~ 第八話 生き残った者の生きる道 ~
よろしくお願いします。
では、どうぞっ!
怖いわけでも、悲しいわけでもない。嬉しいわけでもない。いろんな感情が混じりあって溢れた涙は、なかなか止まらなかった。
何も言わず、ただ涙だけを流し続ける俺を、目の前のオークは何もせずに見つめている。
涙……止まれ、止まれ! これ以上情けないところを見せてどうするっ!
そうやって気合をいれているうちに、なんとか涙が止まる。
落ち着いた俺は、そのオーク……アルト、だっけか? に自分の名前を告げた。するとアルトは、さっそく俺の名前を地面に書き始める。……あっ、そこの綴り、間違ってる。そう、それでオッケーだ。
そんな何気ないやりとりの一つ一つが、俺に実感をさせる。オークは、ちゃんと俺の言ってることを理解しているんだと。頭では、もう充分に分かってるはずなんだけどさ? それでもどっかでまだ、信じきれない部分があるんだろうな。
それからいくつか質問を受けた。俺が魔法をそんなに使えないことを告げると、なぜかアルトはがっかりしていた。……魔法使いだと思われる要素、あったか?
そしてアルトは綴る。
――きみたちは、おれたちをころそうとした。
――だから、おーくはきみのなかまをころした。
――じぶんをまもるためだ。
――だから、おれたちはきみにあやまらない。
――だけど、しんだひとのことは、かなしくおもう。
それはきっと、オーク全体の気持ちなんだと思う。だって、『おれたち』って書いてあるから。
そしてアルトの言ってることは、いや、オーク達の言っていることは、正しい。俺の仲間が死んだのは、全部俺たちのせいだ。
俺たちは、逃げるオークをわざわざ追いかけた。……殺すつもりで。
意思のない獣だったとしても、殺されてたまるかって反撃するはずだ。ましてや、オークには意思があるんだ。反撃するに決まってる。そしてその結果、弱い俺たちが負けただけだ。
分かってる。間違ったのは俺たちだ。分かってるんだっ!
頭から離れねぇんだよ。
ハロルドとジャック、それにステファン。みんな粉々になった。料理で余った屑肉みたいだった。人間が……あっという間にゴミみたいなモノに変わっちまったんだ。
ルーシーの最期の顔。全てを失って、これから先はオークに犯され続ける未来しかない。そんな絶望の中で、自分の命を絶とうしている、あの顔。
大好きだったみんなの、無惨すぎる死にざまが、どうしても頭から離れねぇんだ。
そんな権利がないことが分かってても、どうしてもオークを許せないんだ。
「分かってるよ……分かってる。命を狙ったのは俺たちだ。……分かってる。あんた達は、何も悪くない!」
これは……逆恨みだ。命を狙った相手に、こんなことを言うなんて、身勝手にも程がある。
そんな俺に呆れちまったのか、アルトは家を出て行った。入れ違いで違うオークが入って来る。
自分の無様さが、心に染みた。
………
……
…
どれくらい時間が経ったんだろうな? もう、夜も遅いと思う。
見張りのオークは二匹に増えた。名前はアルミンとナディアっていうらしい。ちなみにアルミンは雄で、ナディアは雌だそうだ。
そう聞いてから見ると、確かにナディアの方が女っぽい胸をしてる……気がする。いや、アルミンも胸あるけどな。
二匹のうち、アルミンの方は少し字が書けるみたいだ。一番最初、アルトの前に俺を見張ってたのもこのオークらしい。
このアルミンっていうオークは、さっきのアルト以上に不思議なオークだ。……っていうか気が抜ける。
なんてゆうか、すげぇ頑張って字を書いてるのが伝わって来るんだ。それこそ、初めて字の練習をする小さなガキみたいな感じだ。もれなくどこか間違えてるし。
自分の名前が俺に伝わったときなんか、すごかったぜ? 『ぶぎゃぁーーーっ!』って叫びながら、思いっきり万歳しだしたんだから。ほんと、子供かよ。
冷静になってみれば、ただ喜んだだけだって分かるんだけどさ。あの時はいきなり目の前で雄たけびをあげられたもんだから、ビビっちまったよ。
そしたらナディアってオークが、後ろからアルミンを思いっきり叩いたんだ。……人間が喰らったら、死ぬんじゃないかって強さで。その後は、どうやらナディアがアルミンを説教してるっぽいんだ。
ペコペコと謝ってるように見えるアルミンを見て、思わず笑っちまったよ。こんなオークを相手に緊張するのが馬鹿らしくなっちまった。
それでそっからは出来るだけ、アルミンの話に付き合おうと思ったんだけどさ。アルミン、どうやらまだ言葉が得意じゃないらしいんだ。伝えたいことが伝えられなくて、すげぇ悩んでた。
考え込むオークを見て……かわいいなって思った俺は、おかしいのかな。でも、少なくともオークが恐ろしい魔獣じゃないことは、間違いないって断言できるよ。心の底からな。
『ぶごぶが』
『ぶふ、ぷぎゅう。ぶぎゃぶごー』
また、新しいオークが入って来る。このオークは……アルトだ! 指に宝石みたいなのを着けてるからな。
――すこし、いいかな。
アルトが俺に告げ、外に出るように促す。縛られてるから少し立つのに苦労してると、サッとフォローしてくれた。……人間の男より気がきくんじゃねぇか?
外に出た俺の目に、予想もしてなかったものが目に入る。それは、チームのみんなが使ってた装備だった。壊れてたり、血に染まってたりするけれど、一目見れば分かる。
あの折れた剣は、ハロルドの剣だ。
チームの中で最初に協会の試験を突破したリーダーに、みんなで金を出し合って贈った剣だ。顔をほころばせながら、「お前らも早く合格しろよ!」って憎まれ口を叩いた顔を思い出す。
その横にある古い小さな盾は、ジャックの。
早く買い替えたいっていつも愚痴っていたな。でもあいつ、すげぇ大事に使ってたんだぜ? ちゃんと手入れしてなきゃ、とっくに壊れてたはずだから。でも……とうとう割れちまったか。オークが相手じゃ、仕方ねぇよな。
あれはルーシーのマントとネックレス。隣にあるのは、ステファンの弓と小手。……全部、チームの思い出が詰まった物だ。その持ち主は、みんなもういない。
「ハロルド! ルーシー! ジャック! ステファン! ……ごめんな。俺だけ生き残って……ゴメンな!」
今でも死にたいって気持ちはある。みんなと一緒の所に行きたいって思う。
でも、俺は死んじゃいけない。
だってさ……隣でアルトが、祈りを捧げてくれてるんだぜ? オークの命を狙って、返り討ちにされた奴らのために、祈ってくれてるんだぜ?
俺が死んだら、この優しいオークは悲しむ。それは……裏切りだ。ここまで気遣ってくれた相手に、そんなことは出来ない。
死ぬなら、それはオークに殺される時じゃなきゃいけない。オーク達が俺を許せないっていうなら、その時に殺されるべきだ。
みんな、いつになるかは分からねぇけど、待っててくれるか? いつも待たせちまって、ほんとにゴメンな。




