2話(5)
ミョウザは泣きそうな顔で走りながら地図を開く。先程確認しそびれたヒントを改めて見る。
そこに書かれていたのは──。
「『泥人形を照らせ』……?」
泥人形というのは巨像のことで間違いないだろう。
ではそれを照らせということは。
「照らせって、光を当てるだけならもうマジェットの照明があるし……普通の光じゃ駄目だとすると、ほかに照らすものが……? 光……照らす……太陽……?」
呟きながら思考を巡らせていたミョウザが、はっと何かに気付いた。ポケットをまさぐり、目当てのものを取り出す。
それはひとつ前の部屋で入手した太陽の石板だった。
思い返せば、これまでの仕掛けは全て石板が何かしらの形で関わっていた。だとすれば今回も石板が攻略に必要な役割を持っている可能性が高い。それにひとつ前の仕掛けでわざわざ太陽の石板が余るような作りになっていたのも、考えてみれば怪しい。そして『太陽』と『照らす』という符号。偶然の一致にしては作為を感じる。この石板が鍵を握っていると考えるのが妥当だろう。
ミョウザは壁をぐるりと見渡し、石板を嵌められそうな場所がないか探す。しかし見える範囲ではどこにもそれらしきものはなかった。推測は間違いだったのだろうか。
いや、まだ確認できていない場所がある。
あるとすれば──。
「パラァ! 上まで行ってこれが取り付けられそうなところがないか見てきてくれないか!」
ミョウザは太陽の石板を掲げ、暗闇に覆われた頭上を差した。
「でもあんなに真っ暗じゃ何も見えないわよ」
「それじゃあ……」
ミョウザは壁に埋め込まれていた照明用マジェットのひとつを引っこ抜いて「これを持ってって」とパラァに渡した。
殴りかかってくる泥人形の拳をしゃがんで回避し、ミョウザは再び逃げる。
「頼んだぞ!」
「任せて!」
球体の照明マジェットを両手で抱えたパラァが真上へ舞い上がる。光がパラァの周囲を暗闇を払いのけ視界を確保する。
暗闇の中から突然天井が現れパラァは急ブレーキを掛ける。照明で照らして何かないかと探す。
すると──。
「あったわ! ちょうどその石板を嵌められそうな場所が!」
天井の一部に不自然に平らに整えられた箇所があり、その中心に正方形の窪みがあった。ミョウザの推測通りだった。
「やっぱそうか。それがわかればあとはっ」
ミョウザは〈シャットシュット〉から紙を引き抜き飛行船を折る。前方に飛ばして巨大化し、あとはこれに乗って上まで行けば──そう考えていたら、泥人形が飛来する紙飛行船に反応し、拳でそれをぐしゃりと叩き潰した。
「嘘だろ!?」
肝心の移動手段が文字通り潰されてしまった。これでは上まで行くことができない。パラァに代わりにやってもらうにしても、そうすると照明で天井を照らせなくなってしまう。パラァには今のまま照明係をやってもらうしかない。ミョウザが上まで行くしかないのだ。
「何かほかに方法は……」
上までの移動方法を考えていると、ミョウザはアーチが落としたヴァーエイルを発見した。
ミョウザの脳裏にひらめきが走る。
可能かどうか検討している暇はない。今はとにかくやるだけだ。
「アーチ、これちょっと借りるぞ!」
ミョウザは逃げつつヴァーエイルを拾った。素早く紙飛行船をふたつ折り、泥人形目掛けて投げつける。泥人形はふたつの飛翔物を叩き落そうと拳を振る。
その間にミョウザは〈シャットシュット〉から紙を引き抜き聖剣の柄に括り付けた。紙は異様に長く、ミョウザの足元に積まれいる。
「これで頼むぞ……」
ミョウザは天井を見上げ狙いを定め、紙を握る手に力を込める。
「届けっ!」
渾身の力で、真上を目掛けてヴァーエイルを投擲した。剣は勢いよく上昇し、狙い通り天井に突き刺さった。
「よしっ!」
喜びも束の間、ミョウザは垂れ下がる紙に飛びついて登り始めた。長い紙を綱代わりにして天井まで上ろうというのだ。
ある程度まで登ると、ミョウザは腰に携帯していたナイフで下の部分を切り落とした。これで泥人形に掴まれる心配はない。
