3話(6)
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ラゴースは宙を駆ける。眼前の敵を撃滅するために。
ドラゴン化させた拳を巨大魔獣の腹部に叩き込む。爆発のような大音量が起こり巨体がさらに沈んだ。
「グオオオオオッ!」
巨大魔獣が苛立たしげに吠え、空中のラゴースを叩き落とそうとする。しかし俊敏に飛び回るラゴースを捉えることはできない。このまま二発、三発と続けて攻撃していけば確実に巨大魔獣を追い込むことができる。
そのはずが、何故かラゴースは追撃をせずに後退した。地上に着地し変身を解いた。
「ちょっと、なんで戻っちゃうのよ!」
「俺の変身能力は長時間持続できない。水中で息を止めるのと同じだ」
「そんな!」
アーチを襲撃したときも、ラゴースはドラゴンの状態を保たず逐一人間の姿に戻っていた。それは戦略としての行為ではなく能力の限界故にだったのだ。半分しかドラゴンの血を継いでいないために、絶大な力には大きな制限が課せられていた。
「来るぞ!」
アミュウの叫びにラゴースは素早く反応。頭上から迫って来ていた巨大魔獣の鉤爪を、ドラゴンの両腕で受け止めた。上からの超重量の一撃に押し潰されそうになるが、ラゴースの身体が急速膨張。鉤爪を押し返しながらドラゴンの姿に変身した。
二体の巨大生物が街中で対峙する。巨大魔獣が威嚇するように吠えると、姿勢を低く下げ突進を仕掛けてきた。ラゴースはそれを真正面から受け止めた。しかし大砲のような勢いで突っ込んできた魔獣は止まらず、ラゴースは踏ん張ったままうしろに押されていく。
「避けろ!」
巨大生物の横スライドが、大質量の津波となって迫る。アミュウたちは道の端に慌てて避難する。四つの足が瓦礫を蹴散らしながら目の前を通り過ぎて行った。
大移動が停止する。ラゴースは自身の手のひらを重ね、拳の槌を巨大魔獣の背中に振り下ろした。低い呻き声を上げる巨大魔獣。お返しとばかりに鋭い鉤爪をラゴースの両脇腹に突き刺した。
「ぐおっ!」
血が噴き出し人間の姿に戻るラゴース。負傷と疲労で息が上がっている。しかし敵は待ってはくれない。巨大魔獣がラゴースを踏みつけようとしてきた。ラゴースは羽を生やし前方に飛翔。背後に回り込み死角からの襲撃を仕掛ける。
だが巨大魔獣は野性的な直感で気配を察知したのか、視認するよりも先に腰を捻った。豪速の裏拳が正確にラゴースを狙う。ラゴースは高度を下げ寸でのところで回避するが、風圧に流され空中を転がるように回転してしまう。
回る視界の中で巨大魔獣の腕が振り下ろされてくるのが見えた。回避は間に合わない。ラゴースは腕を交差させ防御姿勢をとる。巨木のような腕に打ち据えられ、硬い地面に叩きつけられた。石畳の道が砕けて陥没し、粉塵が上がる。
「ラゴース!」
パラァが叫ぶ。粉塵の中でよろめきながら立ち上がるラゴース。額からは血が流れていた。それでも休んでいる暇はない。追撃を免れるためにすぐさま羽を生やして飛ぶ。案の定、間髪置かずに鉤爪が襲い掛かってきた。
巨大魔獣もラゴースを本格的に脅威と見做したのか、攻撃の手が苛烈さを増す。負傷を追ったラゴースは中々攻めに転じることができなくなっていた。
戦いを見守るパラァの顔に不安の色が広がっていく。
「何か弱点とかないのかしら」
「弱点……そうかっ!」
アミュウが一瞬考え込み、すぐに何かに気付いた。防戦一方のラゴースに向かって声を張り上げる。
「ラゴース! 光だ! そいつは光に弱い!」
「本当なの?」
パラァが尋ねる。
「おそらくだが、あいつはさっき私の剣に反射した光を過剰に嫌がっていた。確証はないが、状況から考えてそうである可能性が高い」
アミュウが原因不明のまま窮地から脱したあのとき、咄嗟に掲げた剣に偶然太陽の光が反射し、巨大魔獣の視界に直撃していたのだ。光の眩しさに反応するのは人間も同じだが、巨大魔獣のそれはあまりに過剰だった。だとすれば、それこそが協力無比な巨大魔獣の弱点であると考えるのが自然だ。
