~ 第七話 アルトのエゴ、そして覚悟
「おぉ……これが、オークの集落か」
犬顔のジョンさんが、なんだか感慨深そうに呟く。ちなみに犬顔とは犬っぽい顔をした人ではなく、正真正銘、犬の顔をしているということである。
「久しぶりだなぁ! みんな、元気してっかなぁ!」
サリーちゃんは嬉しそうだ。オークとの再会を喜んでくれるこの子の存在って、貴重だよな。
さて、ここで小噺を一つ。集落に戻って来るまでに珍しいやつに遭遇したんだよね。
たぶん鹿だと思うんだけどさ。凄まじく角がデカい獣がいるんだよね。それこそアニメとかでしか見たことないようなレベルのやつ。
ただ、地球の鹿とは全く違うんだ。……がっつり肉食なんだもん、あいつら。牙とか半端ないぜ?
ちなみにジョンさん曰く、『グリズホーン』っていう名前の魔獣らしい。角には魔力がたっぷりと詰まっていて、生半可な金属なんかよりも堅いそうだ。
ん? よく無事だったなって? 正直怖かったぜ?
突っ込んできた鹿の角に刺されないようになんとか捕まえようとしたんだけど、さすがに吹っ飛ばされたもん。掌をザックリ切っちゃった。
ただ、俺の決死の防御で勢いが落ちたところを、グレゴールが捕まえて放り投げてくれたんだ。どうやら鹿の突進に一瞬ビビったみたいだけど、俺が受け止められたのをみて大丈夫だと思ったらしい。
グレゴールのやつ、気が弱いところはあるけれど力は鬼のように強いからな。
投げ飛ばされた鹿は、とんでもない勢いで吹っ飛んでいったわけよ。
そしたらさ? 神様がイタズラでもしたんだろうな。
自慢のデカい角が深々と木に突き刺さって、抜けなくなるっていう、なんとも間抜けな決着の付き方をしたってわけだ。後はお好きに料理するだけってな。
なんでも、『グリズホーンの角』は、人間にとってすごく貴重な素材らしい。
なんとか譲ってもらえないかとジョンさんに懇願されたもんだから、友好のしるしに譲ることにした。オークが持ってたところで、使い道もないしな。
「街に帰ったら、必ず何かお返しに贈るから」
楽しみにしてるぜ、ジョンさん! 出来れば美味い物を、よろしく!
………
……
…
俺、ゲストのお二人、グレゴールの順番で集落へと入っていく。
『ぶふ! ぶが、ぎゅぶ!』 (おっ! あれ、サリーじゃん!)
『ぎゅぶぅ! ぶぎょぶう!』 (サリー、久しぶりだぁ!)
『ふがふぎょぶっが! ぶごが!』 (なんか見たこと無い奴がいるぞ! 犬だ!)
集落のオークさん達、大騒ぎである。
そりゃそうだ。二足歩行の犬の存在は俺たちも知ってたけど、近くでこんなにじっくりと見るのは初めてだもんな。
『ぶぎょぶぎゃ。ぷぎゃっぶぎょぶうう!』 (みんなー。ちょっとしゅうごーう!)
俺の大声に、集落に残っていたオーク達がぞろぞろと集まって来る。もうすぐ夕方という時間なので、狩りや採集に行っていたオーク達も、徐々に集落に戻って着つつあった。
集まって来る大量のオークに、ジョンさんの顔が強張っている……気がする。なんとなく、緊張した雰囲気は感じるんだけど、顔が犬だから表情がよく分からないんだよな。
まぁ、怖いか。大量のオークに囲まれてるわけだもんな。
一方のサリーちゃん。こちらはもう余裕綽々である。
今なんか、特に仲良くしていたらしい何人かのオークに手を振ったりなんかしている。なぜ人間なのに豚の顔の見分けがつくのだろうか。……俺も頑張れば、ジョンさんの表情を見分けられる気がしてくるな。
『ぶぎょぶっぎゃ、ふがぶひょふぎょ、ぎゅがぶ、ぎゅぶ。ぶぎょぶぎゃふが』
(しばらくの間、この集落で過ごすことになったジョンさんとサリーちゃんです。仲良くしてあげてね)
転校生のことを紹介する先生のイメージで二人を紹介する。ならば、この後は当然、本人による自己紹介であろう! それがお約束というやつだ。
俺は無言で、二人の背中を優しく押す。戸惑うジョンさんを尻目に、サリーちゃんが笑顔で声を挙げた。
「みんな! 久しぶり! またしばらく世話になります。よろしく頼むな!」
サリーちゃんの挨拶に、やんややんやと拍手を贈るオークの集団。ちなみにこの拍手の文化は、俺が広めたものだったりする。パチパチというよりかはバスンバスンって感じの音がするのだが、そこはご愛敬だ。
次に、サリーちゃんから目配せを受けたジョンさんが前に出る。
「あぁ……えっと。オルブライト辺境伯家の騎士、ジョン=シートンだ。その……よろしく頼む」
割とコミュ力高めのはずのジョンさんだが、緊張の色が隠せない。
ゆっくり慣れていこうぜ? ジョンさん。転校生ってのはそんなもんだ。
優しい先生役である俺は、ジョンさんの緊張を解すために場の空気を盛り上げる。みんな、拍手ーっ!
