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水城市限定都市伝説について  作者: 四十九院紙縞
第四話 棒ほど願って針ほど叶う

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4.古代椎良

「大丈夫よ。貴方の母親に打ったのは、元に戻す為のワクチン。毒薬なんかじゃないわ」

 顔色ひとつ変えず、闇子さんは右手だけでシザーバッグからなにかを出し入れする。

「今、貴方にも打ってあげるわ。だから、その手を離しなさい」

「……」

「私の言ってること、理解できないのかしら」

 淡々と話を進める闇子さんは、そう言って俺を見上げる。

「貴方は今、叶え人化しているのよ? 大事に至らないうちに、私がワクチンを打ってあげると言っているの。だから早く、その手を離しなさい」

「……いやだ」

 この手を離したら、事態は一気に終息へと向かうだろう。

 中途半端に。

 曖昧のまま。

 それならば、白黒はっきりつけられる今しかない。

「……。貴方の願いは、なに?」

「俺の、願い……?」

 言われて、考える。

 父さんは、母さんの言うことはきちんと聞けと言っていた。

 母さんのことを守れ、とも。

 その母さんが〈良い子〉でいなさいと言うから、その言いつけを今までしっかり守ってきた。

 母さんを守る為に、俺は母さんの幸せを一番に考えて。

 でも母さんの幸せの為には俺が邪魔でしかないのなら、死ぬしかない。

 俺は父さんを殺し、母さんを幸せにすることもできない〈悪い子〉なのだから。

「俺は……死ななきゃいけない……」

 それが母さんの為であり、父さんの為にもなる。

 その為に俺ができることといえば、これだけだ。

「それが、貴方が自身に願った願いだと言うの?」

 闇子さんに問われ、頷いた。

「そう。くだらない願いね」

「――っ!」

 頭に血が上って、手加減なしに闇子さんの腕を握り締めた。

 ごき、ぱき、ばき。

 呆気ない音の連鎖が、手を伝う。

「くだらなくなんて――くだらなくなんて、ない!!」

 そうして俺は、闇子さんに向かって怒鳴った。

 怒鳴ったのなんて、どれくらいぶりだろう。初めてかもわからない。

「俺がずっとずっと考えて、ようやく出した答えなんだ! 俺が死ねば母さんは――父さんだって、喜んでくれるっ!!」

「……いいえ。そんなのは間違いよ。貴方が死ぬ必要なんて、どこにもないわ」

 あくまで冷静に、闇子さんは俺を否定する。

 死ぬのは間違ってる。

 そう、それは正しく正論なのだろう。

 誰でも言えて、誰もが頷く模範解答。

 だけど。

「どうして間違いだって言うんだ」

 俺は、真っ向からそう反駁した。

「これは俺の出した結論だ。俺の意思を否定する権利なんて、あんたにはない」

「笑わせないで」

 そう言い放った闇子さんの顔に笑顔は微塵にも見えず、どころか、怒り心頭のそれだ。

「なにが『ようやく出した答え』よ、なにが『俺の意思』よ。自分の死にたい理由に他人を使うなんて、最低だわ。死にたいなら、理由づけなんてしてないで、とっとと死ねば良いのよ」

「ち、ちが――」

「違うって、なにが? 貴方だって言っていたじゃない。『俺が死ねば母さんは、父さんだって、喜んでくれる』って。それが理由づけじゃなくてなんだって言うのよ。確かに、全てを他人の所為にできれば楽でしょうね。誰かが出した結論に乗っかって、成功すれば万々歳。もし失敗しても、責任を押しつければ良いだけだもの。そういう生きかた自体は否定しないわ。処世術は、人それぞれだもの。けれど……そうね」

 途端、ぐるりと視界が反転した。

 闇子さんに足を払われたのだと気づいたときには、俺は仰向けに倒れていて。

 その上には、右手に三角刀を構えた闇子さんが馬乗りになっていた。

 首筋に、ひんやりとした刃先が触れる。

「それでも貴方が死にたいと思うのなら、私が殺してあげましょうか?」

「――」

 それは、願ってもない提案だった。

 このひとに殺されるのであれば、母さんに迷惑はかからない。

 俺を殺してこのひとが不幸になろうと、そんなのは俺の知ったところじゃない。

「良いよ。どうぞ、ひと思いに殺してください」

 だから俺は、笑顔でその提案を受け入れた。

 これでようやく死ねる。ずっと渇望していた死が、手に入る。

 ゆっくりと目を閉じた。

 なにも見えない真っ暗闇は怖いけど、それもこれで最期だと思えば我慢できる。

「……」

 闇子さんが三角刀を振りかぶる気配がした。

 死ぬ直前には走馬灯のようなフラッシュバックが起こるなんて言うが、そんなものが見えることはなかった。それで良い。俺のこれまでの人生なんて、振り返ったところでなんの面白みもありはしないんだ。