「でもそれがわかっても、あれじゃ……」
パラァは巨大魔獣の頭部を見る。兜に覆われているのは防具であると同時に光を遮断するためのものだったのだ。アミュウのときは奇跡的な偶然だっただけで、僅かな隙間から意図的に光を浴びせるのは至難の業だ。
「それは……あいつに託すしかない」
アミュウは諦めと信頼がない交ぜになった呟きを溢し、ラゴースを見上げる。
ラゴースもまたアミュウを見ていた。力強い頷きを返す。
巨大魔獣から距離を置き、建物の屋根に着地するラゴース。傷だらけの体に荒い呼吸、顎を伝う大粒の汗。度重なる変身によりすでに満身創痍だ。それでもラゴースの目に闘志は消えていない。深く息を吸い込み、巨大魔獣目掛けて走り出す。
「おおおおおっ!」
雄々しい叫びを上げ跳躍。空中でドラゴンに変身しながら飛び掛かった。巨大魔獣の肩を掴み、落下の勢いを利用して押し倒した。馬乗りになり、兜を殴りつける。一発だけでなく二発三発と両手で交互に乱打する。だが兜は中々破壊されない。
「グオオッ!」
さらに殴打をお見舞いしようとすると、巨大魔獣が鉤爪の突きを放ってきた。ラゴースの脳裏に危険信号が走る。しかし手を止めるには遅かった。振り下ろした左手に鉤爪が突き刺さり、貫通した。
ラゴースの喉から苦鳴が漏れる。それでも退くことはしない。手のひらを貫かれたまま反対の手で巨大魔獣の兜を鷲掴みにした。力を込めると兜がギシギシと軋みを上げ始めた。
巨大魔獣がラゴースの下でもがく。残っている片方の鉤爪でラゴースの腕を何度も突き刺す。刺されるたびに腕から鮮血が飛び散るが、兜を掴む力が弱まる気配は全くない。
「その慌てぶり、余程これを壊されたくないようだな」
ラゴースの手にさらに力が込められる。
やがて兜に小さなヒビが入った。ヒビは少しずつ大きくなり、それに伴って一本だったヒビが幾本にも枝分かれしていく。
巨大魔獣が狂乱じみた抵抗で逃れようとするが、ラゴースはそれを許さない。渾身の力で追い込みをかける。大きな軋みと共に兜がひしゃげ──
粉々に砕けた。
「グオオオオオオオオ!?」
巨大魔獣が絶叫する。露わになった頭部は丸く耳がない。管のように細長い鼻が伸びていて、目は意外とつぶらだった。
巨大魔獣の正体は熊ではなく、モグラだった。
兜を壊すことに力を尽くしたラゴースが人間に戻る。解放されたモグラ魔獣は顔を押さえてのたうち回る。それからひ弱な呻き声を上げながら四つん這いになり、ラゴースたちに背を向けて駆け出した。
「逃げられるぞ!」
太陽の光に目を灼かれたモグラ魔獣のあしどりはおぼつかない。巨大な図体は左右の建物に次々とぶつかり、移動するだけで被害が広がっていく。
大通りをひた走るモグラ魔獣の前方に十字路が見えてきた。その一角にある建物の前に、ひとりの男が立っていた。
「来るなら来い! 俺の店は壊させないぞ!」
男はアーチたちが昼に立ち寄った大衆食堂の店主だった。誰もが避難していった中で店主は自分の店と心中する覚悟で残っていた。大きく手を広げて立ち塞がろうとしているが、当然そんなもので巨大な魔獣を止められるわけがない。わかりつつも店主はその場から動くつもりはなかった。
モグラ魔獣が猛烈な勢いで接近する。十字路に進入しあわや店主が踏み潰されそうになったそのとき、魔獣の動きが止まった。
「ラ、ラゴース……?」
ドラゴンの姿のラゴースがモグラ魔獣を背後から両腕で抱き留めていた。
胴体に回された腕から逃れようともがくモグラ魔獣。ラゴースはがっしりと拘束し決して話さない。けれどもすでに体力の限界が近く、いつ変身が解かれてもおかしくなかった。
満身創痍の状態がそうさせたのか、ラゴースは不意に過去のことを思い出していた。
ラゴースは父親の顔を知らない。ドラゴン族である父は、ラゴースが生まれてすぐ同族たちによって殺しにされたらしい。いつかラゴースの母がそう語ったことがある。
