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3話(7)

「なになに!?」


 悲鳴を上げたのはひとり残っていた隊員だった。隊員は恐怖に染まった顔でアーチたちを見ていた。


「どうした!」


「なんで! どうして魔獣がこんなに!?」


「魔獣だと? そんなのはどこにもいないぞ!」


 辺りを見渡してもどこにもそれらしきものは見当たらない。だが隊員が冗談を言っている様子はない。


「く、来るな……来るなああああああっ!」


 恐慌状態に陥ったが剣を引き抜きアミュウに切りかかってきた。横からラゴースが割って入り、剣を振りかざす腕を掴む。手刀を首筋に叩き込むと、隊員は「うっ」と小さく呻いて気を失った。


「何が起きている?」


「──夢を見ているのよ」


 妖艶な声が突如として介入してきた。全員が声のしたほうを見る。さっきまで隊員がいた場所に、ローブに身を包んだ人物が佇んでいた。目深にかぶったフードで顔は見えないが、声から女性であることがわかった。


 ラゴースが警戒心を込めた目で女を睨む。


「お前はあのときの……」


「もしかして、あたしを殺せって頼んだっていう」


「おかしいわねぇ。殺してほしってお願いしたのに、どうして仲良くなってるのかしら?」


 ラゴースの話に出てきた旅芸人の女は、家族を殺されて悲しみに暮れていたはずだ。あれから時間が経ったにしても、目の前いる女からは悲壮感が微塵も感じられない。むしろどこか楽しげですらあった。


 何かがおかしい。その場の誰もがそう感じていた。


「お前は何者だ。場合によっては身柄を拘束させてもらう」


 アミュウが女に剣を向ける。


「あなた、綺麗な顔してるわね」


「なんだと?」


 ローブの女の姿が霞む。突風に吹かれたような高速でアミュウとの距離を詰めてきた。アミュウは接近してきた女を躊躇することなく切り付けた。


 しかし。


「……いない?」


 そこに女の姿はなく、両断されたローブだけがはらりと落ちた。


「あそこだ!」


 ミョウザが近くの屋根を指す。


 影が立体になったかのような、真っ黒な女がそこにいた。


 黒いボブカットの髪に黒いマスク。全身を黒いボンテージが覆い、肌が見える部分がほとんどない。唯一胸元だけがはだけていて、そこには赤黒い結晶が埋め込まれていた。


「あんたもしかして、ヴァンテラたちの仲間!?」


「仲間になった覚えはないけど、まあそんなところね。私の名前はスレーヤ。よろしくね」


「俺はお前に騙されたということか」


 ラゴースが苦々しげに告げる。


 スレーヤと名乗った女がマスクの下でほくそ笑んだ。掲げられた右手には銀色のブレスレットが嵌められていた。


「そうよ。私のマジェット〈ラビズブライン〉は触れた相手に幻覚を見せることができるの。とっても素敵な夢だったでしょう?」


 ラゴースは先程のことを思い出す。女は出会い頭にラゴースに縋りついて助けを求めた。あの瞬間から幻覚を見せられていたということになる。無惨に殺された家族の死体など始めからどこにも存在しなかったのだ。


「あたしを狙うためにラゴースをけしかけたってこと? ずいぶん回りくどいことするじゃん」


「私、暴力的なのって嫌いなのよねぇ。だからほかの強そうな人にお願いしたの。始末出来たら一番良かったんだけど、結果的にいい囮になってくれて助かったわ」


 愉快そうに告げるスレーヤの影が濃くなる。陽が傾き、空に茜色が差し込み始めていた。


「全部あいつらの思惑通りってわけか……」


 スレーヤがラゴースを利用してアーチたちを襲い、そちらに気を取られている間にヴァンテラとゴルジッドがメイヒェンの薬屋を襲撃し、封印に必要な魔石を奪う。ヴァンテラたちがどれだけ事前に計画していたのかはわからないが、結果的に魔石の奪取という最も重要な目的を達成されてしまった。


