諦観のような色が浮かぶ。
「君については聞きたいことが山ほどあるが、まずは二つだけ聞かせてもらおう」
机の上に肘をつくと、親指と人差し指を立てて「L」字を作る。「2」のジェスチャーだ。
「一つ、君たちの宗教はどうして消滅してしまったんだい?要するに、聖典や遺物・遺跡などから、後世の人たちが君たちのことを知ることができないから誰も知らない宗教になってしまったわけだろう?宗教という形を取る以上は、聖典や遺跡がないのはおかしいと思うのだけどね?」
中には偶像崇拝を禁止する宗教もあるが、宗教である以上は聖典・遺跡・アーティファクト|(宗教的な意味を持つ工芸品や芸術品)・祭具などが遺っていないとおかしいはずである。
それらが一つもないことについてヘイムダルが言及する。
「わたしたちが小さなコミュニティの民間信仰から生まれた神だからです。破壊神であるわたしと創造神であるテルル。そして、その二人の女神を束ねるゼロスト様。「一人で墓地を歩くと幽霊に攫われる」くらいの、迷信じみた非常にシンプルな構造の宗教であったために受け入れやすかった半面、一つの街にその街を守護する神様が一柱存在するメソポタミア神話とは違って、信仰することによって人々が受ける恩恵のようなものはわたしたちにはなかった」
「だから、人々に愛や縁を与える神様やお酒の品質を決める神様、芸術作品や音楽の完成度を決める神様、農作物の吉凶を決める神様なんかがいるヴィルリア教にみんな乗り換えちゃったってことだねー。ま、ルナティちゃんにはクスペロール様からの愛の啓示がまだ来ていないんだけどねっ!!」
例えばゲルマン人が北欧神話から十字教へと回心する時、つまり、主神をオーディンから『神の子』へと乗り換える時、「『神の子』に祈りを捧げればオーディンと同じように勝利や恵みを与えてくれるか否か」を判断の基準にしていたという。
「世界の創造・破壊をした」という特徴のみを持つ神がいる宗教と、農耕の吉凶や漁業の吉凶を決める神がいる宗教。
どちらに人気が出てどちらに人が移り、どちらが衰退していくかなど言わずもがなである。
「神性が与えられなかった神、か」
ギリシャ神話に登場する冥界の神ハデスは容姿に関する描写がされた文献が存在しないし、ゲルマン民族が生み出したルーンの中には用途不明のルーンがいくつも存在する。
単に明記された文献等が未発見、あるいは消滅してしまっているが故に不明なのか、それとも、そもそも容姿や用途が『設定』として与えられていないのかは判然としないが、この世界に謎を残した遺物が現代社会にも存在するのは確かであるため、この件に関してヘイムダルは答えを返しにくそうだ。
「それじゃあ二つ目の質問。そのゼロスト教の教義って何だい?まさかその宗教の神様である君が知らないわけがないよね?」
ゾロアスター教ならば、「この世界は、善の神によって生み出されたモノと悪の神によって生み出されたモノが絶えず戦う戦場であり、全てのモノは善か悪のどちらかに属する」とするし、仏教ならば「六道の内で人間として生を受けたのならば、生きている間になるべく善行を多く行う。そうすれば善行が評価されて六道輪廻の輪から脱出することができるであろう」とするものである。
「ゼロスト教の教義は――」
金髪の女神が口を開いた時だった。
『セレンよ』
メイアが手に持つ牛乳の注がれたジョッキがかたかたと揺れ、水面に現れた水紋が人間の声を生成する。
絵理華はたった一度しか聞いたことがない男の声だったが、側でよく聞いていた少女が真っ先に反応する。
「ぜっ!ゼゼゼゼゼロスト様あ?!!」
『それ以上は話してはならぬ。もし口にしたのならばセレンであっても容赦はせぬぞ?』
柔和な声質とは裏腹に言葉の端々に棘が生える。
「貴方がゼロスト様ですか?初めまして、ヘイムダルと申します。先日はヴィーザルが世話になりました」
電話のようにこちらの様子・声が聞こえている・見えているか分からないので恭しく頭を下げながら白装束の神は言葉を続ける。
「……で、そのゼロスト教の教義とやらをどうして教えてくれないのでしょうか?もしや、今話しては不都合な何かがそちらにあるということでしょうか?」
『だからこそセレンに「待った」を掛けたんじゃよ。この場で話されるといろいろと不都合でのう』
「何が目的なんでしょうか?」
『ワシ自らの口で言ったらセレンを黙らせた意味がないじゃろうに』
少しの時間の沈黙の後にジョッキに入った牛乳が揺れる。
『とにかくじゃ、山城殿がこのことを知るのにはまだ早い。もう少し後になれば分かることじゃ。折角恵まれたスキルを与えてやったのじゃから、それまで異世界での生活を満喫するといい』
とぷん、と少し大きな水玉が水面から跳ねて波紋を作ると、それを最後に牛乳の水面は扁平となった。
「……すみません、皆さん。まだまだ言えないことが多くて。ですが、気にすることはありません!!動物園の経営にモンスター探し、こんな所で悩んで足踏みしている場合ではありませんよ!レッツゴーです!!」
笑顔・哀愁・そして寂寥感。
その全てを含んだ歪んだ微笑みを無理やり作りながら、少女はいつもの調子に戻ろうとする。
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さて、今日も今日とて裏トーク。今回はセレンです!!
セレンのモチーフとなったのは藤井の著作・「チート能力を授かって異世界に転移したけど、やっぱり元の世界に帰りたいと思う」に登場するヒロイン・セイシアです。
「ミスを犯したことにより天界の偉い神様から追放されて主人公のナビゲーターとなる」・「カミサマパワーを没収されて天界から突き落とされる」・「金髪ロングに古風なトーガ」・「ヒロイン」・「ツッコミ役」という所まで全て、セイシアと一緒になっております。
別に使いまわして楽したいわけではなく、純粋に動きが書きやすかったのと、かつて日の目を浴びることなく消えた作品のキャラクターを取り入れることでリベンジが果たせたらな、と思って採用しました。本稿を藤井が書いた異世界ものを搔き集めた集大成にしたかったという意図もあります。
名前の由来は元素番号34番の元素セレン。人体を構成するのには一定量が必要となる元素であるにもかかわらず、基準値を超えた量が存在すると水質汚染・土壌汚染に繋がる元素です。
地球上に一定数存在しないといけない元素である反面、多過ぎると環境を破壊する原因となる。
この二面性が転移者の絵理華をサポートする上で欠かせないパートナーである面と、破壊神としての両面性を暗喩しています。
ちなみにですが、藤井が書く作品のヒロインは一人称が必ず「わたし」になっています。特に理由はありませんが、他のキャラクターと一人称で差別化しておいた方が分かりやすいですよね!!
ではまた!これからもよろしくお願いします!!




