第31話:空の旅
「ひやあっ!!こんなに高い所を飛ぶのはルナティちゃん初めてだぞっ☆」
天気は快晴。
高度1,300フィート(約396m)程度の上空を飛んでいるため、涼しいというよりも肌寒い。火の精霊サラマンダーを呼び出して周囲を漂わせ、暖を取りながらゴロド王国へと向かう。
「北欧神話の神様たちがあんなに暴れたのに、随分と復興が早いんだね……」
ラグナロクが起きてからまだ一週間も経っていないため、巨大化したフェンリルが移動した時に踏み潰した樹々や、ヴィーザルやテュールが薙ぎ倒した家々など、国中に戦争の爪痕が残っていてもおかしくないはずなのだが、まるでラグナロクそのものがなかったかのように乱れた景色は一つもなく、眼下に広がる国道を人や馬車が行き来する。
「やっぱりあれかな?魔法を使って復興したのかな?」
「先ほども言ったではありませんか。ここは言わばゼロスト様の管理する箱庭。天界にいるゼロスト様の匙加減一つで、壊れた場所はパパっと直っちゃうんですよ!」
「そこなんだけどさ、そのゼロスト様って一体何者なわけ?」
隣に座るセレンを一瞥する。
「一つの世界の管理を任された神様なんだよね?世界一つを丸っと改変できるとなると、かなり神格の高い神様な気がするんだけど?」
「ええ。そりゃあそうですよ!ゼロスト様は最高神ですからね!とても偉い神様なんです」
「……何の宗派の?」
「それは――」
セレンが言い難そうに唇を噛んだ時、風を切る音を打ち消すほどの大音が獣人少女の腹から鳴った。
「ルナティちゃんお腹空きましたあ~。そういえば、森の中で倒れて待っていたから、何も食べていないのでしたあ……」
「ギルド案内所での報告が終わったらガオバーロで何か食べましょうよ!それとも、『アルミラージの集会所』で食べますか?」
「勿論『アルミラージの集会所』だよっ!ルナティちゃんはお腹だけではなくて、寂しい胸の内も満たさないといけないんです。ぐへへ」
「お腹が空いた人から出るセリフではありませんね……」
……上手くはぐらかされた気がする。ガオバーロ近郊の森で降り立つと、徒歩でギルド案内所へと向かう。
☆★☆★☆
「おお~エリカ殿!これまた随分と派手な凱旋ですな~」
ギルド案内所での報告を終えて報酬を受け取り、一体のグリフォンと四体のヒポグリフで編隊飛行をしながら飛行。動物園の空いたスペースに緩やかに着地する。
「ただいまテュール。依頼でグリフォンとヒポグリフを【テイム】して来たよ!」
『騒がしいと思ったら、随分と厳ついモンスターを【テイム】したものよ』
自身も展示されているモンスターの一匹であることをすっかり忘れたザッハークと駄弁っていたようだ。二人でこちらに目線を向ける。
「えーっと、グリフォンとヒポグリフは何処に展示したらいいかな?」
「絵理華さんの世界では少なくとも5,000年前には存在していたモンスターですので、何かの神話の影響を受けている可能性は少ないと思います。ルミ子と一緒のその他のモンスターエリアに展示してはどうでしょうか?」
「それだとルミ子が怖がっちゃうよね……。その他のモンスターエリアを少し拡大して、グリフォンとヒポグリフの専用スペースを造ろうか」
『だったら、先ほど持ち帰った財宝類もそのまま展示してはどうだ?グリフォンは強欲なモンスターなのだろう?それを分かりやすくするのには丁度いい代物ではないか』
「あの……、あのあの…………」
先ほどまでの元気は何処に消えたのか。借りてきた猫のようにもじもじしているルナティが口を開く。
「もしかして、あなたたちがエリポンの言っていた、かっこいい男1号と2号なのでしょうか?」
何のことを言っているのか分からないので、英雄と軍神が顔を見合わせ、
「このテュール。恰好の良さであれば誰よりも自身がありますぞ!失った右手がその雄姿の証明ですな!!」