 魔石が敵の手に渡った以上、魔族の復活を止めることができない。


「素敵よ、あなたたちのその悔しそうな顔。次に会うときはもっと素敵な表情を見せて頂戴」


 スレーヤはそう言い残すと後方に跳んで建物の反対側へと姿を消した。


「待て!」


 アミュウの叫びに応えるはずもなく、スレーヤが再び現れることはなかった。


 気付けば空はすっかり夕焼けに染まっていた。半壊した建物と、無数に散らばる瓦礫。荒れ果てた街並みは、夕日に照らされることでより凄惨なものとなってアーチたちの目に映った。


 アミュウが剣を納め呆然と佇む。


「たった一日で、街がこの有様か」


「魔族が復活したらこんなものじゃ済まないだろうな」


 気だるげな声。メイヒェンが助手のウィヅィンの背中に背負われた状態で現れた。ゴルジッドが撤退したあとアーチに救出され、幸い大きな怪我はなかった。負傷していないのに何故ウィヅィンに背負われているかというと、例によって歩くのが面倒臭かったからである。


「本当にそんなことが起ころうとしているのですね」


「まったく、面倒臭いことこの上ないよな」


 魔族の復活に関して半信半疑だったアミュウ。しかし現実に起きた襲撃と惨状、さらに元英雄の一員であるメイヒェンがこうして言及するのであれば流石に事実であると認めざるを得なかった。


「どうしたの? 休んでてって言ったのに」


「そうしたいところだが、どうやら悠長なことを言ってられない状況みたいだからね。そこのフェアリー族の子」


「わたし?」


 メイヒェンがウィヅィンの背中から降りるとパラァを手招きした。


「そろそろ全部吐いたほうがいいね」


「吐く? なんのこ」


 メイヒェンが指を弾き何かを飛ばした。それはパラァの口の中に入り込み、反射的に飲み込んでしまった。


「今の何? パラァに何を飲ませたの?」


「まあなんと言うか……虫下し?」


「え?」


「うっ!?」


 パラァが口を押さえて体をくの字に折り曲げ、


「うええええっ!」


 と嘔吐した。メイヒェンが差し出した手のひらに吐き出したものがぶちまけられる。透明な液体の中で、糸のように細い物体ががうねうね蠢いていた。メイヒェンはそれを指で摘まみ上げる。


「うえ、何それ」


「シラセノムシと言ってな、密偵用によく使われる寄生虫だ。こいつは特殊な魔力で同族同士が繋がっていて、寄生した宿主が見聞きしたものを仲間と共有する性質があるんだよ。つまり魔族側にもこいつを寄生させたやつがいれば、向こうにはこっちの行動が筒抜けってわけだ」


「じゃあ、あいつらが魔石のことを知ってたのは」


 ミョウザがそう言うとメイヒェンが頷く。ウィヅィンが持ってきていた瓶の中に、シラセノムシを入れた。


「こいつの仕業ってわけだ」


「そんな、それじゃあわたしは今まで……」


 思い返せばザブン村にヴァンテラが現れたのも、どうやって居場所を突き止めたのかわからなかった。原因はパラァにあったのだ。無自覚のうちに敵の密偵をさせられていたのだった。


 寄生虫を仕込まれたのはいつだったのか。あのときしか考えられない。故郷を焼かれピポイが連れ去られたあの日だ。仮面を被った男が気絶しているパラァに虫を飲ませたに違いない。


