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水城市限定都市伝説について  作者: 四十九院紙縞
第四話 棒ほど願って針ほど叶う

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2.墨子

 深津(ふかつ)桜介(おうすけ)のばら撒く魔法の薬――スクラヴには、暗示の他にも、大きくわけてふたつの効力がある。

 ひとつは、理性と痛覚の排除。

 もうひとつは、脳のリミッター解除だ。

 叶え人になってしまった人間が多少強引にでも願いを叶えてしまえるのには、後者の要因があるからだ。

「さっきからなんなのあんた!? 邪魔しないでって言って――ぶっ」

 寝間着姿の女はすさまじい形相で私を睨んできたが、構わずその頬を叩く。

 思いきりのフルスイング。

 女は受け身も取れないまま、横に吹っ飛んだ。

「あら、ごめんなさいね。私としたことが、ついうっかり」

 強制的に女を移動させ、その下になっていた少年――古代(こしろ)椎良の状態を確認する。

 集中的に殴られたらしい顔は惨憺たる状態で、気を失っている。しかし、命に別条はないようだった。

 さて、と女のほうに視線を戻す。

 背後から蹴られたときは誰かと思ったが、こうして対峙してみれば明瞭だった。この女は、先日まで行っていた古代椎良の尾行中、何度か見かけている。

「いったいなァ、もォ」

 ゆらりと立ち上がった女は、恨みの籠もった声で再度私を睨みつけた。

 古代椎良の実の母親――古代彩未亜(あみあ)。

 彼女が、今回の真犯人か。

「痛い? 嘘言わないで」

 一笑に付し、私は言う。

「今の貴女が痛いと感じるわけないじゃない。私でさえ、痛みを感じないのだから」

 リミッター解除に、なんの反動もないわけがない。

 普段以上の身体能力を得る代わり、身体は着実にダメージを蓄積していく。その状態が続けば続くほど、身体は崩壊の一途を辿るのだ。本来であれ全身が激痛で軋んで、動こうとする度に悲鳴が上がるだろう。しかしスクラヴには、そうさせない為に痛覚を遮断する成分も含まれているのだ。

 飲んだら最後、願いごとを叶えるそのときまで。

「一応、貴女の名前を聞かせてもらおうかしら」

 腰元のシザーバッグに手を入れながら、敢えてわかり切っている質問を投げかける。

 この状況に見合うのは、果たしてど(・)ち(・)ら(・)だろうか。

「ああもう、うるさいうるさいうるさい! なんでも良いどうでも良いっ!! あたしはあたしよ、放っておいて! あたしは椎良を殺せれば、それで良いんだってばっ!!」

 頭を抱え、古代彩未亜は叫ぶ。

 今、理性なんてものは彼女の中に存在しない。その瞳は今、スクラヴの副作用によって血の赤に染まっているのだから。

 ――俺なんかより、母さんを助けてください。

 古代椎良が言っていたのは、こういうことか。

 これならば、九十九(つくも)からの緊急連絡も頷けるというものだ。

「……」

 ああもう、と心の中で毒突く。

 とうとうこの日が来てしまった。あの夜以来、人を殺すと願う『叶え人』関連の事件は起きていなかったのに。不安定要素の多かったスクラヴは、もうそんなところまで調整が進んでしまっているのか。

「ねえ。ひとつ訊きたいんだけれど、良いかしら」

 古代彩未亜に勘づかれないように、シザーバックから三角刀を取り出す。

 できればこ(・)れ(・)を使わずにことを進めたかったのだけれど、この状況であればやむなしだろう。たまさかではあるが、これでは憶屠の期待通りの展開だ。本当に、ここへ連れてこなくて正解だった。これから繰り広げられるであろう展開を、あの純朴な女子高生には見せたくない。

「貴女、どうして自分で薬を飲んだのかしら。古代椎良に死んで欲しかったのであれば、彼に飲ませて、そう願えば良かったじゃない」

 安易に距離を詰めれば、確実に殺される。

 その警戒心から、適度に距離を測りつつ問う。

 早くワクチンを投与してやりたいが、焦りは禁物だ。

「言ったに決まってんでしょ!!」

 果たして、古代彩未亜は私からの質問に返答した。

 その赤い瞳に憎悪の念を燃え上がらせ、しかし反対に、身体は怯えるように小刻みに震えながら。

「あたしは確かに『死ね』って言った! 何回も何回も、絶対に成功させる為に『死ね』って命令したっ! なのにそいつは、死ぬどころかうちのリビングを荒らし回った挙句、今もこうしてのうのうと生きてやがんの! あたしの言うことが聞けないなら、あたしがこいつを殺さなきゃ――あたしは永遠に幸せになんてなれないっ!!」

「それって、つまり……」

 古代彩未亜は、最初から古代椎良の死を願っていた。

 けれど彼は、スクラヴを飲まされ「死ね」と命令されたにも関わらず、それに背いた。どころか、半端に叶え人化してしまったが故に暴走した? 学校の用具室の破壊も暴走の所為である、と?

