第3話
テレーゼへの義姉の思い、使用人たちの視線の変化
書類上の夫となる予定のマクシミリアン様の姉にあたるシャルロッテ様は、この国の第三王子の元に嫁ぎ、名実ともに高位貴族なのですが、ふわりと微笑まれ、クッキーを美味しそうに頬張っています。
なんでも、大好物のクッキーを販売している高級菓子店を丸ごと買い取ろうとした過去があり、実家であるフォルクマン公爵家と王家が結託して、月に大箱三個までと制限しているそうで。
赤い髪に赤い瞳、くりっとした丸い瞳が少しだけつり目のメイクのおかげで、勝ち気にも可愛さにも変化する絶妙な女性像を表現している。
「ここにいればいくらでもクッキーが食べられるだけれど、夫が寂しがっているようだから、十日で帰ってあげるわ。そういえば、あの子は挨拶にも来なかったわね」
「・・・そうですね。元々、こちらからの関わりは望まれていませんので、ニクラスさんに伝達はお願いしていましたが」
最後の一つを口にそっと運び、俯くシャルロッテ様。
それは弟様が挨拶に来ない寂しさでしょうか?
クッキーがなくなってしまった切なさでしょうか?
判断が付かないので、曖昧に微笑んでおく。
「そう・・・それなら、ニクラスと相談しておいたから、貴方に従僕をつけるわ」
「良いのですか?」
「ご実家で領地の管理までやっていたのは驚いたけれど、あの子はどうせ、領地の管理も貴方とニクラスに丸投げするつもりでしょう?良いのよ、仕事をしないあの子が悪いわ」
ニヤリと微笑むシャルロッテ様は、侍女長のビアンカさんに目配せをする。
同じく小さくため息をついたビアンカさんは入室の呼びかけをし、ニクラスさんと男性が入ってくる。
「この男はレオよ。テレーゼは初めて会うと思うけれど、フォルクマン家に長くいるのよ。ニクラスの後継者とでも思ってもらって良いわ。領地の管理なども相談してやってちょうだい。あぁ、うちの両親には連絡してあるから、怒られる心配はないわ」
「レオと申します。フォルクマン家、および、当主夫人に対して、誠心誠意お支えして参ります」
落ち着きのあるオレンジの短髪に、茶色の瞳の男性が、右胸に手を当てる紳士の礼を取る。
穏やかな空気を纏っており、相談しやすい方なのだと予感がした。
「高位貴族の振るまいも、領地の管理も、学ぶことが追いつかず、沢山質問してしまうと思いますが、どうか力を貸してくださいね」
マクシミアリン様には誠心誠意お仕えしないのかという疑問は飲み込み、私の味方が一人増えたことに微笑んだ。
私たちの様子を見て、シャルロッテ様は満足したように頷き、軽やかに婚家へ帰られたのでした。
結婚の書類にサインをしてから怒濤の一ヶ月はシャルロッテ様のおかげで楽しく時間が過ぎ、それから三ヶ月は新しいマナーの講師の教えを受けたり、ニクラスさんとレオが代理となって進めてくれていた書類に目を通したりと、日々の課題をこなすことで精一杯でしたよ。
「あぁぁ、緊張しました・・・」
「シャルロッテ様はお褒めになっておりましたよ」
「そういっていただけると、嬉しいのですが、まだまだ勉強不足ですね」
「そう感じたのはどの辺りでしたか?」
高位貴族の方って、優雅にお茶会を開いたり、刺繍をしながら穏やかに過ごされているものだとばかり考えていました。
全くもってそんなことはなかったと痛感しています。
今日は『学びの進捗を見るため』と、シャルロッテ様とご友人を招いてのお茶会を主催し、なんとか及第点を貰うことが出来ましたが、緊張による疲労感でソファに背をつけてしまいます。
ぐったりした私にそっと紅茶を出してくれる専属侍女のレーナ、頑張ったときに公爵家のシェフが作ってくれるタルトを添えてくれるレーネは、双子であることを生かして、似たような動きで左右に分かれて同時にご褒美を出してくれた。
「ありがとう。ビアンカもシャルロッテ様のお言葉を伝えてくれて嬉しいわ」
双子はふんわりと華やいだ笑顔を見せてくれて、ビアンカさんもニコリと笑ってくれた。
「テレーゼ様はどなたよりも努力なさっていますので、周りの者が協力したくなるのでしょう」
レオにも肯定して貰えて、少しずつ自分の成長を認められるようになってきた。
実家の子爵家では公爵家に利益を齎すことは出来ないけれど、こうやって学んで実践することを認めてもらったり、褒めてもらえることは、実家にいたときには経験した記憶がないので、恥ずかしいけれど正直に嬉しいと感じる。
「皆が助けてくれるから、私は頑張れていますよ。・・・それで、今日話題になった領地の特産品のことなのだけれど・・・」
「そのことが気になったのですね。資料を集めてまいりますので、明日に一緒に学びましょう」
「えっ・・・今日のことを振り返りながら、学ぼうと思ったのだけれど」
「生憎、まとまった資料がございません。今日のお茶会の準備で根を詰めておられたので、明日まではお休みください」
「えっと・・・じゃぁ、ビアンカ、お茶会の準備から」
「奥様、お風呂の準備が出来ましたので、お着替えをお願いします」
「えっ」
「レーナ、レーネ、行け」
「えええーっ」
どこに力があるのかと思うほどの細腕の双子なのに、私を担ぎ上げ、お風呂場に連行される。
シャルロッテ様から贈っていただいたお茶会用のドレスを脱ぎ、髪を解いてもらうと、疲れがジワジワと実感出来た。
「あぁ、気持ち良いなぁ」
夢見心地のまま、本当に眠ってしまった私は、幸せな夢を見て翌朝まで目覚めなかったことに驚く羽目になるのだった。
ビアンカやレーナとレーネ、レオ、ニクラスのように私の周りにいてくれる使用人は誠実に働いてくれているし、義姉となるシャルロッテ様は厳しくも優しい。
シャルロッテ様を通じて知り合った方々は、今後も親しくしてくださるという。
高位貴族としてなれなれしくするつもりはないけれど、季節の贈り物を届け合うような友人という存在は、実家にいても得られなかったので、嬉しいと感じる。
結婚を期に、大きく環境が変わったけれど、無理して頑張らなくても穏やかに接してくださる方々に出会えて良かったと強く思う。
もう少し、我儘を言ってみても良いのでしょうか?
嫌みを言われない、話を聞いてくれる、笑顔を返してくれる、嫌なことを押しつけないという生活に、テレーゼの心は満たされます。
マクシミリアン?さぁ?今もお部屋にいると思いますよ。
テレーゼは主に一階で生活していますので、遭遇しないのです。
お互い不便は全くない。