ラゴースは母ひとりの手で育てられた。特殊な生まれ、特異な見た目のラゴースを人目から避けるためか、ひと気のない山小屋がラゴースたちの家だった。
母はそこから近隣の国に出向いて働いていた。何の仕事をしていたのかは知らない。朝早くから出かけることもあったし、ラゴースを寝かしつけてから夜中にこっそりとどこかへ出かけることもあった。
そんな過酷な労働の日々は確実に母の身体を蝕み、母は病に侵された。
日増しに衰弱していく母を、ラゴースは見ていることしかできなかった。まだ子供だった当時のラゴースにできることは何もなかった。
やせ細りベッドに横になっている母。今にも命の灯火が消えそうになりながらも、ラゴースを安心させようと優しい微笑みを浮かべていた。
──ラゴース、あなたは生きて。
それが母の遺した言葉だった。その言葉通り、ラゴースは懸命に生きた。果物や動物を狩って飢えを凌ぎ、ときには盗みを働くこともあった。魔獣に襲われるのは日常茶飯事で、見た目のせいで旅人や冒険者に殺されそうになることも珍しくなかった。
一日一日を生きるために必死だった。生きることが母の最期の願いだったから。しかし生きた先に何があるのかはわからなかった。いつしか生きるという目的だけが義務として残り、ラゴース生きるために生きるだけの存在になっていた。
だがラゴースは思い出した。母の言葉には続きがあった。
──これからたくさん辛い思いをするかもしれない。
──でもどうか世界を恨んだりしないで。
──いつかあなたの味方になってくれる人がきっと現れるから。
──その人の、その人たちの力になってあげられるように。
──優しくて強い子になって。
当時は言っていることの意味がよくわからず、そのため記憶の奥底へ押し込められていた。
だが今ならわかる。
ラゴースの命は今日のためにあったのだ。
「うおおおおおおおおおおっ!」
ラゴースは叫ぶ。
全身全霊の力を込めて、モグラ魔獣の巨体を持ち上げた。そのまま背中を反らせてうしろに倒れる。
ラゴースにしっかりと胴体を掴まれたまま、モグラ魔獣は脳天から地面に落下した。アミュウの足が一瞬浮くほどの大震動が起こり、震源地点を中心に地面が陥没し石畳がヒビ割れる。爆音と衝撃波がアミュウたちの腹の底を震わせた。
ラゴースが人間の姿に戻る。さすがに限界なのか、片膝を付いたまま立ち上がれなかった。
「終わった……のか?」
モグラ魔獣は頭が地面に埋まったまま動かない──と思いきや、ぴくりと体が痙攣すいると、緩慢な動きで起き上がり始めた。
ラゴースも急いで立ち上がろうとするが足に力が入らない。そうしている間にモグラ魔獣はアミュウたちのいるほうへ振り返り、のそのそと歩き始めた。
剣を構えるアミュウ。頬には冷や汗が伝う。
しかしモグラ魔獣の様子はこれまでと違っていた。空気が抜けたようにすっかり凶暴性が失われ、ゆっくりとアミュウたちを素通りする。そのまま最初に現れたときの穴に潜り、地下へと帰って行った。
「……行っちゃったわね」
「そのようだな」
どうやら危機は去ったらしい。アミュウはラゴースのもとまで歩いていき、ラゴースに手を差し伸べた。
「助かった。礼を言う」
「……ああ」
ラゴースはアミュウの手を握り返し立ち上がる。お互いに気まずそうな、それでいてどこか通じ合っていような苦笑を浮かべた。
「隊長さん! 大丈夫!?」
戦いを終えたラゴースたちのもとにアーチとミョウザが駆け寄ってきた。
「アーチ!」
「パラァ!? ここにいたんだ!」
「ごめんなさい、黙っていなくなって」
「てかさっきあのデカい魔獣と戦ってたのってラゴースだよね? どういう状況?」
「まあいろいろね……それよりピポイは?」
「ごめん、逃げられちゃった。本当に足止めだけが目的だったみたい」
「……そっか」
「すまないが話はあとにしてくれ。今はこの状況の後処理を」
「うわあああああああ!」
突然叫び声が響いた。




