第2話
単身で嫁いだ(書面上はまだ)テレーゼが少し動きます。
あの日から十日が経ち、なんとか"奥様"としてほとんどの使用人から扱われるようになった気がすると、紅茶のカップに口を付ける寸前にため息を零す。
家令のニクラスさんから、侍女長のビアンカさんや私につく侍女の紹介を受けたけれど、何となく視線が怖かった。
子爵家では数名だった使用人も、公爵家となると人数が桁違いで驚いたけれど、"奥様"家政を取り仕切る権限があることを確認したので、全員もれなく面談させてもらえたのは嬉しかった。
だって、・・・元婚約者の方と比べられたくないじゃないですか。
それと、夫となる人の希望として、視界に入らないことが含まれているのであれば、叶えてさしあげた方が、私のためでもあるわけです。
「旦那様は若様の悲しみを軽く考えているのです」
「私の実家は貧しく、仕送りが頼りです。どこででも働きます」
「あの御方は本当にお優しい方でした。それが・・・こんな・・・裏切りは許されません」
「平民の生まれのあっしでも、奥様と喋る機会があるなんてなぁ」
「こんなことをして、公爵家を乗っ取るおつもりですか?」
「ご当主夫妻には忠誠を誓っておりますが、若様のご夫妻については中立の立場を取らせていただきます」
マクシミアリン様への貢献、私を受け入れているのか、元婚約者となったローザリンデ様についてなど、一人一人から話を聞き、ニクラスさんとビアンカさんと相談し、配属を変更したのが一昨日だ。
えぇ、誰も彼も私の意見など聞く耳は持たず、言いたいことだけ言ってましたね。
マクシミアリン様の言葉通り、私のことで煩わせることがないように、彼への忠誠心が高い者や、元婚約者のローザリンデ様と親しかった者はそちら側へ配属を変更し、新しく雇い入れた者や割り切って働いてくれる者は希望の部署へと、なんとか配属変更したのだった。
少し遠い目になっても許していただきたいものです。
お二人が根回しをしてくれたのだろう、表立っての反発はなかった。
とはいえ、連携はニクラスさんやビアンカさんを中心とした"中立の"ベテランの使用人にお願いし、大きなトラブルになりそうなことは、早めに教えて貰えるようにしている。
平行して、フォルクマン公爵家嫡男夫人として恥ずかしくないような人物になるための勉強を始めたいと話していた。
子爵家で一通りマナーは学んだものの、公爵家では求められるレベルも項目も変わってくる。
それこそ、子爵家では国王陛下に謁見することは一年に一回あるかないかのことで、公爵家は血筋に王族がいることから自宅への訪問もあるらしいというくらいの違いがある。
急な訪問はないとのことだけれど、国王陛下を始めとした王族への不敬などあってはならないことなので、早めに学んでおきたいと考えている。
マクシミリアン様とは本当の夫婦ではないし、事情を察している使用人たちの目もあるので、一階の客室を執務室兼自室とさせてもらっている。
公爵家って客室にお風呂までついていて、怖いくらいに豪華ですよね。
義両親が住まわれている本邸はもっと豪華みたいですが、きっと私がそちらに移り住むことはないと思うので、この豪華さに慣れる必要はないのでしょう。
侍女長のビアンカさんと専属侍女となった双子のレーナとレーネに朝の支度を手伝ってもらいながら、話しかける。
「ビアンカさ・・・ビアンカ、お願いしていた講師は目処が立ったかしら?」
侍女長として働くビアンカさんは貴族令嬢で、実は同じ子爵家の出身だと知り、仕事をするクールな姿も相俟って、私の憧れにもなった。
憧れるあまり、呼ぶときに"様"を付けてしまいそうになるのだけれど、無言の圧が凄くて言い直す。
「・・・はい。先方にご依頼の書状を送ってございます」
「それであれば、お返事が来るまでに書物で学べることは学んでおきます。講師の方にあまりの程度の低さで驚かれてしまうと思うので」
「僭越ながら、奥様のご事情も添えてございます。それに講師をお願いした方は、そのようなことを気にされる方ではございません」
「そうなのですね。講師の先生が承諾してくださって、ご都合がつけば早めに」
「その講師はあたくしですわ!テレーゼ様、ご機嫌ようっ!」
執務室代りの談話室の扉が大きく開き、眩いほどの金髪の女性が入ってきた。
着替えは終わっており、髪も仕上げてもらったと同時だけれど、小さく悲鳴を上げてしまったのは仕方がないと思うのです。
「・・・しっ、失礼いたしますっ。奥様、ご無事ですか」
後から追いついてきたニクラスさんがマクシミアリン様の姉であるシャルロッテ様だと紹介してくれた。
入室して一言目に無事かの確認をされたのだけれど、シャルロッテ様が私に何か危害を加えると思ったのだろうか。
引き攣ってしまう笑顔を必死で穏やかにして、ソファで向き合う。
本来であれば、下位貴族から話しかけることは許されないほどの高貴な御方だし、愛らしく芯の強い人柄を伺わせる瞳がこちらに向き、優雅にお淑やかに紅茶を口にする姿に、引き込まれてしまった。
登場シーンが衝撃的すぎたことも、きっとずっと忘れないと思います、はい。
「それ、あたくしは貴方に必要だと思われるものは、全て準備してきたの。さぁ、どんなことから知りたいのかしら?」
講師として来たのだからと名を呼ぶことを許され、元婚約者様のことやマクシミアリン様の幼少期、フォルクマン家の事情など様々なお話を聞くことが出来た。
そして、翌日から高位貴族のマナーや社交について学び始めることになった。
誰も彼もが好き勝手言ったあと、何となく「この人は自分の話を聞いてくれるのだな」と感じていましたが、それを伝えられる勇気がある者はいませんでした。
ニクラスとビアンカとシャルロッテは、テレーゼの冷静であろうとする姿と、各使用人の言葉を書面に残し、追記していく真面目な性格を評価しています。




