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もぐもぐキューカンバー006

「───彼女でした」


そう言い切ってしまえば、肩から力が抜けていった。ずっと胸の奥に押し込めていた。その反動だったのかもしれない。


流れる川の音が、荒立って聞こえる。さっきまで気にならなかったその音が、妙に耳についた。

情けなく視界が歪む、成長なんてできてない。それでも手を握ってくれる彼女はもう居ない。


「……そうですか」


皿谷だった。気づけば彼女は僕の隣に座っていた。震える僕の背中をさすってくれる。優しい子だった。


「その人のこと、大好きだったんですね」


不意打ちだった。言葉に詰まる。好きだった。違うとも言えないし、そうだとも言い切れない。

幼なじみだった。家族みたいなものだった。友達だった。もしかしたら、憧れだったのかもしれない。


今更考えたって、意味は無いのに。


「……分からないよ」


やっと出た答えは、それだった。皿谷は小さく頷く。まるで、それで十分だと言うみたいに。


「いやぁ」


ようやく目の前の怪しい男は口を開いた。いつもの軽薄な調子。それでも、さっきまでみたいな苛立ちは無かった。


「想像以上だったよ」

「何がですか」

「君が思ったより重症だった」


失礼な奴だった。反論しようとしてやめる。否定はできなかった。訝屋は立ち上がると、河原に置いてあった針の無い竿を拾い上げた。


「それにしても」


竿の先をひらひらと振る。僕が持ってきた竿だった。その先に、針は付いていない。


「朝からずっとやってたのは、そういう事だったんだね」

「……」

「ブレスレット探し。マグネットフィッシングって奴なのかな? こんなの海外の動画でしか見た事なかったよ」


図星だった。


一年も前の話だ。それなのに僕は今更此処に来た。あの日流されたままの物を探すために。見つかる保証なんて何処にも無いのに。


「見つかるなんて、本気で思ってた訳じゃないだろ?」

「どうでしょうね。……でも見つかって欲しいなって思ってましたよ」


「まぁ、そうだろうね。現に一年越しに彼女の形見を探しに来て、そしてあまつさえ彼女に再会してしまった」


「ちっちゃい頃の甘酸っぱい思い出なんて、胸にしまったまんまでもいい。辛い後悔なんて、しまい込んで忘れてしまったっていい。世間一般みんな大なり小なりそうやって生きてく。そういうもんなんだよ。でも、それでも、」


「……」


「君は掘り返しちまう方らしい、そうしないと気が済まないんだろう。なぁなぁで誤魔化して、そうやっていつか消えてしまう、それが許せなかったんだろ」


「面倒臭い生き方だよ、理解に苦しむね」


「だから、アリクイだな」

「急になんですか」

「渾名だよ。気に入った」

「僕の意見は」

「却下。そもそも××は呼びにくいんだよ」

「僕の両親に謝ってください。そもそもなんでアリクイなんですか、あんな変な顔してないでしょ」

「君も大概面白い顔をすると思うけどね、自覚ないのかい? それ」


「してませんよ」

「いや、してるよ。皿谷ちゃんもそう思うだろ?」

「皿谷ちゃんを巻き込まないでください」


気づけば皿谷は、いつの間にか僕と訝屋のやり取りを目で追っていた。


ふと、昔の声が蘇る。“××がまた変な顔してる” ことある事に、幼なじみは笑いながら揶揄ってきた。顔に出やすい癖はまだ治らないらしい。


「……アリクイは、可愛いから好きです」

皿谷潜は、そう口にした。


「ほら、聞いたかい? 決まりだ。観念しろよアリクイ君」


反論が出てこない訳ではなかった。でも。ふと隣を見る。皿谷は少しだけ困ったように笑っていた。親も、家も、自分のことさえ分からないままなのに。


それでも今は、ほんの少しだけ表情が柔らかかった。だったら、アリクイくらいで揉めるのも大人気だろう。


「……好きに呼んでくださいよ」


「おいおい、皿谷ちゃんの反応が良かったからってそんな露骨に態度を変えるんじゃないよ。色男め」


「そんなんじゃないです」


皿谷は不思議そうな顔で僕らを見る。


「でも整理すれば、アリクイ君はこんな幼い少女を抱えて、幼なじみにも引っ張られて、もてもてじゃないか。いやぁ、君も案外隅に置けないヤツなんだろうね」


臨死の出来事を、ラブコメのワンシーンとでも言いたげに訝屋は語る。それで言うなら、最終的に僕を引っ張りあげたのはどこのどいつだったか。


命の恩を感じる出来事が、まるで台無しだ。


「必要な物は出揃ってきた。整理もできた。そして、落とし所も見えてきた」


「何がわかったんですか」

「わかった訳じゃないよ」


訝屋はあっさりと言った。


「は?」

「証拠を集めて犯人を当てる、それは探偵のやる事だ。俺の仕事じゃない」


そう言って鼻を鳴らす。


「だからここからは、俺の話。というか仮説の話だ」


そう言って訝屋は僕の竿を置く。代わりに、自分の竿を持ち上げる。先端には針も磁石も付いていない。


ぶら下がっているのは一本のキュウリだけだった。


「まずはこれだ」


訝屋は竿を掲げる。ぷらぷらと、きゅうりが揺れた。


「俺が朝から何を釣ろうとしていたのか」


少しだけ口元が歪む。


「キューカンバーフィッシングの話をしよう」

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