 ずっと死にたいと思っていただけ。

 それだけの人生だった。

「――っ、が」

 どす、という鈍い音。

 それから少し遅れてやってきた予想外の激痛に、堪らず目を開けた。首の血管は切られていない。激痛を訴えているのはそれよりも下、左肩の辺りだ。

「だから、それが間違ってるって言ってるのよ。貴方、私の言ったこと、なにひとつ理解していないじゃない」

 眉間にしわを寄せ、闇子さんはぐりぐりと右手を動かす。するとその動きに連動して、左肩に痛みが走る。三角刀で刺されたのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。

 痛い。痛い。痛い。

 刺された部分から熱を帯び、外気に晒され、より熱くなる。

 くそ、これじゃあ痛いだけで、死ねやしないじゃないか。

「私が一番むかついているのはね、そうやって貴方が振りかざす『俺の意思』ってのに、貴方の感情が含まれていないところよ」

 三角刀を俺の肩に刺したまま、闇子さんは言う。

「貴方はひとつ、勘違いをしてるわ」

「かんちがい……?」

 痛みで朦朧とする俺に、闇子さんは頷く。

「貴方は、父親を意図的に看板の下敷きにしようとしたかしら?」

「なっ……! そんなわけ――」

「ないでしょう? それじゃあ母親のほうは? 意図して不幸に陥れようとした?」

「そんなこと、するわけないだろ?!」

 あの日は単純に、父さんに会いたかっただけだ。

 だけどその所為で父さんが死んでしまって。

 それ以来、母さんが幸せになれるようにと必死だった。

 でもそれが、これまで全部裏目に出た。

「それならどうして、貴方はそんなにも罪の意識に苛まれているのかしらね」

「……、それは……」

 それに続く反論は、出てこなかった。

 闇子さんは、俺の生きかたを理解した上で「間違っている」と言ったのだ。それは汎用性の高い正論を乱暴にぶつけてきたのではなく、的確な急所を突いた否定と言えよう。

 間違っている。

 そうだ。俺はずっと、間違えっぱなしだったんだ。

「そうやっていれば楽だから。違うかしら?」

「……」

「他人に求められた人物像を、求められた通りに演じきる。それ自体は称賛に値するわ。やろうと思ってできるものじゃあ、ないもの」

 三角刀は、未だ肩に刺さったままだ。ずきずきと鈍い痛みはあるものの、それにも慣れてしまったのか、いつになく頭の中がすっきりしている。だからだろうか、このときの闇子さんの表情は、とても切なげに見えた。

「けれど、他人任せにも程度ってものがあるわ。なんでもかんでも選択肢を他人に委ねるってことは、極端に言えば、生きていないと同義よ。貴方の人生は父親のものでもなければ、母親のものでもない。父親の死に罪悪感を感じて無理に生きる必要はない。母親の幸せの為に死ぬ必要もない」

「――っ」

 もう聞いていたくない。

 これ以上、闇子さんの話を聞いていると、俺が俺で居られなくなる気がした。

 だからいつものように、両手で耳を塞ごうとした。

 そうすれば、なにも聞かずに済む。

 俺は傷つかずに済む。

「必ずしも白黒はっきりつけていく必要はないわ。曖昧でも良い。貴方に欠けているのは、そういう部分よ」

 だけど、遅かった。

 痛めつけられた身体では、一瞬だけ反応が遅れてしまって――その一瞬で、充分だった。

「これからどうしたいのか、自分で考えるべきね」

 言って、闇子さんはまた新しく取り出した三角刀を、高々と振り上げる。

 今度こそ、本気で俺を殺す気だ。

 青い瞳が、それを物語っている。

 俺の喉元めがけ、三角刀を突き刺すのだろう。

 そうすれば、いくら三角刀と言えども致命傷だ。間違いなく死ぬ。

 あまりの気迫に、目を閉じることなどできなかった。

 現実味を帯びた死。

 逼迫した死。

 目前の死。

 父さんと母さんの為には――いいや、だから、違う。

 それで今まで、散々間違えてきたんじゃないか。

「……い」

 俺は、

 俺は――

「――死にたく、ない!!」

 咄嗟に、闇子さんの腕を掴んだ。

 三角刀の刃先は、俺の眼前で止まる。

「ようやく本音が出たわね」

 刃先の向こうに見えたのは、整った顔立ちには不似合いの、悪ぶった笑みを浮かべた闇子さん。

「本音って……」

 今、俺はなんと言っただろうか。

「『死にたくない』。貴方は今、確かにそう言ったわ」

 臨戦態勢を解いて俺の上から退きながら、闇子さんは言う。

「それが貴方の、本当の願いなんでしょう?」

「でもそんな、つい口から出た言葉なんて……」

「それで良いのよ。理不尽な願いを全て受け入れて、零か一かで死に急ぐよりは、よっぽど良いわ。それこそが貴方の意思なんだから」

「……」

 理不尽。

 母さんがこれまで俺にしてきたことは、そういう類のものだったのか。

「それにね」

 言いながら、闇子さんは気を失って倒れている母さんを一瞥する。

「気づいている? 貴方、散々自分が死ななきゃならない理由に母親を挙げていたけれど、さっきから全く母親の心配をしてないのよ?」

「――あ」

 言われてみれば、確かにそうだ。

 俺が母さんの為を思うのなら、大人しく闇子さんの話なんて聞いているはずがない。闇子さんの左腕を掴んだあのとき、一気に畳みかけて再起不能にして、さっさと死ぬべきだった。

