第24話:新作料理
「お、お待たせいたしました」
緊張で少し表情を強張らせながら、ガルシャがロネッツ男爵が座る食卓へと料理を運ぶ。
「スープだね?何の肉を使っているのかな?」
ヴィルリア教には口にするのを禁忌とされている肉や食事・断食などの風習は特にないため、純粋に何の肉を使っているのかが気になるようだ。香りを堪能しながら巻き毛の英雄に尋ねる。
「山羊の肉、です。最近山羊を仕入れたんで、スープにしてみ、ました」
「珍しいものを使ったね」
丁寧にしようとおかしな言葉の切り方をするガルシャを気にすることもなく、素直な感想を口に出す。
山羊は主にアジア圏内で食肉として、ヨーロッパ圏内では搾乳によるチーズなどの乳製品を作るために用いられている家畜である。
アジア系民族と関わることが多くなってきたことで、ヨーロッパでも食肉として用いられるようになったが、それまでは食肉としてはあまり主流な生き物ではない。
主な調理方法としてはシチュー・バーベキュー・カレー・フライ・刺身などがあるが、シチューとバーベキューが誕生したのは近世以降である16世紀、カレーがアジアから伝来したのも同じく16世紀、フライと言えば主に魚であり、生食文化がないため刺身は好まれない。こうしてみると、大航海時代が衣食住に如何に大きな影響を与えたかが改めて分かる。
ミンチにしてパテにする方法やソテーにする方法もあったが、素材そのものの味を活かすためと、新たな調理方法を生み出すにはいい機会だと考え、挑戦してスープにしたのだ。
「では一口」
銀でできたお椀にパンを浸して掬うと、上に乗せた細切れ肉と一緒に口の中へと運ぶ。
補足にはなるが、スプーンは木製のものや青銅・銅製のものが古くから用いていて、特に古代ギリシャや古代ローマでは用いられていたようだが、それ以外のヨーロッパ諸国では11世紀頃に動物の角などを加工したものがイタリアで使用されていたのみでった。スプーンそのものが本格的に食事に用いられるようになったのは近世に入ってからで、ヨーロッパに暮らす人々の生活にはあまり浸透しなかった。
スープを食す際にはパンを浸して食べるか、千切ったパンをスープと一緒に煮込むのが普通で、スープに浸して食べるか肉汁を吸わせるなどして柔らかくしてから食べるのが一般的となっている。最も大きな理由としては、窯の構造やパンの生成技術が現代よりも進んでいないが故に、パンが硬くて食べにくかったことだろう。
「…………」
食べさせた植物の種類にもよるが、山羊の肉は香りが強い反面、低カロリーで脂質は牛肉・豚肉・鶏肉よりも少なく、さっぱりとした味わいになる。野菜スープとして供すれば味の調和を乱すことはないだろう。静かに咀嚼する男爵の口の動きを固唾を呑んで見守る。
こくり、と小さな音を立てながら喉仏を動かし、そして嚥下した男爵は言葉を漏らす。
「美味しい……っ!!こんな辺鄙な地で提供するのには勿体ないくらいの一品だよ!!」
「ありがたき幸せにございますっ!!」
眉が晴れた表情を隠すかのように大仰に頭を下げる。
アジ=ダハーカがゾロアスター教の絶対的な悪龍として描かれ、大英雄ガルシャースプはその悪龍を倒す英雄として聖典『アヴェスター』に記されている。
ゾロアスター教は紀元前7~6世紀頃に興った宗教で、インド・イランなどのアジアや中東地域を中心として盛んに信仰されていた宗教である。この地域は古くから山羊を食用として用いており、それらの地域で生まれた英雄であるガルシャは、山羊肉における血抜き処理などの下処理は心得ているのだ。
「これならば客の舌を満足させるのには申し分ないだろうね。ダッポス様が君たちに力を与えてくださっているようだ」
二口・三口とパンを千切って浸しては口へと運ぶ。
ダッポスとはヴィルリアの配下にいる神の一柱で商売を司る男神だ。商売や貿易、取引などが上手くいくか否かは、ダッポスの判断によって決定すると言われている。
「……ふう、他の料理も食べてみたくなったが、僕の目的は宿を内覧することだからね。今度は客室へと案内してもらおうか」
よっぽど気に入ったのか料理を空にしてからゆっくりと席を立ち上がったので、絵理華が先導して部屋を案内する。
元々多くの人数を収容することを想定していなかったので、六畳間程度の大きさの部屋が全部で十部屋。風呂やトイレの類はなく、VIPをもてなすためのスイートルームのような部屋は設置していない、ただ泊まることだけを想定した簡素な造りの宿だ。
「高級志向ではないから仕方がないとはいえ、少し殺風景な気がするね。街に出てインテリアを買い揃えた方がいいかもしれないよ」
中世では風呂と言えば大衆浴場か川や井戸などによる水浴び、トイレはおまるなどに一か所に貯めて窓から投げ捨てるのが一般的なため、水回りについてはこれと言ってお咎めなしだったが、やはり内装については指摘された。部屋に飾るインテリアや小物は自分で作るよりも何処かで買ってきた方が早いだろう。
「(ちぇーっ。何ですか偉そうに命令しちゃって)」
「言っておくけど」
耳聡く金髪の女神の小言を拾った男爵が、エントランスへと向かう階段を下りながら言葉を紡ぐ。
「君たちは僕が所有する領地に無断で動物園や宿屋を建てたんだからね?そのことを忘れてはいけないよ?」
「やっぱり根に持っていたんですね!?」
少々鼻につくが、これを持ち出されてしまっては仕方がない。セレンが口を噤む。
「まだ問題点は多少あるけど、それらを除けば特に問題はないだろう。後は宣伝活動をして客足を増やすことだね。……それでは、僕たちはこれで失礼するよ。君たちの活躍が非常に楽しみだ」
板を踏み鳴らしながら歩いてゆっくりと宿の外へと出ると、ドリード村への帰路に就いた。
「なろう」でブックマークが減った気がします……。(気のせいだったらゴメンナサイ)
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藤井だって人間ですから、お褒めの言葉をいただくとモチベーションが爆上がりしますよ!!!