第23話:入園者第一号
まずは来園者第一号として様子を見に来たいということで、少し時間を空けてから領主が来ることになった。絵理華・セレン・ガルシャの三人で並んで立っていると、
「い、今さらですが、わたしたち首を刎ねられたりしないですよね……?」
この少女はいきなり何を言い出すのか。顔を真っ青にした女神が独白を続ける。
「あのドリード村の周囲一帯が領主さんの土地ということは、『アルミラージの集会所』や周囲の雑木林も、全て領主さんの土地ということになりませんか?だったら、わたしたちは勝手に土地を開墾しちゃったことになりませんかね……?」
「あん?きっと大丈夫だろ?」
筋肉が浮き上がった腕を組みながらガルシャが言葉を発する。
「少なくとも、オレはこの土地に来てから誰からも文句は言われてねぇぜ?」
「それはあまりにも発見しにくい秘境に建っていたってだけで、ドリード村の人たちや領主さんに気づかれてなかっただけという可能性はありません?」
反論しようと思ったガルシャだったが、元々『アルミラージの集会所』を建てたのは、近くで封印されているアジ=ダハーカを監視するためである。人に見つかりやすいか否かなど端から考えていない。
「きっとあれですよ。「俺の土地を勝手に改造しやがって!!てめぇらを極刑にしてやる!!」って激高して、持っている剣で首を刎ねられるんですよ!!」
「うん?誰の首が刎ねられるって?」
がさがさと背の高い草を掻き分けながら、革鎧を着た男を二人侍らせた初老の男性が姿を現した。ドリード村を含む周辺の土地を所有している貴族・ロネッツ男爵だ。
「ロ、ロロロロロロネッツさん?!!」
「「時間を空けて行く」と告知しておいたのにこの驚きようとは、一体どういうことだね?もしかして、彼女だけ聞いてなかったとか?」
本当はあらぬ噂話をしていたのだが、そんなことは言えない。苦笑いしながらセレンを後ろに押し込む。
「……して、その動物園というのは何処にあるのだね?」
「こちらです。私とセレンが案内しますね」
前世の動物園スタッフとしての勘が蘇ってきたのか、自分が想像している以上に自然な接客ができた。男爵の方を振り向きながら少し歩くと突き当りにヴィーザルとテュールの立つ受け付けが出現する。
「ようこそ動物園へ。このテュールが手塩に掛けて育てたモンスターたちを、じっくりご覧あれ!!」
「……入場料を支払ってもらおう」
「この施設は通行料を取るのかい?」
「今回はロネッツさんが初めてのお客様ということで無料となっています。他のお客様を動員した時を想定して、ヴィーザルとテュールにはそう言うように言ってありますが、気にせずお進みください」
「へえ。なかなか教育が行き届いているじゃないか」
突き当たった受け付けを右へと曲がると、いよいよモンスターたちを展示したエリアへと到着する。
「……ほう、素晴らしい外観だね」
思わず声を漏らす。
向かって右手側には敢えて手付かずのまま残した雑木林が壁のように東西に向かって伸び、左手側にはアジ=ダハーカが勝手に築いた宮殿がある。そのまま正面に進めばフェンリルやスコル・ハティなどがいる、北欧神話群のモンスターで形成されたふれあいコーナーだ。
「こちらの宮殿は何をする施設なのだね?」
やはり気になるのは雑木林の中に鎮座する巨大宮殿か。巨大化して飛び立った時に破壊されたはずなのに元に戻っている宮殿を見上げながら、絵理華は口を開く。
「宮殿の脇に岩がありますでしょ?その前に立ってみてくれませんか?」
「??そこで一体何が起こるというのだね?」
言われるがままに岩の前に立ち、不思議そうな顔を浮かべると、
『こちらに築かれた豪華で煌びやかな宮殿は、この中に住むモンスター・アジ=ダハーカのものです。アジ=ダハーカとはゾロアスター教の聖典・アヴェスターに記載されたモンスターで――』
セレンの透き通った声による音声ガイドがスタートする。『スピーチ』をエンチャントした『テュールのルーン』を遠隔で操作しているものだ。
