~ 第十一話 罪 ~
私は少し、浮かれていたのかもしれません。アルト様と共に歩くと決意してからこれまでの間、あまりにも順調に来すぎたのです。
※
一月ぶりにお会いしたアルトさんは、傷だらけでした。見た目だけではなく、心の中もです。こんなに哀しそうな顔をしているアルトさんを、私は初めて見ました。
隣にいる、冒険者と思われる女性のことも気になりましたが、まずはアルトさんに何があったのかを聞く方を優先しました。なにより優先すべきだと感じてしまうほどに、アルトさんの様子が辛そうに見えたのです。
「アルトさん、お久しぶりです。お身体に傷がありますが、大丈夫ですか?」
――だいじょうぶ。
「そうですか。……なにか、あったのですね?」
一見、会話になっていないようにも思えますが、そんなことはありません。
あの時のアルトさんの「だいじょうぶ」は、全くもって大丈夫ではなかったのですから。
………
……
…
この一か月の間に何があったのか。アルトさんのお話は、まずは冒険者の方々と一人のオークが森で遭遇したところから始まりました。
五人一組の冒険者、そのうち生き残ったのは一人だけ。その生き残った冒険者の方というのが、アルトさんが森から連れてこられたサリーさんという女性です。
私はサリーさんに問いました。
「サリーさん……お怪我はありませんか?」
この問いに、私は二つの意味を込めました。
オークと戦い、他の四名の方が亡くなっているのです。サリーさんだけ怪我していないと考えるほうがおかしいでしょう。すなわち、オークと戦った際に、怪我がなかったかを確認する意図が一点目です。
そして二点目。
彼女は三週間もの間、オークの集落にいたことになります。そこには当然、アルトさん以外のオークもたくさん暮らしています。中には、人間に対して好意的ではないオークもいることでしょう。
オークの皆さんを疑いたくはありませんが、まだ危険がないとは言い切れないのが私達とオークとの関係性です。なので、万が一にもオークによってなんらかの暴力を受けていないかということを確認しなければなりませんでした。
そんな私の質問に対してサリーさんは緊張した面持ちで答えてくれました。
「その……怪我はしてないです。怪我する前に気絶しちまったんで」
……なるほど。一点目については、サリーさんは幸運だったんですね。オークと戦って無傷で済んだわけですから。
そして二点目についても、おそらく大丈夫であるように思えます。
もしもオークから乱暴されていたとすれば、無傷ではいられないでしょう。ですが、見たところ怪我をしているようには思えません。
そしてなにより、アルトさんをとても信頼しているように見えます。
もし、他のオークから乱暴されていたとすれば。いくらアルトさんがいい人であるとはいえ、このような態度にはならないでしょう。
「よかったです。オークの皆さんも、サリーさんを受け入れてくださったんですね?」
アルトさんに視線を向けると、ゆっくりと頷いてくださいます。
「はい。オークのみんなには本当、よくしてもらいました。その……俺たちが思ってるオークとは全然違って。俺たちは誤解してたっていうか……」
「大丈夫です、サリーさん。私も、オークの皆さんが、誤解をされているという状況を認識しています」
サリーさんがホッとした表情を浮かべます。
その横で、アルトさんが文字を書いていきます。
――でも、ごぶりんたちは、うけいれてくれなかった。
ゴブリン、ですか。
「確か、オークとゴブリンは一緒に生活をしているんでしたよね?」
「いや、近くに住んでるって感じです。オークの集落から少し行けば、ゴブリンの集落があるっていう感じで」
サリーさんが答えてくれました。
アルトさんとの会話は筆談である以上、どうしても細かいニュアンスまでは読み取り切れないことがあったので、サリーさんの存在はありがたいです。
ただ、出来れば私が最初にオークの集落を自分の目で見たかったと思ってしまうのは、子供じみたワガママなのでしょう。恥ずかしながら、少しだけサリーさんに嫉妬してしまっている自分がいるのです。いけませんね。
――ごぶりんは、にんげんのおんなを、おそう。それは、ごぶりんのたのしみ。
――おーくは、にんげんのおんなを、ごぶりんにわたしてきた。
――でも、さりーちゃんはわたさなかった。
――おーくが、さりーちゃんをわたさないことに、ごぶりんたちはおこった。
淡々と、私に伝えたいことを文字にしていくアルトさん。私には、なぜかその姿が神に懺悔をしているように見えました。痛々しく、救いを求めているように思えたのです。
何点か、疑問に思った事をアルトさんに問いかけることで、オークとゴブリンの関係性については理解出来ました。
オークが人間と戦うことになり、生きた状態で女性を手に入れることが出来た場合、その女性をゴブリンに引き渡していたということ。
それは、ずっと続いてきた、いわば慣習的なものであったということ。
――なぜ、おーくはさりーちゃんをわたさなかった?
