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2話(4)

 洞窟にコツコツと足音が響く。アーチたちはアンジェルが遺した地図を頼りに進む。洞窟の中は蟻の巣のように複雑に枝分かれしているので、地図がなかったら間違いなく迷っていただろう。


「お、なんか広いとこに出た」


 これまで細い道が続いていたのが、突如視界が開けた。正方形にくり抜かれたような部屋が広がっていて、整えられた内装は明らかに人の手によって作られていた。


 さらに特異なのは床面。部屋の床には石板が敷き詰められていた。それらには模様が描かれていて、星、雷、羽根、髑髏、ハートの五種類がそれぞれ複数枚並べられている。石板のゾーンを渡り切った向こう側に先へ続く出口があった。


「見るからに怪しいわね」


「さっきみたいに地図に何か手掛かりが書かれてない?」


 すっかり地図係が板についたミョウザが地図を確認する。


「あるね」


「なんて書いてある?」


「たぶん渡っても大丈夫な模様のことだと思うけど。『星と羽根──」


「星と羽根ね」


 アーチは一番近くにあった星が描かれた石板の上に飛び乗った。


「──には乗るべからず』」


 足元の石板が崩れ、アーチは吸い込まれるように真下へ落下した。


「どわああああああああっ!?」


 石板の下は落とし穴になっていた。相当深く掘られていて、アーチは自由落下のままに穴の底へと落ちていく。終点の最下部には鋭く尖った針の山が待ち構えている。この高さから針に突き刺さったらひとたまりもないだろう。


「ヤバいヤバいヤバい!」


 アーチは即座にヴァーエイルに〈符律句〉を描いた。


「〈符律句〉第十六番、伸縮の相!」


 聖剣を上へ向ける。刀身が矢のような速さで伸び、天井に突き刺さった。落下が停止しすると刀身が縮み、アーチが地上へと引き上げられていく。剣が元の長さに戻ると、アーチは天井にぶら下がった状態で額の冷や汗を拭った。


「危ねぇ~。ちょっとミョウザ、紛らわしい言い方しないでよね」


「そっちが勝手に先走ったんだろ」


「でもこれで安全な場所はわかったから、っと」


 呆れるミョウザをよそにアーチは天井から剣を引き抜き、落とし穴の隣の髑髏の石板に着地した。今度は足場が崩れることはなかった。そのまま地図の指示に従い星と羽根の石板を避けて進んだアーチは、石板の並ぶ区画を抜け出口の前に到達した。


「大丈夫みたい。二人も早く来な~」


「お、おう」


 ミョウザは恐る恐るアーチと同じルートを辿る。安全が保証されているにも関わらず、ミョウザの顔はやや緊張で強張っていた。パラァはそもそも飛んでいるので普通に移動した。


 無事に渡り切ったミョウザが安堵の溜息を吐いた。


「よし、この調子で次行こ次~!」


「だからあんま先走るなって!」


 マイペースなアーチに振り回され気味なミョウザ。そんなやり取りをしながら一行はさらに進んでいく。


 そうしているうちにまた開けた空間に出た。第二の部屋である。


「何もないわね」


 今度の部屋は最初の部屋に比べて一回りほど狭く、仕掛けらしきものは見当たらず殺風景だった。


「でも一応警戒しながら行こう」


 一度落とし穴に落ちているアーチが呼びかけながら歩く。


 三人が部屋の中央まで寄ると、突然ゴゴゴゴッと重い音が響いた。部屋の前後の出入り口の上部から石の扉が下り、道が遮断されてしまった。


「閉じ込められた!?」


「やっぱり仕掛けがあったわね」


「ミョウザ、地図にはなんて?」


「えっと……『昼夜を反転させよ』」


「昼夜……昼と夜ってこと?」


「たぶんあれのことだよ」


 ミョウザが出入り口を塞ぐ石の扉を指差す。前方の扉には絵が描かれていた。下半分には簡易化された家や人間が描かれていて、上部には太陽が描かれていた。さらにアーチたちが入ってきた後方の扉にも同様に家と人間が描かれている。ただしこちらの上空に浮かんでいるのは太陽ではなく三日月だった。


