第54話:蠢く闇
「くそっ!レオルスは何をやっているというのだ!!?」
『煌々たる裁きの剣』に動物園を潰すように命じてから数日。
あれから経過報告や戦況などの情報がレオルスから全く届かない。
「て、偵察に向かわせた部下によると、どうやらエリカ=ヤマシロの指示を受けながら動物園の経営を手伝っているようです」
「何だとっ?!」
王が憤怒した勢いのまま玉座の肘掛けを叩くと激しい大音が謁見の間に木霊する。
「何故懐柔されておるのだ?!『煌々たる裁きの剣』に何が起こっておる!?」
「あ、ああ、あくまで又聞きした話なので真偽は定かではありませんが、『煌々たる裁きの剣』がエリカ=ヤマシロの率いるモンスターたちに負けたとのことです」
「勇者がモンスターに負けた?ならば、エリカは魔王以上の実力を持っているということになるではないか?!」
「ひいっ!そっ!そうですよね?!あの勇者様に勝てる相手なんているわけがありませんし、ただの迷信に決まっていますよね?!」
「だが、もし本当だとしたら由々しき事態だな。勇者にすら勝てない相手となると、誰が勝てるというのだ?」
「ロマリアのセトレイ城を守護する『紅蓮と白銀の騎士』を向かわせますか?!【マジックマスター】を持つあの少女がいるギルドであれば、エリカ=ヤマシロを倒せるかもしれませんよ?」
「確かにそれもそうだが、それではセトレイ王に借りを作ることになるではないか。それだけは避けたいな」
『お困りのようだな』
何処かから発せられた声が大広間に反響する。
しかし、この大広間には忠臣とゴロド王しか存在せず、この部屋へと続く唯一の通路は衛兵たちによって防御されている。第三者が入ることは能わないはずなのだ。
「誰だ?何処に潜んでおる?」
『誰だとは不躾だな。数日前までワタシのことを考えて恐怖していたというのに、もう忘れてしまったのか?』
ずずずずずず――。
壁に飾られた蝋燭が作り出した影の一つが不気味に揺れると、その影から黒い塊が浮き出てきた。
「おっ!お前はっ!!」
「カロル!!?」
どろりとした黒い塊が空気に溶けて消え、その中から経年劣化と風化によりボロボロとなった布を身体に巻き付けた骸が姿を現した。
魔術王カロル。
かつて魔王ロザスの配下にいた四天王の一人で、魔法の実力と知識量ではロザスをも上回ると評された男である。
「……レオルスからの報告では死んだと聞いていたが、どうやって蘇った?」
『元より生きることを捨てた身であるワタシが死ぬわけがないだろう?』
カロルは魔術の研究を続けたいがために自らをリッチにした人間の魔術師だ。
リッチは魔法で腐敗しないように改造された心臓を入れた小箱を何処かに隠し持っており、その箱にある心臓を破壊しない限りは何度も生き返るとされている。
魔術王カロルとの戦いもあくまで無力化しただけであり、完全に殺すのには至っていなかったということか。
「魔王の残党がのこのこと現れおったな?!我がゴロド王国の兵士たちを今すぐに呼び出して、貴様を始末してくれようか!!」
『高々田舎の王国の雑兵と魔王軍の四天王と呼ばれたワタシ。大量の血と引き換えにどちらが強いか証明して見せようか?』
骸から漏れる血のような赤さを持つ瞳に睨まれ、自分が袋の鼠であることに気づかされる。
「……で、その四天王が何をしに来たのだ?暗殺もせずにこんな所で立ち話の漫談をお望みとなると、直接儂を殺しに来たわけではないのだろう?」
『ふふふ。賢しいな。曲がりなりにも一国の王なだけはある』
声帯はとっくに腐敗しているはずなのに、どうやって声を出しているのだろうか。笑声に合わせて骸骨がカタカタと音を鳴らす。
『聞く話によれば、貴様はエリカ=ヤマシロという女を疎ましく思っているようだな。まずはその理由を聞かせてもらおう』
「無論。複数のモンスターを【テイム】しているからに決まっておる。強力なモンスターをいつでも自由に操れる状態にあるのであれば兵力を握っているのと何ら変わりはないし、【テイム】されたモンスターはスキルの発動者が死ぬと枷を失って野生に戻る。自分が治める国に狂暴なモンスターが放たれるかもしれないと聞いて、「はいそうですか」と何も策を打たずに野放しにする奴など誰もおらんだろう?」
『理に適っておるな』
「だから、儂はエリカを潰すために勇者を派遣したのだが――」
「ゴ、ゴロド王様!!」