 そんな事例、今まで見たことがない。

 スクラヴの暗示は、悔しいけれど絶対だ。現に今、古代彩未亜はこうして自分で自分を暗示にかけ、古代椎良を殺そうとしているではないか。

 であれば。

 スクラヴに変化があったのではない。原因はそこにない。

 イレギュラーであったのは、古代椎良のほうだ。

 推測の域は出ないが、恐らく彼にスクラヴは正常に作用していない。古代彩未亜の言葉を借りるのであれば、言うことを聞いてくれない、だ。

「なるほど」

 浅く笑って、私は体勢を整える。

 取り出した三角刀を三本、右手に握った。

「そういうことも、あるものなのね」

 こうなれば、古代彩未亜にばかり構ってもいられなくなった。

 彼女のほうは、私のよく知る叶え人のパターンにしっかりはまっている。けれど、古代椎良については、全く予想がつかない。今この瞬間にも意識を取り戻したら、どうなってしまうか。

「あたしは椎良を殺して、小井川さんと二人で幸せに暮らすの。それを邪魔しようってんなら、あんたが誰だろうと構わない。あんたも殺してやる!」

 直後、殺意をむき出しにして古代彩未亜が殴りかかってきた。

 しかしその攻撃はひどく直線的で、不意打ちでさえなければかわすことは容易だ。古代彩未亜の攻撃を避けながら、冷静にその隙を見計らう。

 これだけ動き回る人間に、ワクチンの入った注射器を打ち込むのは難しい。こういうときこそ、この三角刀の出番なのだ。

 刃先にたっぷりワクチンを塗布してあるこれは、ほんの少し掠めただけでも十二分に効果を発揮する。叶え人にとっては、こんな小さい刃物での傷も大打撃となるのだ。

「……」

 相手を軽く切りつけるだけなのだからと、始めのうちは安易にナイフを使っていた。けれど防犯意識の高い昨今、ナイフを携え夜な夜な歩き回っていると、職質にかけられかねない。銃刀法云々、全くもって警戒心の強い世の中だ。その警戒心がきちんと作用していれば『叶え人』なんて流行らなかっただろうに――いけない、思考が逸れた。

 とにかく、そういった経緯があり、対策案として採用されたのが彫刻刀なのだ。これなら万が一警察に声をかけられても、どうにか言い訳が立つ。

「があああああああ――!」

 もはや言葉にも成り得ぬ音を発し、古代彩未亜の猛攻は続く。

 このままのらりくらりと避けているだけでは、掠めることすらできない。

「――っ」

 息を吐き、一気に距離を詰め、左手で古代彩未亜のみぞおちを突いた。

 スクラヴによって身体能力がどれだけ向上しようと、その強度に変化はない。故に、急所を突けばきちんとダメージは通るのだ。

「がっ……」

 小さい呻き声と共に、古代彩未亜がよろめく。

「え……あれェ?」

 痛覚が遮断されている所為で、彼女の反応には若干の遅れがあった。

 不思議そうに、私に突かれた腹部に目をやる。

 ようやく作れた隙を、見逃さない。

「ひっ――や、やめて……!」

 三角刀を振り上げた私に、彼女はそう懇願した。

 殺される、とでも思ったのだろう。

「残念だけど、その願いは聞けないわ」

 言いながら、私は三角刀を振り下ろす。

 古代彩未亜の二の腕にうっすらと引っ掻き傷がついて、血が滲む。

「私には、先約があるのよ」

 誰にともなく、そう言った。

 独り言だった。

「な……あ……」

 途端、ぐるんと目を回し、古代彩未亜の身体は受け身もとれないまま倒れる。

 ワクチンが効いてきたようだ。

「……」

 理性を失い暴れ回る叶え人を鎮静化させる。

 ここまではいつもとなんら変わりはなかった。

 あとは念の為、注射器でワクチンを投与すれば一旦の区切りにできる。

 今回の件については、真犯人である古代彩未亜もスクラヴを使用していたから、どこまで聞き取り調査ができるのか怪しいところだけれど。

「なにしたんですか」

 と。

 これからの段取りを考えながら古代彩未亜にワクチンを投与した、そのとき。

 背後から左腕を掴まれ、声をかけられた。

 同時に、ばきん、なんて呆気ない音が鳴る。

「いま、かあさんになにしたんですか」

 私の左腕をひしゃげさせた張本人は、そんなものには目もくれず。

 ただひらすら、真っ赤になった瞳で私を見つめて。

 古代椎良は私にそう言ったのだった。

「似たもの親子ね、貴方達」

 この状況で、私はそんな皮肉しか口にできなかった。


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