第6話
二つのきっかけ
予想外ということは、案外人生に起こるのかもしれない。
「ユリアーナの結婚式が?十日後だそうです?」
「・・・もう一度宜しいですか?」
「私の妹のユリアーナの結婚式が、十日後に行われるそうで招待状が届きました」
「えぇっ?」
なぜか複雑そうな表情のニクラスさんから手紙を受け取り、実家であるクリンスマン子爵家からの手紙に驚いてしまった。
貴族の結婚式は準備に日数が掛かるもので、特に招待客は早い段階から絞り込んでおく必要がある。
どのような関係性のある方を呼ぶのかで、格式や場所、時期までが絞られることがあるからだ。
「何か事情があって急に決まったのかも知れませんが、実家からの手紙は他にはないのですか?」
「今のところ、届いてはおりません」
「そうですか・・・十日後・・・」
「テレーゼ様、宜しいですか?」
レオさんが眉尻が下がった状態で、声を掛けてくれた。
クリンスマン子爵家とフォルクマン公爵家では、基本的に社交はともにしないルールになっている。
今回は私の実家ということで付き合いが続くのは問題がない。
ただ、下位貴族から連絡のマナーなどが守られていない現状で、公爵家が相手に合わせて動くことは軽んじられていると怒っても良いことだという。
なので、今回の招待状は行っても良いが、無視しても良い案件だそう。
侍女長のビアンカからも手が挙がる。
「テレーゼ様は優しいお人柄でらっしゃるので、無理にでも出席しようと考えているかも知れません。ですが、ご実家の領地までの移動を考えると、今すぐの出発、移動中はずっと晴天であり、何の問題も起きずに移動出来ることが不可欠です」
「・・・それは準備するのが大変ですし、天候はどうにもなりませんね。今回は残念ですが、お祝いの手紙と品を贈りましょうか」
「テレーゼ様、そこはマナー違反をした相手方を責めてもいいのです。むしろ、公爵家の威光を利用したいのであれば、礼は尽くすべきです」
「そうでしたね。では、公爵家から子爵家へのお祝いはどのようなものが相応しいか、今までの目録を見せてください」
「我が家では前例がないので、一般的な対応で宜しいでしょうか?早馬で届けさせます」
「妹へお祝いの手紙を書きますので、添えてください」
子爵家を継ぐのが妹のユリアーナであり、男爵家から婿として来てくださる方にご挨拶出来ないのは、少し淋しい気持ちになりながらも、なんとなくモヤモヤした気持ちで午前中の仕事を片付けるのだった。
次の日早朝に家を出て、五度目の視察として隣の領と隣接する街に向かった。
今日もビアンカが服を選んでくれて、レーナとレーネで化粧を施してくれている。
歩きやすく、ある程度の気温の変化にも対応出来る服を選んでくれるし、服に着られることのない化粧を施してくれる双子にはとても感謝している。
視察の終わりにお土産を買って帰ろうと心に決めた。
街を纏める商工会の前に馬車を停めると、慌てた責任者が出てくる。
「えっと、マクシミリアン様の婚約者であったローザリンデ様のご両親が?」
「はい、ツィラー家当主からの面会の要請がありました」
「・・・それは私が対応しても良いのでしょうか?」
「もちろん急なこととして断ることも可能です」
「マクシミリアン様はいらっしゃらないことを確認してもらって、それでも良ければとお返事ください」
断ることも可能だと言い切ってくれたことで、逆に会って話してみたいという興味がわいた。
妹の結婚式のことでモヤモヤした気持ちになるのに、マクシミリアン様とローザリンデ様のことは気持ちに変化は起きない。
マクシミアリン様から深く深く愛されたローザリンデ様の半生を知る事は、私にとってはとても愛される名著を読んでいる気持ちなのかも知れないと気づく。
個人面談をした使用人の皆さんからあれだけ色々なことを聞いたので、新しいお話が聞けるのが楽しみということかしら?