すると紙飛行船を始末し終えた泥人形が、紙の綱を上っていくミョウザを捕捉した。しかし紙の端は泥人形が手を伸ばしても届かない高さにあった。
「へへっ、ここまで来れるなら来てみろってんだ」
ミョウザは高みから挑発的な笑みを溢し上っていく。
「気を付けて! そっち来てる!」
アーチの声で下を向くと、たしかに泥人形が垂れ下がる紙目掛けて疾駆していた。
助走をつけた状態で、足がないにもかかわらず泥人形が跳躍した。
「跳べるのかよぉ!」
ジャンプした泥人形が紙の端を掴んだ。巨大な質量に引っ張られ、紙がピンと伸ばされる。
「やばい、これじゃ持たないっ!」
魔力で多少許可されているとはいえ所詮は紙だ。ミョウザひとりならまだしも巨大な泥の塊をぶら下げておけるほど頑丈ではない。
ミョウザはさっきのように下を切り落とそうとナイフを取り出すが、焦りから手が滑りナイフを落としてしまった。
「ミョウザ早く! 千切れてきてるわ!」
剣に縛り付けた結び目の近くが、重さに耐えられず横から徐々に裂け始めていた。
「くそっ、このまま行くしかない!」
一刻の猶予もない。泥人形の対処は諦めて一秒でも早く上り切ることを優先した。ミョウザは紙が千切れないように慎重に、しかし急いで紙の綱を上る。
裂け目がどんどん大きくなっていく。
天井まであと少しのところまでミョウザが近付く。
紙があとほんのちょっとで完全に裂けてしまう。
「ダメッ! 切れちゃう!」
重量に耐え切れずに紙が──切れた。
「うおおおおっ!」
それと同時にミョウザは天井に突き刺さったヴァーエイルの柄を握った。ミョウザは天井にぶら下がり、泥人形だけが落下した。地面に激突した泥人形が粉々に砕け、拘束されていたアーチが解放された。
「ミョウザ! やれぇ!」
泥の中から起き上がったアーチが檄を飛ばす。その傍らではすでに泥人形が再生を始めていた。
ミョウザはポケットから石板を取り出し呼吸を整える。
「せぇーのっ!」
腹の底に力を込め腕を振り上げる。
殴り付けるような勢いで、太陽の石板を天井に嵌め込んだ。
「やった! やったぞ!」
ごごごごご。
天井が揺れる。太陽の石板を中心に音を立てて亀裂が走った。亀裂は放射状に広がっていき、壁に到達した瞬間、天井が粉々に砕け散った。
洞窟の中が眩い光に包まれた。天井が破壊されたことで外の光が入り込んできたのだ。
それと同時に泥人形が復活する。対峙するアーチに緊張感が走る。だが泥人形は天を仰ぐように両腕を広げ、硬直した。泥人形は太陽の光に反応しているようだった。
「うわああああああっ!」
ミョウザが悲鳴を上げながら落ちてくる。アーチがそれをキャッチした。
「やるじゃんミョウザ」
「ま、まあね……ってうわぁ」
ミョウザは所謂お姫様抱っこ状態になっている自分に気付いて慌ててアーチの腕の中から降りた。
パラァも戻ってきて三人で泥人形の様子を伺う。動きを止めた泥人形は陽光に晒されたことで急速に乾き、白色の砂の塊になっていた。
「終わった、のよね?」
「そうだと思うけど」
「けどこっからどうするんだ?」
『アーチ! アーチ聞こえるか』
どこからか声が聞こえてきた。
「あれ、この声……」
それは聞き覚えのある声だった。
声のもとを辿ると、それは天井から落下したまま放置されていたヴァーエイルから発せられていた。
「もしかして」
アーチはヴァーエイルを拾い上げる。
「〈符律句〉第三十三番、通信の相」
ヴァーエイルに〈符律句〉を描くと魔石が発光。男の胸から上の立体映像が浮かび上がった。男はアーチの父デフトンだった。
「お父さん、どうしたの?」
「いや何、そろそろ洞窟に着く頃だろう。お節介かとも思ったのだが、もしや入り口から手間取っていやしないかと気になってな。遠隔会話用マジェットを使って呼びかけてみたのだ」
「それなら残念。もう一番奥まで来ちゃったから」
「本当か? それならいいが。しかしパラァもいるとはいえ、アーチがそれほど機転が利くとは思えんのだが」
「あ、ひどぉ。まあ、あたしひとりじゃ無理だったのは否定できないけど。ここまで来れたのはこの子のお陰」