ここで歯をがたがたと鳴らしながら忠臣が言葉を遮る。
「相手は魔王の手下ですよ?!そんなにつらつらと内情を話してもよいのですか?!!」
国王と魔術王。
二人の王の視線が集中するが、
「相手は魔王の僕。しかも、ここまで踏み込まれているのであれば、どのみち儂らには限られた選択肢しかないわい。ならば、洗い浚い全て話すしかなかろう」
王が玉座に背中を預けながら溜息を吐く。
「……話を戻そうか。儂はエリカが所有するモンスターを殺すために『煌々たる裁きの剣』を向かわせたのだがな、風の噂ではレオルスたちは敗北し、エリカが経営するドウブツエンとやらの経営を手伝わされているというのだ」
『ふはは!あの勇者が他人の傀儡になるとは面白い!!……しかし、そうなると、』
カロルは思料する。
『あの勇者どもを撃退できるほどに強力なモンスターをエリカが所持しているか、エリカそのものが『煌々たる裁きの剣』よりも強いということになるな。そのようなモンスターなど地上に数えるほどしかいないはずなのに、どうやって見つけ出して【テイム】したというのだ……?』
「偵察した者の報告によりますと、エリカ=ヤマシロは他には三人の女性と常に行動を共にしているらしいです……」
『その三人とやらの特徴は分かるか?』
死してなお野心に燃えた赤色の瞳を向けられ、忠臣の肩が跳ね上がる。
「白いトーガを身に纏った金髪の少女と、兎型獣人。そして、さらしと腰巻きを装着した茶髪の少女だそうです」
『白いトーガを纏った金髪の少女?』
一人の少女の特徴を聞いて骸が反応を示す。
『その少女について確認が取りたい。二・三個ほど質問してもいいだろうか?』
「は、はひっ!!」
今にも失神するのではないかというくらい緊張した忠臣に目線を合わせながら、皮と肉の無くなった指で国際基準のピースサイン(「3」を表す指数えだ)を作る。
『その女が着ている純白のトーガというのは、古代の人間や神話に登場する人物が着ているような服装だったか?』
「ええ、間違いないと思います。このご時世にトーガを着る人なんてほとんどいませんので」
『その女は特殊な力を持っていなかったか?それこそ、魔法やスキルでは説明できないような、特殊な力を使っていなかったか?』
「……?いいえ。そのような報告は受けていませんが??」
『では最後に一つ。その女の名前はセレンではないか?』
「はい!間違いありません!!……何処かでその女に逢ったことがあるとかでしょうか?」
『やはりな』
骸骨の口角が怪しく歪む。
『ゼロスト教のセレン。『ゼロストの右腕』という肩書きを持った、ゼロスト教では最上位に近しい力を持った女神だな。もしそいつがエリカに付き従っているのであれば、勇者が勝てないのも納得がいく』
「ゼロスト教……?」
「聞いたことがない宗教です…………」
『くくく……。これはいい収穫だ。おいゴロド王!!』
それぞれ色の違う宝玉が六つ嵌まった杖を打ち鳴らしながら声を発する。
『ワタシと手を組まないか?エリカを始末したい貴様と勇者に復讐したいワタシ。互いに利害が一致しているとは思わないか?』
「何だと?!」
相手はかつての魔王軍の手下。しかも四天王と呼ばれた『王』の一人。
上から数えた方が早いような大悪党と手を組めというのか。
しかし、逆に言ってしまえば、魔力量で言えば魔法をも上回ると謳われるほどに強力なモンスターと協力関係を築けるのであれば、これほどのチャンスを掴まない手はない。
『これから面白いことが必ず起こる!その結末をワタシと一緒に見届けるのだ!!』
「いけません王様!!魔王軍の言葉になど耳を傾けてはいけません!!」
「……」
このことが他の国に知られたら、ゴロド王国は社会的に孤立してしまうかもしれない。
だが、狂暴なモンスターの巣窟とも言えるドウブツエンを放っておいていいわけがない。強力なモンスターがこれ以上集まらないように、早く芽を摘み取ってしまわなければ。
「……分かった。協力しよう」
『命拾いしたな』
いつの間にか頭上に出現していた漆黒の剣を消しながらカロルは答える。
『もしここで断るようなことがあれば、変身魔法で貴様に成り代わり、このままゴロド王国を征服しようと思っていたのだ。どうやら、損得勘定を天秤に載せるのが上手い人間のようだな』
王を嘲笑うかのように杖に嵌め込まれた宝玉が光を反射して光った。