「・・・失礼します」
商会の会議室を借り夫妻には待っていただいた。
ドアをくぐり、一組の初老の男女が座っているのを見る。
顔は酷く青ざめており、呼吸は浅くなっている男女に、まず驚く。
自己紹介も早々に、体調を気遣ってしまう。
「私どもへのお気遣い、まことに感謝いたします。・・・今日はマクシミアリン様がいらっしゃるのではないかと思い、訪問させていただいたのですが、・・・夫人だけの視察だとは思わず・・・」
私しか対応出来ないことを伝えて貰い、それでもお話をするということに決まったはず。
思わずレオさんや商会の方を見ると、焦ったような表情で首を横に振っている。
彼らも伝えてくれて、夫妻は了承しているということだろう。
「あの・・・マクシミアリン様に何か伝言しましょうか?」
目を見開いたツィラー伯爵は本来ならば私より貴族階級は上なので、失礼があっては行けないのだけれど、今は公爵家の代表となっているので、対等な関係性を持っても許される、はず。
ダメならレオさんが止めてくれるはず。
「・・・いえ、そのような・・・いや・・・だが・・・」
「あなた・・・全てお話して、判断を仰ぎましょう」
どんどんと青白い顔になっていく夫妻が心配だけれど、何が彼らを追い詰めているのか予想できず、困惑する。
ツィラー夫妻は私を見つめ、意を決したように話始める。
「娘、ローザリンデは生きております」
「・・・え?」
「既に貴族籍は抜けているのですが・・・今後何をしでかすか分からないため、こうやって恥を忍んでお伝えに来ました・・・」
伯爵家夫妻の話によれば、ローザリンデ様はマクシミアリン様とのご婚約の期間中に、平民の騎士に恋をしてしまったそうだ。
身分違いの恋、秘めた思いは二人を燃え上がらせ、とうとう亡くなったとされるあの日にご懐妊が発覚した。
本来であれば、ローザリンデ様が有責となり、違約金も多額になるだろうと予想されるが、きちんと関係性を精算しなければ、貴族として報復を受けることもある。
清算したところで、公爵家を怒らせてしまえば、貴族として生きていくのも大変だろうけれど、落とし前はつけなければならない。
夫妻は激怒し、娘を謹慎させた上で、有責の婚約破棄の申し出をするため、フォルクマン家に慌てて出掛けていった。
急な訪問であったため、フォルクマン公爵家で面会を待つ間に、ローザリンデ様が命を落としたとされるツィラー家の火災が起きたそうだ。
早馬で知らせを受けた夫妻は、フォルクマン公爵家と話をすることなく、急いでツィラー家に帰り、損傷のひどさから娘は死んだと判断された。
ツィラー伯爵夫妻も死んだと思っていたのだ、なにせ家が全焼したのだから。
亡骸もないままに葬儀を執り行い、婚約は解消となった。
そして、マクシミリアン様は失意の元でずっと引きこもり、私との縁談話が持ち上がったという流れだ。
「私たちも事故だと思っておりました。生きていてくれさえすれば、たとえ婚約破棄となり違約金をどれだけ払おうとも、生きてさえいてくれれば良かった。けれど事故によってもう二度と会えなくなってしまった・・・そう思って過ごしていたのです」
悲痛な表情の夫妻が、ぐっと握った手に力を込めて顔を上げる。
夫妻の話では、火災は起きたが、火災の犯人がローザリンデ様と騎士であり、二人は上手く逃げ延びたそうだ。
そして、市井に紛れて生活し、出産し、持って逃げたお金を使い果たした。
生活に困ったローザリンデ様が、ツィラー夫妻の前に現れたのが三日前。
「えっと・・・私が聞くのもなんですが・・・生まれたお子さんは?」
生まれた子どもは孤児院に預けてあったため、命の危険性はないそうだ。
生まれてきた子どもに罪はない。
私もツィラー夫妻も同じ考えなので、そのまま孤児院で過ごしてもらっていると聞き安心した。
ちなみに、元騎士の男性は逃走、ローザリンデ様は実家で保護されて、結論が出るまで軟禁状態になっているという。
「この期に及んで、マクシミアリン様とよりを戻そうなどと考えることはないと思いますが、何かあった際に情報だけは伝えておきたいと考えた次第です」
「・・・そうですか」
ローザリンデ様が生きていると知っても、私の心は特に動かなかった。
元々知っている人ではなかったからか、もしこの話がシャルロッテ様だったら心配したり、戻ってきたことを喜んだり、不義理をしたことを怒るかもしれないと思う。
結婚しても妻となった私を放り投げて、ローザリンデ様のことを想っている人にこの話を持って行ったら、間違いなく離婚して、ローザリンデ様を選ぶのだろうと思い至る。
この半年間で、沢山のことを学ばせて貰ったし、実家にいては得られない経験をさせてもらえたのは、ローザリンデ様が不在だった椅子に腰掛けていただけなのだ。
心配そうにこちらの顔色をうかがってくるレオさんに小さく頷く。
どうせ、結婚の話をした時以来、見ても話してもいない人なのだから、ローザリンデ様にお返ししても良いだろう。
慰謝料を貰って、平民となり領地内で仕事をさせてもらえるよう紹介状を書いてもらえないだろうか、もしくはどこかの貴族の家で使用人として働かせてもらえないだろうか。
先のことに考えが及びそうになって、小さく咳払いをする。
夫妻が音に驚き、ビクリと跳ねてしまい、苦笑する。
「あの・・・もし宜しければ、ローザリンデ様とマクシミアリン様を会わせてあげていただけないでしょうか?」
「えっ・・・」
「はぁ?」
夫妻以外にも声が聞こえた気がするけれど、気にせず話を続ける。
「実はマクシミアリン様はローザリンデ様を想っており、私たちは仮面夫婦です。家の恥をさらすようですが、私は結婚の宣約書を書く席以降、一度もマクシミアリン様をお見かけしていないのです。ですので、ローザリンデ様が生きていると知ったら、お喜びになると思うのですよ」
「ですが・・・そんなことをしたら、貴方様の立場が・・・」
「元々仮面夫婦ですので、ご心配なさらずに」
名案だとばかりに笑顔になる私と、驚いて固まってしまった夫妻を仲介したのはレオさんの一声だった。
「一度、公爵家に持って帰り、返答いたします。フォルクマン公爵家として検討し、必要があれば再度連絡を入れますので、いつでも応じていただけますよう、ご準備ください」
「あっ・・・はい。宜しくお願いします」
レオさんの圧が凄くて、私とツィラー夫妻は頷くことしか出来なかった。
これは久しぶりに、レオさんのお説教タイムが発生するかもしれないと、背筋が冷たくなるのだった。
実家と婚家、どちらも微妙な立場のテレーゼは、何となくそれに気づき、少しだけ開き直って考えることも出来るようになってきました。
二つの決断がどういった経過を辿るのか。
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