第86話:ゼロスト教
「テルルじゃないですか。こんな所で何をやっているんですか?」
不思議な光に包まれて水滴一つ付着しないテルルとは真逆に、水分を吸い込んだことにより身体の起伏がはっきりと浮き出たトーガを身体に纏った金髪の少女がこちらへと歩いて来る。
「まさか、わたしの活躍が遂にゼロスト様に認められて、天界に帰ることができるようになったとか?えへへ、嬉しいなあ」
「まだ何も言っていませんけど?」
「ほええ!セレセレが二人だ!!」と驚く兎型獣人の声を聴きながら会話を続ける。
「だったら何をしに来たんですか?テルルがここに来たということは、ゼロスト様から何か重要な案件を託っているんですよね?」
「この世界に『リヴァイヴァル』で生き返ったモノが二人、『リヴァイヴァル』を使った術者が一人いましてね。そのモノたちを始末しに来たんですよ」
「エウロ……。うっ、うっ、エウロ…………」と嗚咽するリルを見て状況を呑み込む。
「エウロさんがその一人だったってことですか?だったら、もう一人は誰だったんですか?」
「アラキラさんですよ。もう処分は終わりましたので、今度は術者であるカロルさんを始末しに行くところですよ」
「アラキラ……、カロル…………」
魔王ロザスの台頭から滅亡までを見てきたメイアとハロイラが息を呑む。
「アラキラとカロルが生きていたでありますか?!勇者殿に斃されたと聞いていたのでありますが!!」
「じ、じゃあ、カロルは誰が復活させたというのかしら?!」
「申し訳ない」
不甲斐なさそうに顔を俯けながらレオルスが答える。
「あの時はカロルを無力化するので手一杯でな。本体である心臓はまだ破壊できてないんだよ」
「じゃあ、傷が癒えたカロルが復活し、そこから『リヴァイヴァル』を使ってアラキラとエウロを生き返らせたってことかしら?」
「その通りです。だから、わたしは今からカロルを『消去』しに向かいます」
「待って!!」
転生者の女性が声を掛ける。
「相手は魔王軍の中でも四天王って呼ばれるくらい強いんでしょ?一人で斃せるの?」
「何か勘違いをしているようですね山城さん」
侮蔑にも似た笑みを浮かべる。
「わたしは出来損ないのお姉さんとは違って、ゼロスト様から直々に命を受け、カミサマパワーを宿したまま地上に来ました。神力を宿した神に人間やモンスターが勝てるわけがない。その事実はここにいる英雄の皆さんが一番よく分かっているんじゃないですか?」
何処からともなく歯を鳴らす音が聞こえるがテルルの話は続く。
「あなたが【テイム】しているベヒモス・レヴィアタン・ジズ・アジ=ダハーカのような神話級のモンスターであれば分かりませんが、カロルさんのような小物如きにわたしが負けるなど万に一つもあり得ません。コンビクションソードでアラキラさんのように跡形もなく消し去ってあげます」
「そっちこそ何か勘違いしてるんじゃない?」
「何がでしょうか?」
眉を顰める女神に対して胸を張って答える。
「セレンは出来損ないなんかじゃないよ。確かに少しそそっかしくて落ち着かない所だってあるけど、異世界に来て右も左も分からない私に対して丁寧に説明してくれたし、いろいろな魔法や国の事情について教えてくれたし、最初は文句を言っていたけど動物園の準備にだって協力してくれた。こんなに親身になって頑張ってくれる娘が出来損ないなわけないじゃない?」
「絵理華さん……」
女神が嗚咽する中はっきりと言い返す。
「もしかして、妹とか言っておきながらセレンのことを何も分かってないんじゃないの?」
「つまり、的確なサポートはできているけどまるでダメだと。ならばこうしましょう」
転生者を迎え入れるように手を差し出す。
「ゼロスト様にお願いすれば案内役をお姉さんからわたしへと変更することもできますよ?どうしますか?」
答えは勿論決まっている。
「必要ないよ。私はセレンの方が好きだし、最初から最後までセレンと――ううん。ここにいるみんなと一緒に成し遂げたいんだ」
