最終話
最後の誰かの代わりのお話。
シャルロッテ様は半ば強引に歩き出し、私は部屋から一番大きな広間に移動する。
部屋に入るとその場にいた全員から視線を浴び、足がすくむ。
マクシミアリン様に至っては、隣に座っているローザリンデ様と共に睨んでいるように見える。
「まだいたのか。俺とローザリンデは今から宣約書にサインをするんだ。お前との宣約書にはサインしていないのに、当主夫人の肩書きを偽って随分派手に動いていたそうだな」
「えっ、泥棒猫じゃない。なんでまだ捕まらないの?」
随分な言い方をする二人を見て、美しい恋物語の終焉を見た気がする。
恋物語の主人公たちには見えなかった。
小さく咳払いした当主様が二人に声を掛けられる。
「彼女は私が呼んだのだ。それで、二人は夫婦になるつもりはあるのか?」
二人は私について好き勝手に喋りながら、結婚の宣約書にサインを施す。
サインされた紙を険しい顔で受け取る先代当主は、小さくため息をついてから話し出す。
「二人の同意を確認した。この紙は急ぎ、国に提出しよう。二人の門出を祝福しよう。隣の部屋でツィラー伯爵夫妻が待っている」
二人は満足げに頷き、器用に密着しながら部屋を出て行く。
「あぁ、そうだ。父上、貴方は知らないかもしれないが、その女は勝手に居座って、公爵家夫人を騙った挙げ句、公爵家の金を勝手に使っていたのですよ」
「それは」
「あーあー、うるさい。ただいるだけなら許してやると言っただろう?勝手なことをしたんだから、処刑にでもなったら良いさ」
本当に好き勝手に罵って部屋を出て行く彼を、お腹の前で軽く重ねた両手を強く押さえつけることで、なんとか見送った。
書類が提出されていなかった以上、私はマクシミリアン様の妻ではない。
言い逃れ出来ない、詐欺となる。
「テレーゼ嬢、こちらに座りなさい」
当主様より空いている席を指さされ、一礼して着席する。
「君に会えたのは半年前の一度きりだった。シャルロッテから様子を見るように言われ、連絡をほとんどいれなかったが、愚息のために、家のために色々と動いてくれたのは把握している。ありがとう」
テーブルの向こう側にいる公爵家当主夫妻が揃って頭を下げる。
先ほどまでの怒りが霧散するようだった。
けれど、これから先が本番。
「何もかもが拙く、多くの方々に支えてもらいまして、本当に学びの多い日々でした。書類を提出していないことを把握出来ておらず、公爵家夫人と騙ってしまったことは、重大な罪と自負しております。どうぞ処罰をお与えください」
座ったままではあるが、深くお詫びした。
元々子爵家と公爵家では地位が全く違う。
その当主を騙した子爵家の娘なら、どんな処罰を受けても世間は驚かないだろう。
「・・・そうか・・・それであれば、テレーゼ嬢、一つ取引をしようか」
「・・・取引?・・・ですか?」
下げていた頭を上げ、夫妻を見比べる。
「あぁ、本来ならば公爵家夫人と偽り、各地で接待を受けたとすれば重罪だ。命はないだろう。だが、この領地のために精一杯働くと言うのであれば、今回のことは不問に付すとしたら、君はどうする?」
「えっ?・・・宜しいのですか?」
「あぁ、だが、これは立派な取引だ。この地で私が選んだ男と結婚し、寿命が尽きるまで働くことになる。あぁ、もちろんきちんと予算は組むぞ」
当主様が選んだ男性は監視役なのだろう。
元より結婚の予定はなかったし、働けるならば働くつもりなので、願ってもいない申し出なのだ。
どちらかといえば温情に満ちた処罰と言える。
「願ってもいないご提案ですが・・・私に新たに婚姻を用意してくださると・・・?」
「もちろん、それも取引に入っている。あぁ、書面は既に用意してある。この文章を読んで、サインをしてくれれば取引成立だ」
「拝見致します・・・・えっと・・・夫となる・・・レオ・・・ンハルト様・・・?」
「はい。私のことです」
物陰から現れたレオさんは今までにない正装をしていらっしゃった。
なぜここに?どうしてそんな格好を?という心の声は、口の外に出ることはなかった。
跪いたレオンハルト様は私の手を掬い、手の甲にキスをする。
「私、レオンハルト・フォルクマンは・・・テレーゼ様が許してくださるのならば、一生を掛けて我が兄の罪を償い、貴方を支えると誓います。・・・もし、嫌でしたら、ちゃんとレオに戻ります。貴方をずっと補佐し、貴方が大変なときに一番の味方でいます」
取引の話から方向性が全く違い、レオと呼んでいた男性は公爵家次男のレオンハルト様だった。
そして、私と結婚した者が公爵家の当主を継ぎ、私は『フォルクマン家次期当主夫人』の肩書きはそのままになるという書面だった。