 長い間体内に虫が潜んでいたという嫌悪感と、自分のせいで取り返しのつかないことになってしまったという責任感で、パラァはまた吐きそうになった。


「パラァ、気にしないで。パラァのせいじゃない」


 アーチが慰めの言葉を駆けるが、パラァの気持ちは晴れない。


「それよりどうするんだよ。魔石がないと復活を阻止できないんだろ?」


「心配するな。あいつらが持ってったの、魔石じゃないから」


 予想外の告白。全員が面喰いメイヒェンを見た。


「どーゆーこと?」


「あんたらがうちの店に来たとき、その子からシラセノムシの気配を感じたんでね。咄嗟に嘘を吐いたのさ」


「嘘?」


「あの宝箱の中に入ってるのはな、ウィヅィンがこっそり書き溜めてたポエムだ」


 一同の視線がメイヒェンからウィヅィンに移る。


「あー、どこかで見たことある宝箱だと思ったら、やっぱりそうだったんですね~……ってメイヒェンさん知ってたんですか!?」


「好きに書いたらいいが、さすがに『お月様』がやたらと出てくるのは安直すぎると思うぞ」


「いやああああああああっ!?」


 思わぬ辱めを受け顔を真っ赤にしたウィヅィンが、絶叫してその場にうずくまった。メイヒェンは特に悪びれた様子もなく「すまないな」とだけ告げた。アーチ不憫そうに苦笑し「それじゃあ」と仕切り直す。


