~ 第五話 アルト、また一つ森の真実を知る
『ぶぎょぉぉっ!』 (うめぇぇぇっ!)
俺は今、猛烈に感動している。
スパイスって……スパイスって偉大なんだな!
オークの味覚と嗅覚になったからか、色々な風味が全部分かってしまう。コショウのような香りに、ピリッと辛い味、爽やかなハーブの風味も感じるな。それらが見事なハーモニーを織りなしてやがる。
ふっ……とうとう俺は、違いの分かる男になってしまったのか。シェフを呼んでくれたまえ!
「うむ。やはり新鮮な熊肉は、こういった野生味溢れる味付けが一番だな。実にシンプルでよい味だ」
なんだと? これが……シンプルで野性味あふれる味付けだと?
そんなバカな! これほど繊細な料理など、オークになってから初めて食ったぞ!? 人間とは、かくも恐ろしいものなのか!?
俺のテンションがおかしくなっている理由。それは、さっきからグレゴールが無言でがっついている熊肉のステーキだ。俺たちの手土産に、オルブライト様の部下さんが持ってきていたスパイスを振って焼いた逸品。これが抜群に美味い。
思えばこの身体になって、塩というものを使ったことがないことに気付いた。オークって塩分どうやって補給してるんだろうな? 唯一思い当たることと言えば、たまに食べる変な色した猿の肉が、妙にしょっぱい味がするくらいだ。
俺たちオークが肉にする味付けと言えば、木の実を使ったソースをかけるくらい。なので、こういったスパイスたっぷりの味付けは食べたことがない。こんなに美味いとは思わなかった。
これは……欲しい! スパイス売って欲しい! お金ないけど! クッソ、どこに行けばあるんだ!? 砂漠か? それともアマゾンか?
「アルトー……ちょっといいか?」
ん? なんだいサリーちゃん。すごく申し訳なさそうな顔してるけど。
「この肉にかかってるスパイス。いくつかは多分この森でも取れるぜ?」
……なんだと?
「いや……集落から割りと近いとこにさ、コショウの実、落ちてたし」
サリーちゃんは、俺達オークの知らない森の真実を教えてくれた。
俺はこの日、また一つ賢くなってしまった。コショウって、木に生るんだね。小っちゃくて食べる所がないと思って放置していた赤い実が、なんとコショウになるんだね!
チキショー! 知らなかった! 知っていれば……もっと早くに知っていれば!
「ふむ……アルト殿は、存外分かりやすいのだな」
「閣下。アルトがっていうか……オーク全般、みんなこんな感じです。俺はかわいいと思うんですけどね」
オルブライト様とサリーちゃんが、顔を見合わせて笑っていた。悪かったな! 分かりやすくてっ!
※
熊肉の他にも、人間が食べる簡単なご飯を少しずつ貰った俺とグレゴールは大満足であった。
人間のご飯、美味いなぁ。
一か月後、またリリーちゃんに会いに来るときに、村の人達になんか作ってもらえないかなぁ。ちゃんとお土産もってくるからさぁ。
火を囲み、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。ちなみに俺は、ちょっと眠い。パチパチと爆ぜる火の明かりって、眠気を誘うよな。
「少し、よろしいか?」
そんな俺の眠気を覚ましてくれる人物登場! オルブライト様である。
貴族だからってむやみに偉そうにしないし、変に緊張することはないけれど、それでもやっぱりシャンとしなきゃいけないよな。礼儀として。
しばし、沈黙。オルブライト様もまた、オレンジ色の炎の明かりを眺めている。しかしなぜだろう……この妙な緊張感は。
「アルト殿……リリーのことは、どう思っていらっしゃるのかな?」
なんか微妙に口調がさっきまでと違う気がするし。
「私は極力、リリーには自分が選んだ者と結ばれて、幸せになって欲しい。そして今、リリーは貴殿に好意を寄せているように思う」
「……」
「貴殿に、リリーを幸せにする覚悟がお有りか?」
これは花嫁の父による圧力なのか!? いや俺、まだプロポーズしてないし! 「娘さんを僕に下さい」ってやる覚悟決まってないし!
あれやこれやと脳内でパニックを起こしていると、オルブライト様から感じる威圧感がさらに強まる。ほんとに堅気の人間なのかってくらいの圧力。さすがは貴族様。
「人間とオークが結ばれる。それは困難の伴う道だ。貴殿も分かっておろう。リリーが不幸になるのならば、私は全力でそれを止める」
「……」
「もう一度問う。貴殿に、リリーを幸せにする覚悟はあるか?」
その真剣な言葉に、なぜだかあの日の光景が浮かぶ。
――罪を真摯に受け止め、反省しましょう。地獄に落ちると言うならば、二人で落ちましょう。ですが今は、二人で前に進まなければいけません。それが、私達が選んだ道なのですから。
俺の罪を、二人の罪だと言ってくれたリリーちゃん。オークと人間が共に手を取り合って生きる世界を作るため、二人で歩んでいこうと言ってくれた、その優しい笑顔が。
――かならず、しあわせになります。
だから俺は、『幸せにします』とは書かない。男として情けないのかもしれないが、俺が先導するわけではないのだ。険しい道のりを、二人並んで歩くと決めたのだから。
たき火に照らされたオルブライト様の横顔からは、その感情が読み取れない。
ただ一言、彼は静かにこう呟いた。
「そうか」
愛する娘のパートナーとして、俺はまだ認められていないのだろう。リリーちゃんは彼にとって、何よりも大切な存在なのだろうから。
結婚がどうとか、恋愛感情がどうとか、そういうことではない。
ただ彼女に隣に立つ。それに相応しい男だと認めてもらえるように、努力しなければならない。
でも、なんでだろうな。
その道のりならどれだけ厳しくても、頑張れそうな気がするんだ。