 太陽も三日月も、どちらもその部分だけが正方形にくり抜かれ、扉からわずかにせり出していた。まるで引き抜いてくれと言わんばかりに。


「なるほどこれを入れ替えろってことね。なんだ簡単じゃーん」


 アーチは早速太陽のプレートを扉から引き抜いた。


 するとまたゴゴゴゴと地鳴りがする。しかもさっきよりも明らかに大きい。ほとんど地震のように部屋が揺れていた。


「今度は何!?」


「アーチ上だ!」


「上?」


 アーチが上を見る。


 天井が、落ちている。崩落しているのではなく天井そのものがアーチたちを圧し潰そうと下降してきていた。


「げぇ!?」


「戻して! 一旦それ戻すのよ!」


 パラァに促されアーチは石板を元の場所に嵌め込んだ。同時に天井の降下が停止する。


「止まった……?」


「な、なるほど、素早く入れ替えないといけないってわけか」


 ミョウザはわざとらしく余裕ぶって笑うが、頭を抱えてしゃがんでいるためまったく恰好が付いていなかった。


「仕掛けがわかったらこっちのもんっしょ。ほらミョウザ、ビビってないで立ちな」


「だからビビってねぇし!」


 アーチに肩を叩いてなだめられたミョウザが強がりながら立ち上がった。


「あたしはうしろの月を持ってくるから、ミョウザは太陽をお願い」


「お、おう」


 後方の扉の前にスタンバイするアーチ。ミョウザは前方の扉の前に立ち固唾を飲んだ。部屋の幅は走れば数秒で端から端まで渡れる程度なので、落ち着いていれば特に難しいことではないものの、それでもすくなからずプレッシャーはあった。


「いい? あたしが合図出すから、それに合わせて」


「わ、わかった」


「行くよ……せぇーのっ!」


 アーチとミョウザが同時にそれぞれの石板を引き抜き駆け出す。天井が再び降下を始める。二人は中央で交差し、互いに反対側の扉を目指す。


 だが緊張からか、扉の手前でミョウザの足がもつれた。


「あっ」


 まずいと思った頃には遅かった。ミョウザは姿勢を立て直すことができずに転倒してしまった。転んだ拍子に石板を遠くに放り出してしまう。無情にも頭上に天井が迫る。


「アーチ! ミョウザが!」


「えっ!?」


 アーチが振り返る。その手は月の石板を扉の窪みに嵌め込んでいるところだった。


 あわや潰されるか──と思いきや、天井の動きが止まった。


「止まった……?」


 地面に突っ伏し頭を抱えていたミョウザが恐る恐る顔を上げる。やはり天井は停止している。さらに前後の石扉がゆっくりと上昇し開放された。


「なんだ、こっちだけでよかったんだ」


 どうやら両方をそれぞれ入れ替える必要はなく、太陽を月に変えるだけが条件だったらしい。つまり最初からそれがわかっていたなら、あらかじめ月の石板だけ先に取って太陽と入れ替えるだけよかったのだ。


「ごめん、アーチ……」


 起き上がったミョウザが申し訳なさそうに肩を落としている。


「いいって。結局問題なかったんだし」


「そうだけど……」


 結果オーライとはいえ、もし仮に両方同時に入れ替えなければいけなかったら失敗していた可能性もあった。ミョウザは任された役割を全うできなかったことが悔しかったのだ。


「気にしない気にしない。早く次行こ」


 落ち込むミョウザを気遣ってか、アーチは特に責めたりも茶化したりもしなかった。ミョウザが先を行くアーチの背中を追おうとして何かを思い出す。辺りを見回し、目的のものを見つける。


 それは戻し損ねた太陽の石板だった。元々設置されていた扉は上に行ってしまって下せないので、戻す場所がなくなってしまった。それを拾い上げ神妙に見つめるミョウザ。


「何してんのミョウザ。置いてくよー?」


「ああ、今行く」


 ミョウザは太陽の石板をズボンのポケットに入れてアーチを追う。その石板はミョウザにとって失敗の象徴だ。だからこそ反省と自戒を込めて、手元に持って置くことにした。


 そこからは先の隧道は一本道になっていて、間を置かずして第三の部屋に到達した。


「地図によるとここが一番奥みたいだけど」


「そうなの? それにしては……」


 第三の部屋はこれまでの部屋と違って奥に続く出口はなく行き止まりになっている。さらにこれまでで一番広い。しかしだだっ広い空間が広がっているだけで、何かが保管されているようには見えなかった。


「ってことは、ここにも何か仕掛けがあるんだろうな」


 パターンが読めてきたミョウザは地図を広げてこれまで同様にヒントを確認しようとする。

 開いた地図に違和感があった。


「……こんな汚れあったか?」


 地図上に見覚えのない茶色い染みが出来ていた。古い地図なのは確かだがこんな染みはさっきまでなかった。不思議に思っていると、


 ──ぽつり。


 茶色い水滴が地図に落ちてきた。


 何かが降っている。ミョウザが上を見上げる。天井は明かりが届かないほど高く、得体の知れない暗闇が頭上を覆っていた。


 ぽつり。水滴がミョウザの頬に落ちる。手で拭うと、ざらりとした感触があった。


「泥……?」


「ミョウザ? どうしたの」


「いや、上から泥が」


「泥?」


 ミョウザにつられてアーチとパラァも上を見る。


 ぽつり、ぽつり、ぽつり。


 降ってくる泥の雫が徐々に増えてくる。


 やがて暗闇の中から、ぬぅ──と巨大な泥の塊が飛び出してきた。


「何か来るぞ!」


 アーチたちは危険を察知して退避する。一拍遅れて、大量の土砂が落下してきた。


「なんなのこれ!?」


 土砂の瀑布は瞬く間に部屋を蹂躙し、中央に山となって積載する。さらに四方に飛び散った泥が自然ではありえない動きで逆流し、中央に集まっていく。泥の山は塊となり、脈動しているかのような不気味な動きをする。