――おれが、にんげんとなかよくしようって、いったから。
――だから、ごぶりんたちは、おれをころそうとした。
そこで一旦、アルトさんの手が止まります。次の言葉が紡がれるまで、私とサリーさんはただ黙ってアルトさんを見守りました。
――とめられなかった。おれは、ごぶりんたちをころしてしまった。
「違うだろっ!? アルトは精いっぱい頑張ったじゃねぇか! あんな状況で、止められるわけねぇだろ!」
「サリーさん」
「アルトは自分を責めすぎなんだよ! お前は精いっぱい努力した! あれはゴブリン達の逆ギレだったじゃねぇか! お前がそこまで気に病むことじゃねぇ!」
「サリーさんっ!」
感情的になり、アルトさんに食って掛かるサリーさん。思わず私も声が大きくなってしまいます。アルトさんはただ俯いたまま、何かを堪えているように見えました。
「貴族様! 襲ってきたゴブリンは十匹とかそんなレベルじゃなかったんです! 数えきれない程のゴブリンに襲われて、生き延びるには殺すしかなかったんです!」
「……」
「それに、アルトはゴブリンに配慮してました! 俺を……人間の女を渡せない代わりに、ゴブリンが満足出来るなにかを渡せないか。ずっとそれを考えて、何度も話し合いにも行ったんです」
「サリーさん」
そこまで聞いて、私はサリーさんを止めました。
彼女からは、後程、落ち着いて話を聞こうと思います。冷静に、なにがあったのかを彼女の知る範囲で教えてもらいます。
でも……それはアルトさんがいないところで聞くべきなのでしょう。
サリーさんは、なんとかしてアルトさんを擁護したいと思っているようです。
彼女から見て、今回の事件はアルトさんに否がないものなのでしょう。そして、彼女の話を少し聞いただけの私もそう感じます。出来ることならば、慰めてあげたい。
ですが今、慰めの言葉や優しい言葉を、アルトさんは望んでいません。むしろそのような言葉が、彼を傷つけてしまっているように見えます。
おそらく、アルトさんは自身のことを許せていないのでしょう。だから、「貴方は悪くない」と言われてもその言葉を受け入れることが出来ない。他者からの許しを受け入れるためには、まずは自分が自分を許していなければならないのですから。
私は思います。
今、アルトさんに必要なのは、アルトさんの罪を認めてあげることなのではないかと。
そのうえで、アルトさんを押しつぶそうとするほどの大きいその罪を、共に背負っていくことなのではないかと。
私はアルトさんに歩み寄り、その大きなお顔を抱きしめました。
「あなただけに辛い思いをさせて、申し訳ありません」
ごめんなさい。
優しい貴方に、仲間であるゴブリンの命を奪わせるようなことをさせてしまって。そんな大きな罪を、背負わせてしまって。
「ゴブリンの皆さんを殺してしまった。それは、紛れもない罪です。今在る世界を変えようと歩き始めた、私と貴方が二人で背負っていくべき罪なのだと思います」
貴方が罪だと思うなら、私もその罪を背負います。
「行く道が厳しいことは、分かっていました。歩き始める前に、目を閉じて諦めることも出来ました。そうしていれば、責任を負うこともなかったでしょう」
『……』
「ですが私達は、より良い世界に辿りつけると信じて、歩き始めるという決断をしました。今、ここに在る世界を変える決意をしたのです。ならば、その過程で生じた犠牲について、責任を負わなければなりません」
自分の言葉が、新たに身を引き締めてくれているように思えます。
これから先、思いもよらぬ障害が立ちふさがることも多いでしょう。
何かを変えるということは、そう簡単ではありません。ましてや、今まで当たり前だった、『オークは人間とは相いれない魔獣だ』という常識を変えなければならないのですから。
それでも、アルトさんが隣にいてくだされば、その重責に耐えられると思うのです。アルトさんの向こうに、未来の姿が見えるのですから。
「罪を真摯に受け止め、反省しましょう。地獄に落ちると言うならば、二人で落ちましょう。ですが今は、二人で前に進まなければいけません。それが、私達が選んだ道なのですから」
私の腕の中で、アルトさんが泣いているのが分かります。
貴方は一人じゃない。
貴方が私の傷ついた顔と心を癒してくれたように、私も貴方の心を支えます。
共に、歩んでいきましょう。
本日中にエピローグをもう一話、投稿します。
おこがましいことですが、書籍を想定した場合の第二巻のエピローグということになります。




