第53話:備忘録
「何だか最近バタバタしているし、ちょっと頭の中を整理しようか」
某日の夜。
安くて質の悪い紙と羽根ペンを拝借し、紙に書き込んでいく。
「まず、動物園経営のための人員確保。……これは『煌々たる裁きの剣』のメンバーが加わったことでメンバーが増えたし、リルが動物やモンスターの生態に詳しいということで、獣医師も確保したでしょ?ここの部分は解決したかな?」
ルナティやタイガが見ても分かりやすいように、項目の左側に打たれている打点にチェックを入れる。
「次に、ロネッツ男爵から言われた、モンスターの種類を増やすこと。これは、とりあえずグリフォンとヒポグリフが追加されたし、これからも少しずつ依頼をこなしながら増やしていけばいいから、とりあえずは問題ないかな?」
紙に二つ目のチェックを書き入れる。
「次に、インテリアを増やす。……これはまだやってなかったね。ロマリアに行って買い揃えようかな?」
「ロマリアだと物価が高いので、ロマリア近郊の都市を探してみるのもありかもしれませんよ?」
「それならラウドレーストなんてどう?!ルナティちゃん知り合いがいてよく行くから道案内できるよ」
「ロマリアの隣にある都市だけど行ったことない。ボクも行ってみたいな」
「それに、」
部屋の隅に乱雑に脱ぎ捨てられた藍色の服を見る。
「この『月虹装備』、やっぱりダサい。もうちょっとかわいい服に改造してもらうのだー」
「ルナティさんってピンク色の男性服着てましたよね?もしかして、服を改造する宛てとかあったりするんですか?」
「えっへん。ルナティちゃんと仲のいい【裁縫師】・【染物師】スキル持ちの人がいるから、ついでにそこに行きたいのだよ」
中世ヨーロッパには様々な職業がある。
例えば服一つを販売するに至っても、綺麗で高級な布類を仕入れて販売する織物職人、織物の染色を行う染物師、古着のリメイクや修繕などを行う裁縫師など、職業・職人は多岐に分類されている。
それと同じように、【鍛冶屋】・【織物職人】・【染物師】・【裁縫師】といったようにスキルも細分化されており、それぞれのスキルでできる役割が異なっている。
「へえー。服に関係するお店がたくさんあるってことは、きっと渋谷や原宿みたいにお洒落な場所なんだろうなぁ」
「シブヤ?ハラジュク?何ぞそれ??」
頭頂部に生えた耳を揺らす。
「私がいた国の首都周辺にある地名で、お洒落な飲食店やお店がたくさんある場所だよ。……私も行ったことがないから、どんな場所かは知らないんだけどね」
「人間たちが話しているのを少し聞いたことがあるよ。ボクが住んでいたロマリアよりも綺麗で活気のある街なんだろうね」
「そういえばさ、私たちがロマリアにタイガを探しに行った時、随分と高級そうな建物に住んでいたよね?ここら辺と比べて物価が高いはずなのに、どうやって生計を立てていたの?」
「幸か不幸か、天界から転生した時に三叉槍を抱えたままロマリアの市街地に倒れていたようでね。剣闘士と勘違いされてそのままコロシアムで戦わされていたのさ」
布で三叉槍を磨きながら言葉を続ける。
「何度も何度もモンスターや奴隷と戦わされていたけど、ロマリアのコロシアムでは負け知らずでね。使い方も碌に分からないうちにお金だけが貯まっていって、気づいたらあんな豪邸に部屋を構えていたというわけさ」
「実はお金持ちってこと?ルナティちゃんに恵んでくださったりはしないのでしょうか!?」
「ボクはエリカのためにしか使う気はないよ?」
「そうですよね……。ルナティちゃん意外と金欠なんですが」
頭の上に立った耳が力を失い、重力に任せて垂れる。
「とりあえず話を戻しましょうよ絵理華さん!他にやらなければいけないことって何でしょうか?」
「あとは、動物園の目玉になるようなモンスターが欲しいなあ。グリフォンとかスライムもいいんだけど、もっとこう、ザ・モンスターですよ!!みたいな強烈なインパクトがあるモンスターが欲しいんだよね」