アーチがミョウザの背中をぽんと押す。少年は「ど、どうも」と恐縮した様子で会釈した。
「も、もしかして〈少年剣豪〉のデフトン、さん……ですか?」
いつぞやのように異名を呼ばれたデフトンは気恥ずかしそうに頬を掻いて苦笑した。
「まあそうだ。もう少年という歳ではないがな」
「ミョウザがいろいろと助けてくれたんだよ。ねっ?」
アーチはミョウザの肩に手を置き体を寄せた。
伝説の英雄の一員を前にする緊張感と異性に体を密着される恥ずかしさに、ミョウザは感情の置き場がわからず氷漬けされたように硬直した。
「そうか、早速心強い仲間と出会えたのだな」
「仲間……うん、そうだね」
アーチが朗らかに頷くとミョウザが目を見開いた。仲間という言葉を唇に乗せその響きを噛みしめた。
「それはともかく、目的のものはどうなるのよ」
「そうだった。お父さん、本当にここに何かあるの? どこにもそれっぽいもの見当たらないんだけど」
「そんなはずはない。泥人形の動きを止めたのだろう? ならばじきに」
「あっ、見ろ! あれ!」
ミョウザが砂の像を指す。像がその巨体の形を保っていられず、指先からボロボロと崩れ始めていた。
「お父さん……お母さんはここに何を遺したの?」
「アンジェルがその場所に遺したもの、それは──鎧だ」
「鎧……?」
「アンジェルが大戦のときに愛用していたものだ。あいつはその鎧のことをこう言っていた」
巨像の腕が付け根からぼきりと折れ、砕け散った砂が地面にぶちまけられる。頭部も崩れ落ち胴体の半ばまで崩壊すると、中から鈍色の塊が微かに見えた。
「『美醜優劣全てを尊び』」
砂が崩れていくごとに内側の塊も徐々に見えてきて、それが人の顔の形が浮かび上がってきた。さらに首、肩、胸──上半身まで露わになる。細く丸みを帯びた体型、そして胸部の膨らみから女性を模った石像であることがわかった。
「『希望を示す光となり』」
引き締まった腰回り、臀部、すらりとした足が覗き、足の先まで砂が取り払われる。最後に石像を支える台座が見えた。
「『人間の生命と尊厳を守る誓いの鎧』──。その名も」
女性の石像が全容を現した。
石像は鎧──と呼ぶに相応しいかすら怪しい、奇妙な造形物を身に纏っていた。
腕の前腕部と肩、膝下から足、胸と下腹部。限定的な部分だけを装甲が覆う。空色に金の縁取りがされたその鎧は、太陽の光を反射し宝石のように煌びやかな輝きを放っていた。
デフトンが神妙に告げる。
その名も──。
「──ビキニアーマーだ」
「ビキニ……アーマー……」
ビキニアーマー。それがアンジェルがかつて使用してたもの。そしてアーチに遺したもの。
アーチは輝きに吸い寄せられるように石像の前に立つ。手を差し伸べると、ビキニアーマーが発光し光の粒子となって四散した。光は宙を舞いアーチを包み込む。
光が弾けると、アーチの体にビキニアーマーが装着されていた。
「おお~! イイじゃん、めっちゃカワイイ!」
「いや、カワイイっていうか……」
赤面して顔を逸らすミョウザ。腕と足を除けば水着とさほど変わらないビキニ―アーマー。実際に人間が着用していると防具とは思えない露出度の高さが生々しく、青少年にはいささか目に毒だった。
「ビキニアーマーからは常に魔力障壁が展開されている。だから見た目に反して防御性能はかなりのものだぞ。そのうえ肉体強化と魔力補助のおまけ付きだ。それがあれば間違いなくアーチの力になってくれることだろう」
「お母さんはこれを着て戦ってたんだよね……」
アーチは両手をぎゅっと握り、ビキニアーマーを身に纏い戦場を生き抜いた母に思いを馳せる。母はこれを着てどんな想いで戦っていたのだろう。これで自分も少しは強くれるのだろうか。様々な想いが混じり合い、装甲の重みも増しているように感じた。
「……なんか揺れてないか?」
ミョウザ不意に呟く。言われてからアーチも足元が微かに揺れているのを感じた。揺れは徐々に大きくなり部屋が軋むほど激しさを増した。
「今度は何! お父さんどーなってんの!?」