「魔石は今どこに?」


「ここだ」


 メイヒェンが突然自身の豊満な胸の谷間に手を突っ込んだ。柔肉をまさぐり、戻ってきた手には紫色の魔石が握られていた。


「これはドルク様から託された大切なものだ。カビ臭い倉庫の奥に仕舞うなんてそんな面倒なこと、私はしないよ」


 メイヒェンは悪戯っぽい笑みを浮かべ、魔石をアーチに渡した。魔石は生暖かかった。


 何はともあれ、これで最悪の状況にならずに済んだ。ヴァンテラたちの策略にしてやられたと思いきや、メイヒェンのほうが一枚上手だった。


 あとはこの魔石を祠に嵌めれば魔族の復活を阻止することができる。目的の達成まであと少しだ。


「話は終わったか」


 しばらく黙していたラゴースがアミュウの前に立つ。


「俺の役目は終わった。好きに処分してくれ」


「待って! わたしが無理矢理お願いしたのが悪いの。だから許してあげて!」


 ラゴースの自首にパラァが慌てて二人の間に入った。すかさずアーチがおどけた調子で挙手をした。


「それを言ったらあたしらだって同罪だし、いっそみんなで一緒に牢屋入っちゃう?」


「ば、馬鹿、有耶無耶にできそうだったのに」


「ミョウザそんなこと考えてたの? 悪い子だ~」


 アーチがミョウザを肘で小突きじゃれ合っているとアミュウが「私は」と切り出した。


「個人としては君たちに感謝している。だが国の治安を守る立場上、すべてを不問にするわけにもいかない。従って、君たちを国外退去処分とする」


「そんな! わたしたちはともかくラゴースは」


 パラァが食い下がろうとするとアミュウが手を上げて制した。


「だからラゴース。お前は彼女たちと共に……世界を守ってくれ」


 それはアミュウなりの送り出しの言葉だった。


 ラゴースはそんなことを言われるとは思っていなかったのか、しばらく呆気にとられたように沈黙する。やがてアーチに目を向けた。


「だが俺は、騙されていたとはいえお前を殺そうとした男だ。それが」


 ラゴースが言い終える前に、アーチは手を差し出した。


「間違えたら反省して、次は間違えないようにすればいい。それだけっしょ?」


 朗らかに笑うアーチ。能天気さが伝播したのか、ラゴースは脱力し柔和な微笑を浮かべた。


「そうか……そうだな」


 アーチの手を握り返し、二人は握手を交わした。


 メイヒェンが顔を逸らし目を細める。


 そこには沈みかけの太陽があった。


「眩しいねぇ」




     ◆




「──んだよこれはっ!」


 オーマグァ島に怒声が響く。ヴァンテラが宝箱を地面に叩きつけると、中に入っていた紙の束が散らばった。


 スレーヤはその紙を一枚拾い上げ、紙面に書かれている文章に目を通した。


「あら、素敵なポエムね」


「どうやらあちらに一杯食わされたようですね」


 仮面の男が淡々と告げる。他人事のような態度が気に入らなかったヴァンテラが仮面男を睨みつけた。


「てめぇの指示に従ったらこのザマだ。ほかに言うことはねぇのかよ」


「どんなときも想定外の事態というのは起こってしまうものです。次に備えましょう」


「舐めてんのかコラ!」


「うるさいぞ。そいつが謝罪したところで意味はない」


 ゴルジッドが疎ましそうにヴァンテラを睨んだ。


「そうよ。喧嘩なんて醜いだけ」


 ヴァンテラは舌打ちをし宝箱を蹴り飛ばした。ゴルジッドたちに背を向け階段を下りていく。


「どこへ行くのですか?」


「決まってんだろ。あいつらをぶちのめしに行くんだよ」


「落ち着きなさいよ。子供じゃないんだからもう少し冷静に」


「うるせぇ!」


 反抗期の子供ような癇癪を起したヴァンテラはそのまま階段を下りて去って行った。


「よかったの? 行かせちゃって」


「問題ないでしょう。こちらの手の内もバレてしまったようですし、どのみちあとは正面から迎え撃つしかありません」


 仮面の男は自身の耳に指を突っ込む。耳の穴からシラセノムシがずるりと引き出されると、無感動にそれを握りつぶした。


「さて、ここからが本番です。皆さんには存分に戦って頂きましょう」


 仮面の男の背後にある祠は以前よりも扉が開いてきていた。


 扉の奥の漆黒の空間から、怨嗟の呻きが木霊していた。




      ◆




 一夜明け、眩い朝日がギヤカニ国を照らしていた。


 アーチ、パラァ、ミョウザ、ラゴースの四人は西門を潜り出立しようとしているところだった。


 ウィヅィンと共に見送りに来ていたメイヒェンが大きな欠伸をする。


「アミュウが『見送りに行けなくて申し訳ない』だとさ。あの子も仕事が多くて大変そうだ」


「全然! むしろ泊まるとこ紹介してくれたり、いろいろ助かっちゃった。代わりにお礼言っといて」


 昨日アーチたちはアミュウが手配した宿屋に泊めてもらうことができた。いろいろと口利きしてくれたようで、手厚い歓迎を受けて不自由のない夜を過ごすことができた。


「みなさんお気をつけて」


 ウィヅィンが告げ、アーチが頷く。踵を返そうとするとメイヒェンが「アーチ」と呼び止めた。


「何?」


 しかしメイヒェンは珍しく歯切れが悪く「ああ」やら「ぬぅ」やら呻き、やがてバツが悪そうにそっぽを向きながら言葉を紡ぎ出す。


「あんたが店にやってきたとき、アンジェルが来たのかと思ったよ。そんなわけないのにね」


 ──恨み事でも言いに来たのか?


 最初に出会ったときメイヒェンはそう言っていた。あれはアンジェルだと勘違いしての発言だったのだ。


「魔法といえども万能じゃない。特に命に関わる回復系魔法はほとんど禁忌の領域だ。薬ならなおさら出来ることは限られている。だがそれでも私は、この無駄に長い寿命のすべてを投げ打ってでも、万能薬を生み出すべきだった。だから……すまなかった」


 そう告げたメイヒェンの目は微かに潤んでいるように見えた。


 メイヒェンはアンジェルを救えなかったことを後悔していた。仲間を救える可能性を握っていながらそれを果たせなかったことが、大きな後悔と罪悪館となってメイヒェンを苛んでいた。


 アンジェルが亡くなったのは五年前。エルフ族の寿命からすればほんの一瞬に過ぎないが、メイヒェンにとって仲間を失ってから今日までの日々はひどく長いものに感じられていた。


 メイヒェンの独白を聞き終えたアーチは、静かに微笑む。


「お母さんは仲間を恨んだりなんかしないと思う。だからあたしも一緒!」


 アーチの笑顔と朝日が重なる。メイヒェンは直視できずに顔を逸らした。


「……まったく。本当にそっくりだよ、あんたら親子は」


「でしょ!」


 こうしてラゴースを加え四人となった一行は新たな旅路へと出発した。遠くなっていく背中を見送るウィヅィンは心配そうな表情を浮かべていた。


「無事に帰ってきてくれるでしょうか」


「どうだろうな」


「もう、いじわる言わないでください」


「なるようにしかならないさ。とりあえず私は帰って寝る」


「いやお店の準備してくださいよ~」


 メイヒェンとウィヅィンがギヤカニ国へと戻っていく。 晴れやかな朝の空。


 遠くから真っ黒な雲が侵食し始めていた。

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