恋愛感情はないのだろう。
こうやって兄から捨てられた女を監視役として娶ってくれるなんて、義理堅い彼ならやりそうだ。
そう言い訳しても、情熱の込められたかのように見える視線から、逃れるように当主様を見ると小さく頷かれる。
「テレーゼ嬢、我が家の新らしく次期当主となる次男のレオンハルトと、これまで通り支え合ってもらえないだろうか」
先代当主からもお願いされてしまっては、断りようもない。
という言い訳をしないと顔が熱くて倒れてしまいそう。
今までと生活は変わらないし、周りにいる人達も変わらない、それにほとんど顔を合わせることがなかったマクシミアリン様よりも、色んな話をしてきたレオ自身に心惹かれていると実感した。
「ふ・・・ふつつか者ですが、宜しくお願いします」
頭を下げて、右手でサインを入れる。
その横顔をレオに見つめられていて、とても恥ずかしい。
「・・・ありがとう。一生大切にします。やっとテレーゼを妻と呼べる。俺のことは今まで通りレオと呼んで欲しい」
「そうは言っても・・・今頃恥ずかしくなりました」
「じゃぁ、毎日練習してね、俺の可愛い奥さん」
「なっ!」
私が慌てている間に、回収された二つの書面を受け取ったニクラスは、急いで国に提出しに行ってくれた。
今後のことについて、ツィラー家とも話あうとのことで、私とレオ、シャルロッテ様は庭でお茶を飲むことになった。
お茶が用意され、侍女が下がったところで、シャルロッテ様が姿勢を直す。
「テレーゼ様、この度は我が弟の理不尽な対応を真摯にお詫び申し上げます。弟の対応は成人貴族としても、一人の人間としても最低なものでした。そして、それに対してすぐに動けなかった我が家も貴方を苦しめた存在です。申し訳ございませんでした。その上で、下の弟のレオンハルトと婚姻を結んでくださったこと、寛容なお心に感謝申し上げます」
シャルロッテ様が礼をしたと同時に、レオも話す。
「私も、貴方を騙して近づき、このような形で自由を奪ったことをお詫び申し上げます。私を選んでくれてありがとう。改めて、貴方を一生愛し、支えます」
二人とも深く心からの謝罪の礼をしてくれていると感じ、謝罪を受け止める。
「お二人とも頭を上げてください。謝罪を受け取ります。皆様が私を心配し、こうやって動いてくださったことが嬉しいのです。どうぞこれからも宜しくお願いします」
三人で穏やかに笑い合って、これからの話をする。
マクシミアリン様はツィラー家に婿入りの形で、ローザリンデ様と結婚される。
一度死亡届けを出したが、見つかったと手続きをしているそうだ。
今回の騒動の慰謝料の代わりにマクシミアリン様を引き取ることになった形だ。
先代当主様から全員に説明が行った頃なので、遠くに喧噪が聞こえる気がする。
全員お昼ご飯を食べ損なっていたので、レーナとレーネが三人分のサンドイッチを運んできてくれる。
穏やかな日差しの中で、お茶会が進む。
「それはそうと、午前中は何をしていたのですか?」
レオがとても優しげに質問をしてくるものの、今までにない低い声のような気がして、背筋が冷たくなるのを感じる。
「えっと・・・そう、部屋のお掃除をしていたの!」
目が泳ぎそうになるのを、必死で抑える。
もし話合いが終わって、命があるのならば、急いでこの家を出ようと考えていたのがバレているらしい。
「へぇ、トランクまで引っ張り出していたようですが、大掃除でしたら私も手伝いますよ」
「あら、それなら私も手伝うわ」
にっこりと笑顔を見せるレオとシャルロッテ様がとても綺麗なお顔で圧が強い。
「それならだいたい終わっていますので・・・あっ、そうですね・・・レオとの新しいお部屋に移るのを手伝っていただいてもいいですか?」
「・・・参ったな・・・怒れない・・・」
照れて顔を真っ赤にしたレオを、シャルロッテ様は面白そうな顔をして見つめている。
「私たちの部屋に移ってから、ちゃんと聞きますからね」
逃げられたと思ったのに、逃げ道が完全に塞がれたようだ。
誰も代わりになってくれない、幸せな毎日の予感がして自然と笑顔になった。
あの日のから半年後に私たちは結婚式を迎え、また一年後に家族が増えた。
いくつもの領地運営の危機を越え、沢山話し合い、不安で眠れぬ夜も、静かに共に過ごす雨の日も一緒に乗り越えていくのだと、レオの手を握り返すのだった。
レオにはテレーゼの代わりはいないのだと、これからますます実感していくことになるテレーゼ。
でも、まだ代わりはあるのですよね。
ちゃんと気づいて、その呪縛から逃れられますように。
最終話まで読んでくださり、ありがとうございました。