「山城さんはゼロスト様から気に入られていますので、私がゼロスト様に頼んであなたが望むだけの地位と名誉を与えましょう。どうですか?」
答えは勿論決まっている。
「いらないよ。私はみんなと協力して動物園を一から造るのが楽しいのであって、地位とか名誉・財産なんかには興味はないんだよ。……勿論、経営には莫大な資金が必要だから、お金が欲しいのは事実なんだけど」
「欲に流されていて全然格好よくないでありますよエリカ殿……」
「分からないものですね。これが昇進した瞬間会社を辞めてしまうという『Z世代』ってやつですか?」
重苦しい息を吐く。
「わたしを選べば望むものが好きなだけ手に入るというのに、どうしてこの手を取る気がないんですかね?分からないものです」
「私が欲しいのは地位とか名誉とか富とか、そういうものじゃないんだ」
静かに首を振る。
「私が欲しいのはね、みんなと過ごす今この瞬間・今この場所なんだよ。みんなと一緒にいろんなことに挑戦して、いろんなことをして笑う。そんな時間が一番幸せで一番大切なんだ。だから、富や名誉を手に入れたって持て余すだけだし、私には必要ないよ。どんなに大変でも仲間がいればそれで充分。それで満足だよ」
「仲間、ですか」
短い髪を揺らしながら踵を返す。
「わたしには何がいいのか分かりませんね。では、わたしはあなたたちほど暇ではないので、そろそろカロルさんを討伐しに向かいます。これからも楽しい人生をお過ごしください」
周囲を包む眩しい光に耐えられずに目を覆うと、テルルの姿は消えていた。
「……いろいろと話したいことがあります。『アルミラージの集会所』に戻りましょう」
静かに口を開いたセレンを先頭に宿へと向かう。
☆★☆★☆
「彼女の名前はテルル。ゼロスト様に仕える女神の一人で、わたしの妹です」
10人以上のメンバーが一か所に集まって話をすることになったため、今日の『アルミラージの集会所』は急遽店仕舞いとなった。机を運んで引っ付け、椅子を搔き集めて『ライザーズ』と『煌々たる裁きの剣』が向かい合って座る。
「わたしとテルルは二人でゼロスト様の補佐をしていたんですが、わたしが絵理華さんの案内役としてこの世界へと堕とされたことにより、補佐役はテルルが一人でやっていました。今回は『リヴァイヴァル』を使ったカロルさんの始末と言っていましたね」
「ねえ、前々から気になっていたんだけど」
隣に座る絵理華が口を開く。
「そのゼロスト様っていうのは一体何者なの?少なくとも私はそんな名前の神様を聞いたことがないんだけど?」
「僕もないね。天界ではいろんな神様と会ってきたけど、そんな名前の神様は聞いたことない。一体何処の宗派のどういう神様なんだい?」
神様代表としてヘイムダルが誕生日席に座る。
「ヘイムダルさんが聞いたことないのも無理はありませんよ。この世にはもう存在しない宗教なんですから」
「……どういうことだい?」
険しい表情へと変わったヘイムダルの表情を見ることもなく、セレンは言葉と紡ぐ。
「例えばメソポタミア神話ってありますよね?世界中に純粋な信者が一人もいない宗派の神話が今日も遺っている理由って何か知っていますか?」
メソポタミア神話は5世紀頃にはほぼ表舞台から姿を消し、一部の限られたコミュニティが10世紀頃に作ったとみられる遺跡が発見されたのを最後に信者が完全にゼロとなった宗教だ。水の神エンキが都市を沈めた逸話が「ノアの箱舟」のモチーフになっているなど、他の宗教への影響を与えてはいるものの、最高神アヌを崇拝する宗教としてのメソポタミア神話は現在には継承されていない。
「それを僕に聞くとは愚問だね。聖典や伝説・神話が文体や史料・遺跡などの形で遺っているからだろう?メソポタミア神話なら粘土板に刻まれた楔形文字だね」
「その通りです。特にメソポタミア神話は遺された粘土板にかなり事細かく内容が記されていたようで、神の名前や宗教形態を容易に復元できたと言われています」