「ああ、言い忘れていたが、早いとこそこから脱出したほうがいいぞ。その洞窟はビキニアーマーが解放されたら崩れる仕掛けになってるからな」
「なんでそんな仕掛けまで用意してんの!?」
「あいつは昔から遊び心が行き過ぎるところがあったからなぁ」
「呑気に言うな!」
「まあそのくらいの危機など今のアーチにはなんてことないだろう。だが今後も気を引き締め」
「ああもーうっさい!」
アーチは父親の小言が始まる前に通話を切断した。壁や地面に亀裂が走り、崩壊まで猶予は残されていない。
「どうやって脱出するの?」
「飛ぼう。上が開いてるから、あそこからおれの飛行船で飛んでいけるはず」
「それだ。お願いミョウザ!」
ミョウザは頷き〈シャットシュット〉から紙を引き抜き瞬時に紙飛行船を折り飛ばす。投げられた飛行船は巨大化しアーチたちに飛来する。
「真上に飛ぶから落ちないように気を付けて!」
「了解! パラァはあたしに捕まってて」
「わかった!」
タイミングを見計らい飛び乗ると、紙飛行船は急角度に上昇し垂直で地上から離れていく。その間も崩壊は進む。瓦礫の破片が雨となって降り注いでくるのをかわしつつ出口を目指す。
「間に合えぇっ!」
アーチたちがしがみつく紙飛行船が蒼天に飛びだした。その瞬間、山の一角が音を立てて盛大に崩壊した。
「危なかったぁ~」
アーチは安堵の息を漏らし下方を眺める。洞窟があったであろう場所は粉塵を巻き上げ瓦礫の山となっていた。
「アーチのお母さん、無茶苦茶なことするわね」
「あたしもさすがにビックリだわ。ま、ミョウザのお陰で何とかなったし、マジ助かったよ~」
いつぞやのようにミョウザの頭をわしゃわしゃと撫でるアーチ。しかし当のミョウザはどこか真剣な顔をしていた。
「アーチ、おれ……」
「あれ? なんか人が集まってる」
アーチの言葉につられてミョウザも下を見る。コッパ村に人だかりができていた。コッパ村の人たちは何やや不安げな表情を浮かべていた。
「みんな……?」
高度を下げ一行はコッパ村に着陸した。すると村人が駆け寄りミョウザを取り囲んだ。
「ミョウザ大丈夫か!?」
ひと際ガタイのいい男が、たいかくに似合わぬ情けない顔でミョウザに言った。男はアーチがコッパ村に来て最初にミョウザに声をかけてきたあの男だった。
「ど、どうしたんだよ、みんな集まって」
「どうしたじゃねぇだろ! 山がいきなり土砂崩れ起こして何事かと思ったら、お前があそこの洞窟に行ったってジェーンが言うじゃねえか。だから俺らは心配で!」
「心配? おれのことを?」
「当たりめぇだろ! 同じ村の仲間を心配しねぇ薄情モンなんかこの村にはいねぇ!」
「みんなが……?」
ミョウザが集まった村人たちを見る。ある者は「よかった無事で」と安堵し、ある者は「どこか怪我してない?」と心配していたり、それぞれにミョウザのことを案じていた。
「そうだジェーン。ジェーン! ミョウザは無事だったぞ! こっち来てやんな!」
男が首をうしろに向け呼びかける。
集団が割れ、後方から今にも泣きそうな表情のジェーンが現れた。
「ミョウザ……おかえりなさい」
「あ、う、うん」
きこちない空気が二人の間に沈殿する。ジェーンは一旦ミョウザから目を離しアーチを見た。
「目当てのものは見つけられた?」
「うん、お陰様でね。どお? これ。カワイイっしょ?」
アーチは自身が着用しているビキニアーマーを見せびらかした。ジェーンは困惑気味に「はあ……そうね」と苦笑した。アンジェルが遺したものがこんな破廉恥な装備だとは思いもしていなかっただろう。
「丁度良かった。ジェーン、みんな、聞いて」
ミョウザは真剣な眼差しで村人たちを見詰め、告げる。
「おれ、この人に付いていくことに決めた」
突然の宣言にどよめきが上がった。ジェーンだけは静かに俯いていた。
村人の動揺を他所にミョウザは毅然とした面持ちでアーチに体ごと向き直る。
「いいよな、アーチ」
「あたしは構わないけど……」
「じ、冗談だよな? いつもみたいにまたすぐ帰ってくるんだよな?」