「この前はアティアグとかいいかも、って言ってましたよね?危険なモンスターではありますが、あれくらいインパクトが強いモンスターがいると、確かに目を惹きますよね!」
アティアグとは、大きく膨れ上がったぶよぶよとした身体の中央に大きな口を有し、三本の脚・三本の触手を持つ全長8フィート(約2.4m)、体重500ポンド(約227kg)のモンスターである。
主食は生ゴミや動物の死骸・腐敗した肉で、普段は地下道に溜まったゴミやヘドロの中に身体を埋めて息を潜めているため、体臭は非常に臭いという。
「後は、動物園のマスコットキャラクターも作りたいな。できるならかわいい動物みたいな感じにしたいんだけど?」
「やだなエリポン。ここにいるじゃないですか~。『アルミラージの集会所』の見目麗しい看板娘が!!」
「……誰のことでしょうか?」
「心当たりがないね」
「みんなルナティちゃんが謳って踊れる超癒し系少女だってことを忘れてない?!!歌には自信があるから宿の中でお歌を歌ってもいいよー!!」
「宿の中だと疲れて寝ている客とかに迷惑が掛かるから、動物園の中にイベントステージみたいなものを造って、そこでいろんなイベントとかをやっても面白いかもね。それこそ歌自慢大会とかどう?
「象が食べる分くらいの量の料理を用意して、早食い大会とか面白そうですね!!」
「象の食事って一日に300kgくらいだよ!?完食できる人の方が少ないんじゃないかな!!?」
「他にはセレンのレベル上げも課題だね」
話題に入れずに少しだけ不貞腐れていたタイガが口を開く。
「エリカとルナティはLSランク。ボクはモンスターである都合上スキルを手に入れられないから、セレンの冒険者ランクをLSランクの条件である91レベル以上にするか、あと二人LSランクの冒険者を搔き集めるのが早そうだね」
「だったらさ、勇者様たちのパーティから二人連れ出せばいいんじゃない?そうすればとりあえずは四人になるじゃん?」
「彼らは元々エリカが【テイム】したモンスターを殺しに来た刺客だからね。FFに託けてエリカたちを暗殺する可能性だって十分にあるだろう?みんなでもう少し監視を続けた方がいいと思うんだ」
「ええ~。ルナティちゃんにはいい人たちに見えるけどな~。だって勇者様でしょ?この世界を平和にした英雄だよ?そんな人たちが悪いことをするようには思えないんだけどな~。モンスターの絶滅に乗り出したのも何か理由があるのかも?」
「わたしや絵理華さんの装備も整えないといけませんねー」
この世界に来てから一度も代えていない純白のトーガを揺らす。
「……セレンの服も買いたいね。ずっとそればっかり着てるとなると、さすがに匂ったりしない?」
「それが、このトーガも装備に該当するみたいでして、全然汚れないんですよ!!」
どのような仕組みになっているかは分からないが、この世界の鉱石・岩・砂などには特殊な効果があるらしく、それらを素材に【鍛冶屋】スキルで作った鎧や装身具は、傷や経年劣化・汗や皮脂などによって汚れないのだという。
同じ装備を何回も着用することができるし、何日間も着たままでも洗濯要らず。使わなくなった装備を保存しておいても腐敗したり匂ったりしないのだそうだ。
「だったらさ、そのなんちゃらレーストに行けば低いランクの装備が中古で売ってたりしないの?とりあえずそこで間に合わせるのもありなんじゃない?」
「確かにそうですね!折角この世界に来たんですし、わたしもゴツい鎧とか着てみたいです!!」
「君は魔法使いだから龍鱗鎧や板金鎧は装備できないよ……?」
「ようし!とりあえずはラウドレーストにみんなでお買い物だあ!!ルナティちゃん張り切っちゃうぞ☆」
窓の外から終課の鐘(21時を告げる時報)が鳴ったのを聞き、四人は慌てて床に就く。