「それがどうしたというんだい?」
「史料や文献が遺されていれば、の場合です」
皮肉めいた物言いをしていた白い神が口を閉ざす。
「家の断絶や継承者がいなくなったことで剣術が失伝することがあります。それと同じでゼロスト様を最高神とするゼロスト教も、いつしか継承者や信者がいなくなり、形を失って消えてしまったんです」
「セレン殿、一つよろしいでありましょうか?」
小さな手が直上に挙がる。
「私はこの世界に生を受けて257年。つまり、この中では最長に近い年月を生きてきたでありますが、ゼロスト教などという宗教を一度も聞いたことがないであります。そのような宗教など本当に存在するのでありましょうか?」
「ルナティちゃんも教会で修行をしていた時代があったけど、そんな宗教聞いたことないよ?」
「私もありません。エルフたちにも話している者を見たことがありませんし、レオルス様たちとの旅で遺構や遺物を見たこともありません」
最も長い年月を生きたドワーフと教会関係者であるはずのルナティとリルまでもが首を横に振る。
「存在していましたよ?誰も知らないだけで」
寂しそうに首を傾ける。
その姿は誰にも気づかれずに一生を終える路傍の花のようだった。
「ところで、今年は何年でしたっけ?」
「ヴィルリア暦1283年。つまり、この世界をヴィルリア様が創ってから1283年経ったってことだねっ!ルナティちゃんのような聖職者たちは、宗教行事やお祭りの日程を覚えなければならないから、暦はすぐに出てくるのだ!!」
「暦くらいなら誰でも分かるわよ駄兎」
「ヴィルリア暦1283年ですか」
「??それがどうしたって言うの?」
「ゼロスト教はヴィルリアを主神とした多神教が成立する、800年くらい前に生まれた宗教です。つまり、ゼロスト教が生まれたのは今から2,000年以上前なんですよ」
少女の静かな言葉を聞き鈍重な空気が流れる。
「なろう」にてブックマークが一件減りました!本来ブックマークといいねが付かなかった日は後書き書くのを止めてましたが、自分語りをせずにはいられません!これからもガンガン書いていきますよ!!
さて裏トークの続きです!もうヤケクソなのでネタバレしない程度にメタトークをガンガンしますよ!!今回は主人公・山城絵理華についてです。
絵理華は本稿の主人公なのですが、「第65話:胸に備え付けられし禁断の二つの果実」の「普通くらいの胸の大きさ」という描写を除き、身体的な特徴が一切登場しません。
理由としては、主人公の特徴を限定する描写・表現を一切排することで、読者様一人一人に違う『絵理華』を想像してほしいからです。
動物園での勤務中に死んだから、そのままの姿で従業員用の生地の厚い服を着ているかもしれない。
いや、転移するにあたってゼロストからドレス風のかわいらしい衣装をもらい、それに着替えているのかもしれない。
いや、「中世ヨーロッパ風の世界観」に溶け込むために、中世のごく一般的な町娘の恰好かもしれない。
いや、役職が魔法使いなのだから、山高帽にローブなのかもしれない。
髪型や瞳の色・身長などについても描写がありませんので、ショート・ロング・ポニーテール・ツインテール・帽子を被っている?・金髪・銀髪・ブロンズ・黒髪・実はセレンよりも少し低い?いや、頭一個分くらいの差がある?などど、自由に想像できる余地・幅を持たせています。
作者である藤井の方からは明確なビジュアルの答えを敢えて提示しませんので、どうか好きな『絵理華』を見つけて、好きな『絵理華』で想像してお話を読んでくださいね!!
「絵理華に関する描写全然ないってマジ?!」と思った読者様は、過去の話を改めて読んでみると面白いかもしれませんよ?!!
ではまた!これからもよろしくお願いします!!
……コンテストの選考者って、こういう工夫も一つ一つ汲み取って審査しているんですよね?凄いですね!!




