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~ 第十話  アルトの涙 ~

アルトにとってのターニングポイントになる回です。現段階で、作者としては悔いのない仕上がりです。


それでは、どうぞっ!

 サリーちゃんと二人、森の中を進む。


 今日の森は静かだ。獣の気配すら感じられない。これなら、サリーちゃん一人で散歩をしても大丈夫なくらいだ。珍しいこともあるもんだな。


 一歩進むごとに、指輪の光が強くなっていく気がする。もちろん、この指輪にそこまでの精度はない。気持ちの問題だってことくらい、俺にも分かってる。


 今日はオークのお供はいない。


 何人かは手を挙げてくれたけど、俺が断った。アルミンなんかは、犬の獣人のジョンさんに興味津々だったから、悪いことしちまったな。


 木の密度が薄くなり、徐々に拓けてくる。視界にはもう、人間が暮らす村が入っている。


 この辺りまで来ると……ほら、やっぱり。


 ハリソンさんとジョンさんだ。彼らとはいつもここで合流する。リリーちゃんの護衛を務める彼らにとって、事前の安全確認は譲れないものなのだろう。


 いつものように、俺はハリソンさんに斧を預ける。


 二人とも、俺に連れられてきた人間の女の子であるサリーちゃんを見てびっくりした顔をしている。


 一方のサリーちゃんは、なんだか緊張した面持ちだ。


 貴族の女の子に引き渡すとは伝えてたけど、最後まで半信半疑だったもんな。というか、ほとんど信じてなかったっぽい。明らかに威厳がある護衛の二人を見て、現実感が湧いてきたのかな?


 さて、護衛のお二人は聞きたいことも色々あるだろうけど、後にしてもらおう。どうせすぐに、リリーちゃんの前で説明することになるからな。


 その旨を伝えると、ハリソンさんがいくつかサリーちゃんに質問を投げかける。


 簡単な身分の確認と、武器を所持していないかどうか。ボディチェックも行った。


「申し訳ない。これも職務なのだ」


 こちらに視線を寄越すハリソンさんに、気にするなと合図を送る。


 護衛のお二方によるセキュリティチェックが終わると、いよいよリリーちゃんとご対面だ。


 村の外れに作られた、簡易的だけど大きな建物。……まぁ、屋根があるだけとも言うんだけどな。それでも、オークにとっちゃ充分な建物だ。


 これは、村の人が俺とリリーちゃんが話す時に使えるように作ってくれた建物だ。人間が普段使ってる建物だと、俺の巨体が入らないんだよな……特にドア。


 その屋根の下で、リリーちゃんが驚いた顔をして俺を待ってくれている。視線が俺とサリーちゃんの間を行ったり来たりしている。


 そんなリリーちゃんに会釈をしつつ、俺は屋根の下に腰を下ろす。サリーちゃんにも隣に座るように促した。


 ……あっ、サリーちゃん、緊張してるな。実物のリリーちゃんを見て、本物の貴族だって実感したのかな? オーラ、すごいもんな。


「アルトさん、お久しぶりです。お身体に傷がありますが、大丈夫ですか?」


 相変わらずよく見てるなぁ。傷なんて、ほとんど消えちゃってるのに。……まぁ、いつもに比べたら痛々しくは見えるか。


――だいじょうぶ。


 木の枝を使って、返事を書いていく。


 この枝……なんと備え付けだ。村の人がわざわざ、俺が書きやすいサイズの枝を探してきてくれたらしい。つまり、人間から見れば、なかなかのビッグサイズってことだ。


 これを見た時は、本当に嬉しかった。何気ない優しさって、胸に染みるよな。


 リリーちゃんのキレイな瞳が、俺の目をジッと見つめる。


「そうですか。……なにか、あったのですね?」


 相変わらず、察しがいいなぁ。


 人間がオークの雰囲気を察するって、相当難易度高いと思うぜ? 表情とか、読み取りにくいだろうし。


 少なくとも俺が人間だった頃、豚の表情が分かったことなんかなかったもん。


 それとも、俺が分かりやす過ぎるのか? そんなに落ち込んでるオーラが出てんのかな? ……だとしたら、情けねぇなぁ。


 ……情けないついでだ。とことん醜態をさらしちまうか。


 答えが出なくてもいい。


 誰かに話を聞いて欲しいんだよ。


………

……


 この一か月の間に何が起きたのか。説明するのにはだいぶ、時間がかかった。


 ゴブリンが何故、俺を襲ったのか。それを説明するには、サリーちゃんが森に入ってきたことから説明していく必要がある。時系列に沿って一つ一つ、噛みしめるように文字にしていく。


 ただ、この場にはサリーちゃんがいる。彼女は当然、人間の言葉を喋ることが出来る。


 俺が文章ではなかなか伝えきれないニュアンスを、彼女が補足してくれた。サリーちゃんがいなければ、説明にはもっと時間が掛かったうえに、言いたいことも伝えきれなかっただろう。


「……そんなことが。」


 リリーちゃんは、どんな思いで今の話を聞いてくれていたんだろうな?


