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もぐもぐキューカンバー003

「そういうものですから」


その一言で、場が静まった。風の音だけが響く。

こういったときに返す言葉を、僕は持ち合わせていなかった。


方や訝屋は、顎を触りながら、「へぇ」と言った。


慰めるでもない。励ますでもない。そしてそれらの言葉が見つからず僕みたいに迷っているふうでもない。ただ面白そうに、ただ純粋に興味があるみたいに。


「何か、知ってるんですか?」

「ん?」

「あまりにも、落ち着いて聞いていたんで。普通は、もっとこう……驚いたりしません?」

「驚いてるさ。それとも、分かりやすく、目を丸くして腰を抜かしたら満足だったかい? 生憎俺は君みたいに顔に出やすい質じゃないんだよ」


全く、そんな素振りは無かった。寧ろ辻褄があった、納得しているようにさえ、見えてしまう。


「でも、知ってるか? だったっけ。」

空を見上げる。


「まぁ、そうだな。似たような話なら、何度か見たことがある。───××君は読書はするかい? 怪談、もっといえば現代怪談」


「……いえ、あんまりその辺には明るくないです」

「不勉強だなぁ、猛省してくれ」


そんな感情の乗らない軽口と、乾いた笑い声。そう、こいつはずっと妙に信用ならなかった。命の恩人だ。その言動その仕草その名前、その1つ1つだけであれば差して気にもしなかったのかも知らない。それでも、揃ってしまえば、訝屋依 その人の異質さをまじまじと感じざるおえなかった。


「怪異蒐集家」


怪異蒐集、もとい収集。そう、訝屋はいった。

またタチの悪い冗談でも言い出したんだと、僕は思った。

それでも訝屋の眼差しは、嘘をついているようには見えなかった。


「またそんな目で見る」

訝屋は笑う。小馬鹿にしたように、最初から分かっていたように。


「でも、わかるよ。何言ってんだって、俺だって最初聞いた時はそう思ったもん」

「自覚は、あるんですね」

「そりゃあるさ」


あっさりと認める。そうやって何度訝しまれて、その度に語った言葉なのだろう。


「有り体にいえば、」


「ちょっとだけ、こういう事に詳しい一般人だよ」


その言葉にお巫山戯は無かった。何かを思い出すように、そう訝屋は言った。


怪異、現実にはありえないような不思議な事柄や、怪しくて常識では説明できない現象。それくらいは知っている。それでも、フィクションの産物だと、理解している。


「怪異、ですか」

「そう、まぁあんまりピンと来ないよな」

「お菊さんの話とかなら、小さい頃によく読み聞かせされた覚えがあります」

「あぁ、皿を数えるアレね。確かにそういうのもあるかもね。」


「あるかも、ですか」

「そう、あるかもしれないし、無いかもしれない」

「どっちなんですか」

「俺は知らないよ、万能だなんて言った覚えない」


いまいち的を得ない物言いだった。そこにあるけれど見えない、そんな物を説明するような、そんな説明だった。


「少年はさ、普段目に見えない物が存在するって言われたら、理解できるかい?」

「幽霊とか、妖怪とかですか? 僕はそういったものは信じてませんよ」

「見えないから?」

「まぁ、そうですね」


「じゃぁ、科学は理解できるかい?」

「まぁ、色んな生活の役に立ってるというのは何となく」

「そうだろうね」

「なんですか?」


「でも、君は原子も中性子も見えない」

「まぁ、証明されてますし」

「怪異も似たようなもんだよ」

「全然違うと思いますが」

「そこにあるとも言えるし、無いとも言える。そういうもんだ」


「そんなの、本当に信じてるんですか?」

「いや、信じないよ」

「集めてるんだ」

「何が違うんです」

「信じるのと、観測して回収する行為は全く別物だからね」


「そんな訳で、俺は怪異を集めてる」

「意味が分かりませんよ」

「そうだろうね」


訝屋は少し口角を上げた。僕の理解が及ばない所で、確かに何かが起こっている。それだけは、なんとなく、少しずつ実感がった。


「ところでさ」


急に空気が変わる。


「××君」

「なんでしょうか」

「君、嘘つくの下手だよね」


確かに僕は意図的に伏せた。それでも勘づかれるような失言なんて、身に覚えがなかった。


「黒い手、居たでしょ」


思わず眉を顰めた。確かに話してはいない。それでも、訝屋は確かに()()()と言った。伏せた部分を正確に見抜かれる。


「……見えてたんですか?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。まぁでも、目は良いかもね」

「居た、と言ったら。そんな荒唐無稽で、ありえないとものを見てしまったと言ったら、信じます?」

「いや、信じないよ。」


即答だった。拍子抜けしてしまうくらいに。


「じゃぁ」

「でも、君はそう言うんだろ」


そこに疑いは無かった。信じているわけでもない。否定しているわけでもない。ただ、僕がそう見たと言うなら、それを聞く。それだけだった。


「だったら、信じるか信じないかは問題じゃない。君が見たその場に、ソイツは居たんだ。だから、まだ話して無いことを全部話してくれ。」


「……わかりました」


僕は話した。川の底で見たものを。足首を掴まれた感触を。溺れそうになって、必死に外そうと潜ったことを。


そして。


「黒い手が、握っていたんです」


思い出すだけで足首が疼く。じんわりと背筋が冷える。


「そのまま、引きずり込まれました。そして訝屋さんに引き上げられるに至った、そういう訳です」

「黒い手に、襲われた。と」

「そうですね、二人揃って溺れ死そうになりましたし」


「なるほどねぇ」


訝屋は頷く。一度、二度、三度。ここまで露骨だと、本当に聞いていたのかさえ怪しく感じてしまう。


「でも、それだけじゃないだろ」


「いや、そう言う事にしようとしてる。そうあって欲しいと願ってる。違うかい?」

「……」


「黒い手に、足首を掴まれた」

訝屋は一本指を立てた。


「その手に、川底へ引きづり込まれそうになった」

二本目を立てる。


「それに君は恐怖を感じた」

三本目。


「そこまではわかった。でも、君の話には妙な空白がある。」


心臓が跳ねて、呼吸は浅くなっていた。それでもお構い無しに、訝屋は続ける。


「君は黒い手に足を掴まれ、川底へ引きづり込まれそうになり、恐怖した。にわかに信じ難い怪異に出逢ってしまった。それだけだった。」

「……はい」


ふん、と鼻をなす。性格の悪そうな笑みを浮かべながら、コチラをじっとりと眺める。


「だったらなんだって、そんな顔をしているんだい」


言葉が詰まった。きっと、酷い顔をしているに違いなかった。少しづつ少しづつ、無意識へ隠していたものが、暴かれていく。


「黒い手なんだろ?」

「……そうです」

「怖かったんだろ?」

「はい」

「なら話はソコで終わりだ。あの川にはそういう化け物がいる。不運にもたまたま見つかって、襲われた。それでも二人とも助かってハッピーハッピー。それだけの話だ」


彼は肩を竦める。そうやって少しづつ、僕の思考を手繰るように、近づいてくる。


「でも終わってない」

「……」

「少なくとも、君はそう思ってるんだろ?」

「それは」

「なぁ少年」


「君が大事にしまってるのは、黒い手なんかじゃない。」


「そうだろ?」


返事は出来なかった。

訝屋はそれ以上何も言わなかった。

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