 塊の左右から泥が噴出。それは太い筒状になり、先端が五本に枝分かれする。腕だ。塊から巨大な腕が生えてきた。そして中心も徐々に形が定まっていき、人間の胴体を形成した。胴体の上がぼこりと盛り上がり、青白い燐光がふたつ灯る。光がアーチたちを捉え、ぎろりと射すくめる。


 泥の塊は生ける巨像となった。


「お友達になりましょーって雰囲気じゃなさそうだね」


「じ、冗談言ってる場合じゃないだろっ」


「来るわよ!」


 巨像がアーチたち目掛けて突進してくる。下半身は液状のままなので、巨体に見合わぬ速さだった。


「〈符律句〉第三番、疾風の相!」


 アーチはすかさず衝撃波を放つ。巨像の右腕に命中し巨木のような腕を破砕する。腕を破壊された巨像が停止した。


「よし! なんだ大したことないじゃん」


「いや駄目だ!」


 砕かれた泥の破片が吸い寄せられ、本体に吸収される。すると即座に右腕が再形成された。再生した巨像が突進を再開する。


「マジかっ!」


 アーチが衝撃波を三連撃放つ。両腕と胴体に命中し破壊するが、またすぐに元通りに再生してしまう。


「ヤバッ 全然効かない!」


 巨像が目前に迫り拳を振り下ろす。アーチとミョウザが左右に、パラァは上空に逃げ巨像の一撃をかわした。巨像は攻撃してきたアーチを追う。


「あんなに壊しても倒せないんじゃどうしようもないじゃん!」


「普通に戦うだけじゃ駄目なんだ、きっと! これまでみたいに何か方法があるはずだ!」


「方法って何!」


「今調べる!」


 ミョウザは改めて地図を確認する。


 洞窟の最深部。最後の部屋を示す箇所に書かれていることは──。


「『泥人形を──」


「ミョウザ! そっち来てる!」


「えっ」


 アーチの叫びにミョウザは顔を上げる。すぐそばに泥の巨像が迫って来ていた。地図に気を取られていたせいで反応が遅れてしまう。巨像の剛腕が振り下ろされるのを寸でのところでかわすが、拳が地面を破砕した衝撃に巻き込まれ吹き飛ばされてしまった。


「ぐあっ!」


 地面を転がるミョウザ。巨像がトドメを差さんと手を振り上げる。


 アーチは急いで〈符律句〉を描く。


「間に合え! 〈符律句〉第四十七番、爆撃の相!」


 アーチが剣を地面に叩きつけると大きな爆発が起こる。その衝撃を推進力として利用し、アーチはミョウザのいるところへ高速で飛翔した。さらに宙を飛びながら疾風の相を放つ。衝撃波がミョウザに迫っていた右腕を破壊した。


 アーチがミョウザと巨像の間に転がりながら着地した。


「ミョウザ大丈夫!?」


「アーチ前!」


「へ?」


 パラァが忠告するも一瞬遅かった。巨像が残った左腕でアーチを鷲掴みにした。ヴァーエイルがミョウザの傍らに落ちる。


「ヤバッ!」


「アーチ!」


「だ、大丈夫。へーきへー……ぐっ!」


 巨像の手中に拘束されたアーチが呻いた。


「このっ! 離しなさいよ!」


 パラァが巨像の指に取りつき拘束を解こうとするが当然びくともしない。

 

「あ、ど、どうすれば……」


 慄くミョウザに再生した右腕が振り下ろされる。ミョウザはなんとか立ち上がってとにかく逃げた。


「ミョウザ頼む! なんとかして!」


「そんなこと言ったって!」


「大丈夫、出来る! あんたは世界を冒険するんでしょ! 世界を目指す奴がこんなところで躓いてどうする!」


「お、おれ、が……」


 アーチの叫びが耳障りだったのか、巨像はアーチを握る腕をぶんぶんと振り回した。


「うわー! 酔う酔う酔う! ミョウザ、早くして!」


 囚われのアーチを見つめ、ミョウザは唇をかみしめる。


 ミョウザの夢は世界中を旅してマジェットを集めること。広い世界に出ればもっと危険な目に遭うこともあるだろう。だとしたら目の前の困難すら乗り越えられなければどちらにせよ世界を冒険するなんて夢のまた夢だ。


 恐怖に負けて諦めるか、立ち向かうか。答えはおのずと導かれる。


「……クソッ! やってやる! やってやるぞ!」


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