 今回の争い、その根本にはゴブリンの価値観がある。人間の女は犯して当たり前という、ゴブリンの価値観だ。


 だけど、それだけが理由じゃない。これまでずっと、オークがゴブリンに人間の女を引き渡していたという事実も大きい。


 以前に一度、このあたりの事情については軽く説明をしてことがある。ただ、こんなに真正面から説明したことは無かった。


 俺がリリーちゃんの立場だったら、どんな風に感じるんだろう。


 人間の女を犯すことを求めたゴブリンが、滅ぼされた。……喜ぶべきなのか?


 それとも、これまで人間の女をゴブリンに引き渡してきたオークを、軽蔑するのかな?


 少なくとも、ポジティブな感情は想像出来なかった。だって、リリーちゃんは人間なんだから。それに、サリーちゃんのような、オークの命を狙ったなんていう負い目もない。


 女性を犯すゴブリンを、そんなゴブリンに女性を引き渡すオークを、憎む権利が彼女にはある。


「それに、アルトはゴブリンに配慮してました! 俺を……人間の女を渡せない代わりに、ゴブリンが満足出来るなにかを渡せないか。ずっとそれを考えて、何度も話し合いにも行ったんです」


 サリーちゃんが、必死に俺のことを弁護してくれている。


 それは、俺の喉元まで出かかってる言い訳だ。それだけは言うまいと、陳腐なプライドで抑え込んでる言い訳なんだ。


 自分では言いたくないからって、それをサリーちゃんに言わせてるだけなんだ。本当に、情けない。


「サリーさん」


 リリーちゃんが、サリーちゃんを制する声がする。立ち上がり、静かにこちらに向かって歩いてくるリリーちゃん。


『……っ!?』


 彼女は俺を、優しく俺を抱きしめてくれた。地面に座り込んだ俺の顔を、優しく包み込むように。


「あなただけに辛い思いをさせて、申し訳ありません」


『……』


「ゴブリンの皆さんを殺してしまった。それは、紛れもない罪です。今在る世界を変えようと歩き始めた、私と貴方が二人で背負っていくべき罪なのだと思います」


 その言葉は厳しく、そしてとても優しかった。


「行く道が厳しいことは、分かっていました。歩き始める前に、目を閉じて諦めることも出来ました。そうしていれば、責任を負うこともなかったでしょう」


『……』


「ですが私達は、より良い世界に辿りつけると信じて、歩き始めるという決断をしました。今、ここに在る世界を変える決意をしたのです。ならば、その過程で生じた犠牲について、責任を負わなければなりません」


 リリーちゃんから感じるのは、いつものお嬢様のオーラではなかった。


 それは、気品と呼ぶべきものなのか、それとも誇りと呼ぶべきものなのか。今のリリーちゃんを正確に形容する言葉が、俺には見つからなかった。


 ただ一つ、確信したことがある。


「罪を真摯に受け止め、反省しましょう。地獄に落ちると言うならば、二人で落ちましょう。ですが今は、二人で前に進まなければいけません。それが、私達が選んだ道なのですから」


 未熟に見えるこの少女は、他人(ひと)を導く存在だ。


 それはもしかしたら、世界を変えられる存在だということなのかもしれない。オークと人間が共存出来る世界が、本当にやってくるかもしれない。


 覚悟を決めよう。


 死んでいったゴブリン達の怒りも、ゴブ造さんの想いも、全部背負って歩いていくんだ。


 オークと人間が手を取り合える未来を作るんだ。それはきっと、未来のゴブリン達の生活を豊かにもしてくれるはずだから。


 この少女を支えよう。


 傷つくことも多いだろう道のりを、彼女の盾になって歩こう。


 そのためにも、もっと強くなろう。彼女の隣を歩くのにふさわしい男になるんだ。


 でも今だけは……今だけは、この小さな胸に甘えさせてもらおう。この涙が枯れるまでの間だけでいい。弱った俺の心を支えて貰おう。


 リリーちゃんに抱きしめられながら、俺は泣いた。


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