3.古代椎良
――椎良って、なんか妙に達観してるところがあるよな。
中学生の頃、仲の良かった友達に一度だけ、そう言われたことがある。
――っていうか、俯瞰? よくわかんないけど。お前って人を意識的に遠ざけてるような気がしてさ。
よくわからないと言いながら、彼は俺という人間をずばり言い当てた。
彼の名前はなんだったか、今はもう思い出せない。彼とは俺が転校して以来、一度たりとも連絡を取っていないのだ。
当時、一番仲の良かった友達の名前が思い出せない。
仲が良かった癖に、あれから一度も連絡を取り合っていない。
だから確かに俺は「人を意識的に遠ざけてる」薄情な奴なのだろう。
俺がこんな風になったきっかけは、両親の不仲にある。
離婚という結論に至るまで、父さんと母さんは毎日のように口論していた。飽きもせず、毎日些細なことで怒鳴り合う。それに俺はうんざりしていた。
小学校に入学する前までは、二人は仲の良い夫婦だった。それがどうして、ああも険悪になってしまったのかは、今もわからないままだ。
当時、父方の実家でもあった広い日本家屋に同居していたおじいちゃんが、前触れもなく死んだことがきっかけだったのかもしれない。一人っ子である俺の教育方針に、食い違いが起きたからかもしれない。田舎暮らしに、母さんが辟易していたのかもしれない。
かもしれないばかりで、わからない。
母さんは当時のことを話したがらないから、俺は推測するしかないのだ。
それに、俺は二人の口論の内容を聞いたことがなかった。
それは別段、二人が俺にそういう心配りをしたのでは決してなく、俺の自己防衛による成果と言えよう。二人の喧嘩が始まると、俺は広い日本家屋の奥にある薄暗い部屋へと引きこもり、耳を塞いで耐えていた。あまりに醜い二人の言い争いを聞きたくなくて、俺は思い切り耳を塞いだ。それはもう、頭が痛くなるくらいに。
毎日、飽きもせずに口論を繰り返す両親。
俺はそんな日々にげんなりしながら、しかし心の奥底では二人を信じていた。
膿を出し切ってしまえば仲直りをするものだと、そう信じていたのだ。
仲直りをするまでが喧嘩だと言うし、そうなるものだと信じて疑わなかった。
だけどそんなのは結局のところ、ただの理想論でしかなかったのだと思い知ることとなる。
ある日を境に、ぱたりと口論の嵐が止んだ。
遂に二人が仲直りをしたと思って、俺は薄暗い部屋から飛び出した。
ああ、これでなにもかもが元通りになる。
そんなことを考えながら、居間へと足を踏み入れる。
けれどそこで俺が目にしたのは、同じ空間に居ながらにして一言も喋らず、互いに目も合わせようとしない、二人の姿だった。
無表情のままにお笑い番組を観ている父さんと、しかめっ面で雑誌のページをめくる母さん。
怒号の飛び交う口論はしていない。
そういう意味では、喧嘩にひとつ区切りがついたのかもしれない。けれどこれは、派手な銃撃戦が終わっただけのようなものだった。
二人の間で起きている抗争は、今なお続いている。
小学生の俺でもわかるくらい、それは露骨なものだった。
『好き』で一緒になった二人は互いに互いを『嫌い』になり、やがて『無関心』となることで結末を迎えた。
表立った喧嘩のなくなった家の中は、嘘みたいに静かになった。
振り子時計のカチコチと動く音がやけにうるさく感じられて、俺は時計のネジを巻くのをやめた。
時計は止まり、鳴らなくなる。
二人はそれを、気にも留めない。
家は、ご飯を食べて寝るだけの場所となっていた。
会話は一切ない。
無駄に広い家が、余計に広くなった気がして。
静か過ぎる家が、俺は怖くなった。
そして、馬鹿馬鹿しくなってしまった。
脆くて儚くて。
こうも簡単に、真逆の感情に変わってしまう。
本気の感情を相手にぶつけ、〈特別〉同士になった人達の結末を目の当たりにした俺は、本気で生きていくことが面倒になった。
結局その程度のものなんだ。
信じた俺が馬鹿だった。
本気になったところで、どうせなににもならない。
結果は無にしかならない。
こんな馬鹿げた世界は、だから全てにおいて半分の力で良いと思った。
〈特別〉を作ってしまうからいけないんだ。
全て話半分で、適当に笑って聞き流してしまおう。
笑顔を貼りつけてさえいれば、誰からも不快に思われない。
嘘でも『楽しい』とか『嬉しい』とか、ポジティブな言葉を吐き出そう。
誰も俺の本心なんて気にしちゃいない。
俺は俺の意思を隠し、誰とも言い争いが起きないよう努めた。
そうやって俺は、自分を世界から少しだけ隔離した。
全てから距離を取ることで、俺は俺を守ることにしたのだ。
どうせみんな、父さんや母さんと同じだ。
だから、名前も忘れてしまった彼の言う通りなんだ。正しく、俺は人を遠ざけてしか、誰かとコミュニケーションを取ることができないのだから。
けれどどうだろう、そんな風にしていても、存外普通に生きていけてしまえるのだ。
誰にも迷惑はかけていない。
簡単で質素で単純で呑気な世界に、拍手を贈りたくなる。
そんな感じで俺の捻くれた生きかたが確立しつつあった頃、遂に両親の離婚が成立した。
父さんと母さんに呼び出され、重々しい雰囲気の中で離婚する旨を教えられた。
やっとか、とだけ思った。
それだけだった。
一人っ子の俺は母さんに引き取られ、父さんの実家があった田舎から一転、華々しい都会でのマンション生活を始めた。
それが、小学五年生の夏のこと。
嘘で塗り固めた俺という人間でも、友達はそれなりにできた。
ほらね、簡単だ。
嘲笑いながら、それでも学校で過ごす時間は楽しかった。だって学校には、家の問題なんてどこにもない。始終機嫌の悪い母さんもいない。上辺だけの関係は、気が楽だった。
けれど同時に、家に帰るのが嫌いになったのもこの頃からだ。
母さんと口を利かなくなったのも、この頃からだっただろうか。
ああそうだ、確か、無駄に高級なマンションにいると息が詰まって仕方がなくて、一人で父さんに会いに行った後からだ。
俺があんなことをしなければ、父さんは、今も――
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