一斉に、集落のオークが熱烈な拍手を贈る。響き渡る重低音、最高にロックなハンドクラップだ。どうだいジョンさん、ノッテきたかい!?
「アルト……これ、普通に怖いからな?」
呆れたように告げるサリーちゃんと、無言で同意の意を示すジョンさん。
どうやらオークの拍手による歓迎は、いまいち不評だったらしい。見慣れてくれば可愛らしいんだけどなぁ。
あれだ、シンバル叩くゴリラのオモチャみたいなもんだよ。
※
日もとっぷり暮れた夜の集落。火を囲み、二人の歓迎会が始まっている。
こんな楽しい時間に話すようなことではないのかもしれないが、集落のオークがみんな集まっているので、俺は言わなければいけないことを話していた。
『……ふぎょぶ。ぶぎゃぶ、ふぎょぶぎゃふごぶが』
(……というわけだ。俺としては、信頼出来ると思ってこの二人を連れて来た)
俺の話を、みんな真剣に聞いてくれている。ちなみに、どういう内容を話すかについては、あらかじめジョンさんとサリーちゃんには話してある。彼らは俺たちが何を話しているか聞き取れないからだ。
自分達の目の前で、外人さんが英語でペラペラしゃべってたら不安だろ? まして明らかに自分達の話をしているとなれば、なおさらだ。
『ぶご、ふぎょぶがふぎょ、ぶごふぎゃぶぶふご』
(もし、人間に裏切られた場合、全面的な殺し合いになるかもしれない)
集落の位置を知られるということは、そういうリスクを負うということだ。いくら森の奥だからといって、ここは安全圏ではない。
『ふぎょぶごふぎゃ、ぶごぶがふぎゅ。ぶぎょぶごふぎゃぶが』
(裏切られることの無いように、全力を尽くす。俺にチャンスをくれないだろうか)
もちろん、これは全てのオークと人間に関することだ。俺の一存で決めるつもりもなければ、そんな権限もない。もし集落のみんなが反対の意を示すなら、残念だけど明日にでも二人には帰ってもらうことになる。
『ぶご、ふぎゃぶぎょぶごふが』 (必ず、人間と殺し合わなくて済むようにするから)
俺はみんなに頭を下げる。
人間との交渉、そのフロントに俺は立ちたい。心からの願いだ。
そんな俺に向けられる、みんなの目は温かかった。
――アルトなら大丈夫だろ。
――最悪裏切られたとしても、なんとかなるだろう。
――サリーを見てると、人間もいい奴っぽいしな。
オークのこの楽観的な性格は、長所であり、そして短所でもあると俺は思う。
俺としては好ましい性格だし、こういう性格のオークだからこそ、元人間の俺も馴染むことが出来たんだと思う。友人として付き合っていくのには最高の種族だと思う。
しかし、それは言葉を返せば危機意識が無いということだ。『なんとかなるだろう』と言っている間に、取返しのつかないことになってしまっている怖さが、オークにはある。
人間社会は、騙し騙されて生きていくものだ。そんな社会とオークが触れ合っていくのは、危険なことなのかもしれない。人間と仲良くしようってのは、俺のエゴなんじゃないかって気がしてくる。
しかし、それでも俺は進むと決めたんだ。リリーちゃんと一緒に、全ての罪と責任を負って。
頑張ろう。
ここに居るみんなを、絶対に不幸にはするまい。