『我は一国の王を1,000年間務めていたからな。恰好の良さではこの男には劣らぬ』
テュールは胸を張って、ザッハークは腕を組みながら答える。
「おっほ~~☆。確かに美形ですなあ!!ありがとう!エリポン!!」
「と、とりあえず宿に向かおうか」
動物園の中を移動して宿へと向かう。
途中、
「……この娘は誰だ?……新たな珍獣か?」
出入口に立っていたヴィーザルと一言二言交わし、
「本格的な宣伝活動を開始するまでは暇だねー。また何処かに旅行にでも行っちゃう?」
「旅行もいいけど闘技場で一暴れするのも面白そうだな」
店の外で呑気に会話するトールとロキの脇を通り抜けると、
「やれやれ、どうして僕が店の手伝いをしなくちゃいけないんだい?僕は経理担当の裏方仕事なんだけどね」
「ボヤくなら今のうちにしときな。トールとロキが本格的に宣伝を始めたら、もっと忙しくなって小言の一言でも言う暇がなくなっちまうからな!!」
カウンターではガルシャとヘイムダルが仲良く|(?)料理の提供を行っていた。
「いらっしゃい!お、何か変なの連れて来たな?」
「見たところ、兎型獣人のようだね。ピンクに染めた男性用の上衣を着ているのは少し奇抜だけど」
適当な机へと三人を案内する。
「嬢ちゃん二人はいつものでいいのかい?で、そこの嬢さんは何にしようか?」
目を向けてみると、「こ、ここ、ここここここここここここここはははははははははは」と、言葉が陸に話せる状態ではなさそうなので、
「人参スープってある?人参を使った料理なら何でもいいみたい」
代わりに注文しておく。
「どうですか?絵理華さんの言葉に間違いはなかったでしょう?屈強な男性ばかりでしょう?」
「ここは天界ですかここは天界ですかここは天界ですかここは天界ですかここは天界ですかここは天界ですかあああぁあああ!!!」
「わたしが言うのもアレですが、少なくとも天界ではないですね」
壊れかけのラジオのようになったルナティにセレンが冷静に返すと、
「こんなにも恰好いい男性に囲まれて生活しているなんて、エリポンはずる過ぎるんだぞっ!ハーレムってやつだよねこれ?!自然界で生きて来たから、ルナティちゃんこういうの分かっちゃうんだからね☆」
やっと本調子に戻ったのか、いつものふざけたような言葉遣いで返してくる。
「さてさて、ここにルナティちゃんが理想とする、普段は頼りないけど、いざとなったら『防御のルーン』の字みたいに背中を向けて守ってくれる系男子はいるのかっ!?」
ちなみに『防御のルーン』とは、真ん中の棒の部分が突き出た「Y」のような形をした文字だ。絵理華がいた世界の言葉で表現するならば「「大」の字の背中」と言ったところか。
「普段は頼りないやつ?そんなやついねぇ気がするけどな」
周囲をきょろきょろしながら男たちを物色していると、実は話を聞いていたガルシャが木製のお椀に入った人参スープとパンを供す。
「何せ、ここにいるような輩は全員、神話の中で大活躍する神様と英雄ばかりだからな。そういう弱々しいやつはいないのさ」
「え…………、じゃあここには筋骨逞しい男たちしかいないってこと?!でもほら、店の前にいたじゃん!黒と黄色の美しい面立ちをした男が二人っ!!」
「トールは好戦的だし、ロキはトールにしか興味がねぇからな。嬢ちゃんのイメージするのとは違ぇだろ?」
テュール・ヴィーザル・ガルシャは絵に描いたような筋骨隆々の戦士。
ザッハークは肩から蛇の頭が生えているため何か違う。
トールとロキもイメージとは違うらしい。
と、なると、残るはヘイムダルだけになるのだが、
「……何か口五月蝿そう」
「今すぐその大きな耳の目の前でギャラルホルンを吹き鳴らしてあげようか?」
如何にも獣人少女の理想とは合ってなさそうだ。がっくりと肩を落としながら人参スープを啜ると、人参特有の甘い風味が口の中に広がった。