「だから、貴方の『死にたい』と思う気持ちなんて、その程度のものなのよ」

 思春期にありがちな、ね。

 そう付け加え、闇子さんは俺に小瓶を投げて寄越した。青竹色の液体――確か、ワクチンだと言っていたか。

「これを飲んで、さっさと正気に戻りなさい」

「……」

「『死にたくない』なら、自分の為に、それを飲めと言ったのだけれど」

「……はい!」

 俺が望むこれからは、それだけで良かったのか。

「……」

「どうかしたのかしら。ああ、注射器のほうが良かったのかしら。でも残念ね、さすがの私も、片腕を潰されてちゃ無理があるのよ。液体タイプで我慢してくれないかしら」

 小瓶を持ったまま動かない俺を見て、闇子さんは不思議そうに首を傾げてそんなことを言った。

「いや、その……」

 俺の視線の先にあったのは、闇子さんのひしゃげた左腕だ。

 女のひとの、あんなか細い腕を折ってしまっただなんて、俺はなんてことを……。

「ご、ごめんなさ――」

「謝罪は結構よ」

 謝ろうとした俺を、闇子さんはぴしゃりと拒絶した。

「で、でも」

「理性の吹き飛んだ人間を相手にしてるんだもの、これくらいは覚悟の上よ」

 あんな折れかたをしては、意識を保っているのもやっとだろうに、闇子さんは澄ました顔のままだ。

「や――闇子さん!」

 すっくと立ち上がって、勢いよく頭を下げる。

「本当にすみませんでした! それと――助けれてくれて、ありがとうございましたっ!!」

 闇子さんがいなければ、事態は最悪なかたちで決着がついていただろう。

 母さんが俺を殺すか。

 或いは、俺が死ぬか。

 それに、闇子さんが殺されてしまう可能性だってあったのだ。

 まさか誰も死なずに収拾がつくなんて予想だにせず――それは一重に、闇子さんの活躍があってこそである。

「……闇子さん?」

 闇子さんの許可が下りるまでは頭を下げている所存だったが、しかし、それにしてはあまりに反応が薄過ぎる。

 不安になって、そろそろと視線を上げると。

「えっ、ちょ、闇子さん?!」

 ついさっきまで飄々としていた闇子さんが脂汗をかき、今にも倒れそうになっているではないか。やはり、腕の骨が折れたダメージは相当なものだったらしい。

 そして、そんな間の抜けた俺の声を合図にしたかのように、闇子さんの身体はぐらりと揺れ。

「ぐえっ」

 次の瞬間には、俺に体当たりをするようなかたちで倒れ込んできたのである。

 あまりの不意打ちに、俺も闇子さんの下敷きになって地面に背中を打った。

「……もうひとつ、貴方に言っておかなきゃならないことがあるわ……」

 恐らくは意識も途切れ途切れだろうに、闇子さんは真剣な面差しで俺を見る。

「私の名前は墨子(すみこ)……。闇子じゃ、ない……」

 そこまで言ったところで、闇子さんは気を失ってしまった。

「……。本当にありがとうございました、墨子さん」

 もう一度だけ、今度は正しく彼女の名前を呼んで、感謝の言葉を口にした。

「それで……ええと」

 墨子さんから渡されたワクチンを飲み終えてから、ゆっくりと辺りを見回す。

 人気のない河川敷には、気を失っている母さんと墨子さん。あとは血まみれの俺しかいない。

 警察のお世話にはなりたくないが、救急車のお世話にはなりたい状況だ。切実に。

 なにか上手い方法があればと逡巡するが、怪我人をこの寒空の下に長時間放置しておくほうがいけない気がして、大人しく救急車を呼ぶことにした。

 しかし、いざケータイを取り出そうとしたところで、そういえばケータイは家に置いてきてしまっているのだと気づく。

 どうしたものかと頭を抱えた、そのときだった。

 茂みに隠れていたらしい彼女は、ひどく楽しそうな顔を隠そうとして失敗した感じの、実に中途半端に真剣な表情で登場し、こう言った。

「――ふっはっはっはっ! どうやらボクの助けが必要なようだな、少年!!」


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