「あの金髪の少女と同じ声が、この岩の中から声が聞こえるぞ?どういうことだ?」
独り手に言葉を話す岩とセレンを交互に見ながら護衛の男たちが狼狽する。
「悪戯対策として詳しい仕組みはお教えできませんが、岩に刻んだルーンに魔法をエンチャントしています。他の場所の案内と音声がなるべく混ざらないように、正面に立った時のみに流れるようになっているんですよ」
「少し突飛な見た目をしていると思ったら、やはり君は冒険者だったか。ルーンを使いこなしているということは、職業は魔法使いと言ったところかな?」
この世界でスキルを持って旅をするモノたちのことを冒険者と呼び、持っているスキルの種類によって役職に就くのが一般的である。
騎士・武闘家・暗殺者が前衛職、弓矢使いが中衛職、魔法使い・神官が後衛職となり、それぞれの役職によってタンク・DD・バッファー・デバッファー・ヒーラーなどのポジションが決定する。
勿論、パーティによっては暗殺者が回避タンクになることもあれば、魔法使いがバッファーやデバッファーになることも、弓矢使いがDDになることもあるため、必ずしも役職によってポジションが決定されるわけではないが。
「他の展示場所にも同じような仕掛けがあるのかな?」
「はい。アジ=ダハーカのゾロアスター教エリア・北欧神話エリア・十字教エリア・神話に含まれていないその他エリアで分かれています」
「ゾロアスターキョウ?ホクオウシンワ?聞いたことがない分類だね」
「(この世界に住む人たちは主神ヴィルリアを最高神とするヴィルリア教を主に信仰しています。絵理華さんの世界にあったゾロアスター教や北欧神話を知らないのは無理ありません)」
目線を合わせないまま隣の女神が呟く。
「(えっ?!じゃあ宗教別に展示スペースを区切ったのが丸々無駄じゃん!!どうして言ってくれなかったのさ?!)」
「(仕方ないじゃないですか、今思い出したんですから!)」
ならば、フェンリルはロキの息子ですよ、と説明しても、ロキ?誰それとなってしまうため、ぶっちゃけ説明そのものに半分くらい意味がなくなった気がする。一生懸命吹き込んだ苦労は何だったのか。
その後も北欧神話群のふれあいエリア・十字教群エリア(ベヒモス・レヴィアタン・ジズの三体だ)・ルミ子一匹しかいないその他エリアなどを一通り観て周り、アジ=ダハーカ宮殿(仮称)前の入園ゲート前広場へと戻る。ロネッツ男爵がレヴィアタンを見ながら、「これほどの至近距離で落ち着いて水龍を観られる点は評価できるね……」と感心していたのは少し印象的だった。
「ふむ。全体を観た総評を言わせていただこうか」
入園ゲートを背中に顎に手を当てながら男爵は言葉を羅列する。
「園内の雰囲気や客への工夫などは問題がないようには思うけど、やはり野生でも見掛けるような動物たちをわざわざ観に来る意味が分からないね。モンスターを蒐集した動物園を名乗るのであれば、スライムやマンイーターのような、もう少し奇抜なモンスターがいると人目を引いていいだろうね」
北欧神話や十字教を知らない以上、フェンリルとヨルムンガルドは人語を理解して話すことを除けばただの狼と蛇。スコル・ハティ・ガルムに至っては特に特徴のない狼と犬だし、陸海空を支えているとされているベヒモス・レヴィアタン・ジズだって、カバ・水龍・鳥だ。
予想していたことではあったが、周囲を自然に囲まれているドリード村周辺地域の住民にとっては狼・犬・蛇などは日常的に見る動物であり、お金を払ってまで見に行きたい、と思うような動物ではないようだ。
「さてそれでは次は『アルミラージの集会所』で提供されているという料理を堪能しようか」
「またお越しをー」と叫びながら元気に左腕を振るテュールの声を背中に浴びながら、三人と二人の従者は宿へと向かう。
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