~ 第九話 オークの表情 ~
遅くなってすいません。
それでは、どうぞっ!
夜が明けた。
絶対に眠れるわけがないって思ってたのに、いつの間にか寝ちまってたみたいだ。いまさらになって、思い出したみたいに身体が痛い。
まぁでも、ツタを解いてもらえただけでもありがてぇ。身体が自由に動かせるだけで、だいぶ楽だからな。
アルトがみんなの遺品を拾ってきてくれたあの後、俺はアルトに謝った。オークの命を狙うようなことをして、申し訳なかったって。
それに対してアルトは、こんな返事をした。
――おーくは、にんげんをおそわない。
――たたかうのは、おそわれたときだけ。
そこで思い出す。森の中でオークに遭遇し、命からがら逃げ延びて来た先輩冒険者の話を。
はっきり言って、こんなのは冒険者協会でよく聞く先輩冒険者の武勇伝の一つだ。盛って話している部分も多いと思う。そういや、オークに関する話って、多かったんだよな。
例えばこんな話。
化け者みたいにデカいオークが現れて、俺たちは必死に身を潜めた。鼻息が聞こえるくらい、近くまで来やがったんだ。だけどオークの奴、気付かずにゆっくりどっかにいっちまったんだよ。
今、オークの話を聞いて思う。
きっとそのオーク、隠れている冒険者に気付いてたんじゃないかなって。そのうえで、自分を攻撃するつもりがなさそうだと判断して、どっかにいったんじゃないかって。
もちろん本当に気付かなかったのかもしれないけどよ? オークの強さを知っちまった今、それを素直には信じられねぇんだよな。
それともう一つ、アルトがとんでもねぇことを言ってたんだった。三週間後、俺はどうやら貴族に引き渡されるらしい。
意味が分からねぇだろ? 俺もだよ。一夜明けた今でも、まだ信じられねぇでいる。
アルト曰く、月に一度、貴族の娘がオークに会いに来ているらしい。そして次に会うのが三週間後だとか。
聞いたことねぇぞ、そんな話。ってかそもそもなんでその貴族は、定期的にオークに会うことになったんだ? なんでそんな酔狂なマネをしてんだよ。そもそもどこで最初にオークに会ったんだ?
そんな俺の疑問に、アルトは一言、こう答えた。
――いろいろあったんだよ。
だからその色々を教えろってんだよ! なに遠い目をしてんだよっ! おいっ!?
とまぁ、結局なんでオークと貴族に接点があるのかは分からないままだったんだけどよ。ひとまず俺は三週間、オークの集落に居ることになったんだよ。
正直言うとな? 貴族云々って話も三週間っていう期限も、別に嘘でもいいって覚悟はしてるんだよ。このまま一生、オークの集落で暮らしていく覚悟は出来てる。それだけのことをしたしな。
これが犯され続けたりするんだったら、隙を見つけて逃げようとしたかもしれねぇけど、そんな気配もない。それどころか、明らかに話が分かる連中だ。そうでなかったら、わざわざ遺品を探してきてくれたりしねぇだろ?
だったら、ちゃんと罪を償いてぇ。これからどれだけの間、生きていられるのかは分からねぇけど、ちゃんと筋を通してからみんなのところに行きたいんだ。
……むしろ、ほんとに貴族に会う羽目になった方が、緊張しそうだよな。俺、言葉遣いとか自信ないぜ?
………
……
…
外に出る前に、アルトから注意を受ける。
――ひとりで、しゅうらくのそとにでないこと。
逃げるなって意味かと思ったんだけど、どうも違うらしい。
オークの集落の近くには、ゴブリンも集落を作ってるそうだ。そしてゴブリンは、オークと違って人間の女を犯す。だから、一人で近づいてしまうと危ないらしい。
ゴブリン一匹くらいなら、俺一人でもなんとかなるだろうけど、集落ってことはいっぱいいるんだもんな。ゾッとするぜ。
気を取り直して、アルトについて家の外に出る。
うっ……分かっちゃいたけれど、やっぱオークが大量にいると身構えちまうな。情けねぇ、脚が震えてやがる。
そんな俺を尻目に、アルトは他のオークに挨拶をしてるっぽい。何を言ってるかは全然分からねえけど、たぶんきっと挨拶だ。
時々、アルトが挨拶をしているオークの視線がこっちにも向けられる。その度に身構えちまうんだけど、オークは何もしてこなかった。……なんだか少し慣れてきた気がするな。
「なぁ、アルト」
『ぶぎゃ?』
「俺たちが殺そうとしちまったオークは……どのオークだ?」
残念ながら、俺にはオークの区別がつかねぇ。唯一、指輪をしているアルトのことが分かるくらいだ。昨日俺たちが狙ったオークがどのオークか、俺には見分けられないんだ。
アルトは黙ってしばらく歩くと、一匹のオークの前で止まった。……雌、なのか? 胸があるように見えるな。
『ぶぎょぶぎゅ』
「このオークが?」
『ぶぎゅ』
どうやらそうらしい。アルトが紹介してくれたオークが、静かな目で俺のことをジッと見ている。名前はニーナというらしい。やっぱり雌だった。
俺はそのオーク、ニーナに頭を下げながら言った。
「すまなかった! 俺はあんたを魔獣だと思って殺そうとした。申し訳ねぇ!」
頭のうえで、アルトとニーナが何か話しているのが聞こえる。しばらくするとアルトが、俺の肩を叩いた。
――ころすことになっちゃって、ごめん、だって。
顔をあげると、ニーナがなんだか申し訳なさそうな顔をしているように見えた。……気のせいじゃないと思う。よく見ると、オークにも表情があるんだな。
アルトはさらに続ける。
――おーく、ちからがつよい。かげん、むずかしい。
――おいかえすだけが、りそう。だけど、むずかしい。
そりゃそうだ。身体の大きさからいって、俺の何倍あるんだよって話だもん。ってかそもそも、オークがそこまで人間に気を遣う義理もないしな。
「仲間が死んだのは、全部俺たちの自業自得だ。気にしないでくれ。本当に、すまなかった」
もう一度、頭を下げる。大きな気配が俺に近付いてくるのが分かった。
『ぶぎゅぶご』
ニーナが、俺の目の前でしゃがみ込んでいる。それでも俺よりデカいけど、その顔はとても近くなった。大きな豚の顔はパッと見ただけだと怖いけど、よく見れば優しい顔だ。
アルトの通訳がなくても分かる。
許してくれたんだ。命を狙ったことを。
ありがとう。そしてごめんなさい。
ニーナは優しく、俺のことを抱きしめてくれた。