男が懇願するように唇を震わせて尋ねる。ミョウザはゆっくりと首を横に振った。
「この人は……アーチは、とても大切なことを成し遂げようとしてる。おれはその力になりたい。それに、おれ自身の夢も叶えたい。だから……しばらく村には帰らないと思う」
ミョウザの眼には揺るがない決意が込められていた。村人たちは明らかにこれまでとは違って本気だと悟った。
「村長、ミョウザのやつこんなこと言ってますが」
男が問いかけると、集団の中から小さな老人が姿を現した。白く長い口髭を蓄え、腰が曲がり杖を突いている。いかにも村長然とした風貌の老人だった。
「わしはもとよりミョウザの考えには賛成だったからのう。いまさら止める理由もないわい」
好々爺はそれだけ言うとからからと笑った。
「ジェーン! ジェーンからも何か言ってやってくれ! このままじゃ本当に行っちまうぞ!」
男はまだ諦められずジェーンに縋った。ほかの人では無理でも、これまで親代わりとしてミョウザを育ててきたジェーンの言葉なら引き留められるかもしれない。村人たちから無言の期待が寄せられた。
ジェーンはわずかな沈黙のあと静かに口を開いた。
「……いつかはこんな日が来ると思ってた。それが、今日なのね」
「ジェーン! あ、あんた」
「私はこの子の意思を尊重します。私の役目は縛ることではなく、背中を押すことです」
「いいのか、本当に」
「はい……でも」
これまでせき止めていたものが溢れ出るように、ジェーンはミョウザの前に膝を付きぎゅっと抱きしめた。
「本当に心配したんだからっ。あまり危ないことはしないで」
「ご、ごめん」
「体には気を付けて。頑張るのよ……」
「うん……」
ミョウザから離れ立ち上がるジェーン。潤んだ目をアーチに向けると深く頭を下げた。
「どうかミョウザを……息子を、よろしくお願いします」
それは母親としての切なる願い。自分の子供を想う親の、嘘偽りない姿だった。
ジェーンの気持ちを受け取ったアーチは力強く頷く。
「うん、任せて」
「ま、どっちかっていうとアーチのほうが助けられそうだけどね」
パラァが茶化す。
「えぇ? そんなことないっしょ~」
「ははっ、言えてるかも」
「あっ、ミョウザまで!」
パラァの軽口にミョウザが乗っかり、アーチは不服を訴える。
するとその顔はすぐに優しげな微笑みに変わった。
「もう出発するけど、いい?」
「……ああ」
ミョウザの返事にアーチは「そっか」と頷く。
「じゃあ、あたしらは行くんで」
「ええ。あなたたちも気を付けて」
「うん。それじゃあ!」
アーチは踵を返し村をあとにする。
しかしミョウザはまだ動かず、ジェーンの前に立ったままだった。
「ミョウザ? 早く来なさいよ」
「パラァ」
アーチはパラァを制する。パラァは溜め息を吐きつつも空気を読んでアーチの肩に下り、成り行きを見守る。
ジェーンと向かい合うミョウザは何かを言おうと口をもごもごさせていた。
「あ、あの、ジェーン」
「いってらっしゃい、ミョウザ」
「うん、えっと、その……」
やがて決心したミョウザは顔を上げ、力強く告げた。
「行ってきます……母さん!」
息子は母に旅立ちの挨拶を告げ、走り去っていく。その背後では、ジェーンが両手で顔を覆い泣き崩れていた。ミョウザは振り返らない。別れを惜しみ、歩みを止めたくなかったから。
故郷と母とはしばし別れ、少年は夢へと突き進むことを選んだ。
「言えたじゃんミョウザ! ……ってもしかして泣いてる?」
「泣いてない!」
アーチたちに追いついたミョウザはそのまま足を止めずに追い抜いて行った。アーチはその後ろを追いかける。
「いや絶対泣いてるって!」
「な゛い゛でな゛い゛っ!」
頑なに否定するミョウザの顔は涙と鼻水でぐずぐずになっていた。ミョウザの見栄っ張り振りがおかしくなってしまい、アーチは走りながら思わず噴き出してしまった。
笑い声が青空に溶けていく。
風が吹き抜け少年たちの頬を優しく撫でる。
太陽は今日も変わらず世界を照らしていた。




