第7話
実務をこなす人々は格好良いのです。
渋々といった面持ちでツィラー夫妻は私の提案を聞き入れてくださったため、席を辞する。
視察の半分をキャンセルする形となってしまったが、商会長からはまた来ることを期待されてしまった。
特殊な事情を除いて、うちの国では一夫一妻制なので、私は離縁され、ローザリンデ様との婚姻が新たに結ばれると思う。
領地内で仕事を見つけるなら、こちらにも来ることが可能かも知れないと、馬車に揺られながらぼんやり考える。
公爵家に戻り、事の次第をニクラス、ビアンカに伝える。
勝手な判断をして驚かせてしまったけれど、怒られることはなかった。
必要だと考えられる場所へ情報を届けてもらえるようにお願いする。
「テレーゼ様、今の貴方様は私たちの主です。お願いではなく指示を、もしくは委託を」
「・・・そうですね。関係する方々への連絡は一任します。ただし、報告は上げてください。私の知らない人への連絡を入れたことで、罰することはありません。各自が必要だと思った方に、判断した段階で連絡を入れてください」
当主ではない、嫡男の婚約者(もしかしたら同意を得られていないのかも知れないけれど)の私を、主として扱ってくださる皆さんに、しっかりと目を合わせて言い切る。
「畏まりました」
ニクラスさん、ビアンカさん、レオさん、レーナとレーネは深く一礼する。
頼れる方々にお願いして、私は静かにしていた方がいいのだろうなと思う。
「・・・それで、私は・・・このまま部屋にいても良いでしょうか?」
「レーナかレーネを連れて行ってくださるのであれば、生活の制限はございません。お心のままお過ごしください」
「しばし離れますが、どうぞ無理はなさらず」
執務室を兼ねた客室から、皆が出て行く。
そっと小さくため息をつくと、レーナが紅茶をレーネが菓子を差し出してくれた。
「ありがとう」
静かで広く感じる執務室をぼーっと眺めながら、考えをまとめる。
今まで大きな決断は当主である父がすることだった。
母はよく父に任せておけば間違いないと言っていた。
妹は母の考えに時折反発して、注意されたり許されていた。
私はどうだっただろう?
自分なりに考えて、領地のことを父に提案してみたこともあるけれど、怒られるか、後日父が考えたこととして、改善案の基礎になっていたこともある。
父が管理する領地のことだからと、母は多くの経験をしているからと、妹はこれから成長していくのだからと、不条理だと悲しむ自分を無理に納得させていたのかも知れない。
でも今は、大きな決断をした。
その考えをまずは受け止めてくれる人たちがいた。
出来るか出来ないかは別として、動いてくれた。
そして、側にいてくれる。
それはもうすぐ終わるかも知れないけれど、ここで沢山守って貰ったから、以前のようにただ俯いて言いなりになっていた私からは変われた。
だから、実家の皆に文句の一つを言っても良いと思う。
「そうよね、ずっと我慢して来たんだから・・・」
体が燃えるように熱くなって、力がみなぎってくる気がする。
俯いて考えごとをしていたけれど、顔を上げて双子を見つめる。
「あのね、レーナ、レーネ、聞いてっ!」
勢いよく立ち上がった瞬間、膝の力が抜けてテーブルに倒れ込みそうになる。
慌てた二人に支えられたけれど、今度は恥ずかしさで顔が熱くて、涙が出てくる。
「奥様?・・・テレーゼ様?」
二人が心配そうに私の顔を覗き込み、不思議そうな顔をする。
「私・・・私は・・・何も出来ないのですね・・・」
「えっ?どうされました?」
なんだか悲しくなってしまって床に座り泣いてしまう。
子どものときにもこんなことをしたことは無かったと思うけれど、なんだかとても悲しい。
さめざめと泣く私の頭の上で、双子の侍女が話し合う。
「レーナ、何をしたの?」
「レーネこそ、何をしたの?」
「私は明るい気持ちになって欲しくて、紅茶にラム酒をちょーっと入れすぎただけよ!」
「あたしはちょーっと贅沢な気持ちになって欲しくて、フルーツパウンドケーキを出しただけよ!」
「「あっ!お酒!!」」
二人に急に肩を掴まれる。
「へっ?」
「テレーゼ様、お酒を飲んだことはありますか?」
「え・・・分からない・・・ごめんなさい・・・分からないの」
二人からの質問に、頭が混乱して答えられなくて、またそれが悲しくて泣いてしまう。
なんでこんなに悲しいの?
「レーナ!これは泣き上戸ってやつよ」
「もしかして、テレーゼ様ってお酒に弱いの?レーネ、これはやばい?」
焦っている二人を見上げる。
なんだかよく分からないけれど、私が泣いているので二人が困っているようで、また悲しくなってしまう。
「今のうちなら誤魔化せるかもしれないけれど、ビアンカさんが戻っていらしたら・・・怒られるかも!」
「そのタイミングは逃しました」
「ひぃっ・・・」
とてつもなく冷たく低音が耳に届く。
体が固まってしまったかのように、三人揃って扉の方を見る。
非常に素敵な笑顔のビアンカが立っていて、気を失うかと思うほど怖かった。
その日の夜は、温めのお風呂にさっと入って、軽食でお腹を満たして、ビアンカさんが監視する<見守る>中眠りについた。
何か大切なことを思いついた気がするが、眠気が強くなってしまって、深く考えられずに体の力を抜いたのだった。
様々な人達が動いて、調整した結果、ツィラー夫妻と出会ってから一月後、フォルクマン家にローザリンデ様が訪れることになる。
重要人物であるマクシミアリン様にはニクラスさんから前日夜に説明してもらうことになった。
当日、昼前から重要人物たちは、この家に集結する。
泣いても笑っても、朝日は登る。
振り返ってみても一度も夫婦の部屋は使っておらず、客室の一つを執務室としていたので、今日も同じようにそこで軽い朝食を取る。
ニクラスさんからの伝言で、今日のお客様たちはマクシミアリン様が一人でおもてなしをするとのことだった。
本当に伝言を受けたのかは分からなかったけれど、私には参加権が与えられなかったということだろう。
フォルクマン公爵家とツィラー伯爵家の間のことであれば、私にはその権利がないことは分かる。
私は邪魔をする気はないので、その伝言に従い部屋に籠もる。
今日ばかりは、皆マクシミリアン様の使用人として振る舞うため、この部屋には私だけだった。
昼前に廊下の奥から数回賑やかな声が聞こえたが、私は一人、静かに家を出るための荷造りを続けるのだった。
しばらくして、扉をノックする音が聞こえ、そっと開けるとシャルロッテ様がとても良い笑顔で立っており、背筋が冷たくなるのを感じた。
「テレーゼ、貴方のこれからを選び取って欲しいの。私と一緒に来てくれない?」
拒否権は全くない綺麗な笑顔がそこにはあった。
めちゃくちゃに説教を受けた双子さんですが、テレーゼが家を飛び出してしまうことを阻止したという意味では良い仕事をしました。
決戦の日の前に、テレーゼが実家に行こうとしたのを思い出し、何の気なしに話したことで、その場にいる全員が青ざめるのでした。
読んで頂けるだけでも嬉しく思っています。
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