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水城市限定都市伝説について  作者: 四十九院紙縞
第四話 棒ほど願って針ほど叶う

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1.古代椎良

「ったくさあ、手間掛けさせないでよねェ。ますます殺したくなるじゃん」

 寝間着に裸足でここまでやってきた母さんは、ふらふらと危なっかしい足取りで、しかし着実に俺との距離を詰めていく。

「……」

 闇子(やみこ)さんの姿が、確認できない。

 一体どこまで蹴り飛ばされてしまったのだろう。あんな人間離れした威力の蹴りを喰らって、よもや、死んでしまってはいないだろうか。

「あっは! つーかまーえたァ」

「がっ――」

 母さんから視線を外した、その刹那。

 躊躇いのない動きで、母さんは俺の喉元を掴んだ。

 そのまま、ろくな抵抗もできずに押し倒される。

「か、かあさ――」

「ほんとに、嫌い」

 嫌悪に満ちた笑顔を向け、母さんは言う。

 ぎりぎりと、両手で俺の首を絞めつけながら。

「あの人に似た口元も、鼻も、喋りかたも、全部嫌い」

 それは、今まで溜め込んできた泥を吐き出す作業のように感じられた。

「あんたの所為であたしは不自由で、あんたが足を引っ張るからあたしは幸せになれない。全部が全部、あんたの所為だ」

 首を絞める力が、徐々に強くなる。

 その泥が全て吐き出されたとき。

 俺は殺されるんだろうと思った。

「でも、それも今日で終わり。言うこと聞かない上に気味の悪いあんたとも、今日でおさらば」

 歯を見せて、にぃっと笑う。

 母さんの笑顔を見るのは久しぶりだった。

 俺が死ねば、母さんは本当に幸せになれるんだ。

 そう確信した。

「――駄目だよ、母さん」

 だから俺は、母さんの手を引き剥がして、言う。

 努めて、笑顔で。

「母さんが俺を殺しちゃったら、母さんは幸せになれないでしょ」

 母さんの手で俺を殺させては駄目だ。

 そんなことをすれば、母さんが殺人犯になってしまう。

 それが幸せだなんて、俺は思えない。

「だから――それが気味悪いって言ってんの!!」

 俺の手を振りほどいて続けざまに、母さんは俺を殴った。

 拳を握り、精一杯。

 殴る。殴る。殴る。

 こうして正面から母さんに殴られるのは、とても久しぶりだった。いつもは後ろから、いきなり殴られるもんな。こういうとき、どうやって痛覚をシャットダウンすれば良いのかなんてのは、もう身体に沁みついていて、どうということはない。

 母さんと目が合った。これもまた久しぶり。こんな場面でなければもっと喜べたのだろうけれど、贅沢は言わないでおこう。

「あたしがあんたを殺したいの! あたしがあんたを殺すことに意味があるのっ! あんたはただ、あたしの言うことを聞いてさえいれば良いのに――どうしてあんたはいつもいつも、あたしの言うことが聞けないの?!」

 なにを言っているんだ、母さんは。

 俺はいつだって、母さんの言いつけを守ってきた。

 今までずっと、母さんにとって〈良い子〉で居続けたじゃないか。

「あんたが勝手なことばっかりするから、あたしがあんたを殺すしかないんじゃない! これで全てが上手くいくんだから、大人しく言うこと聞きなさいっ!」

 どうすれば良い?

 母さんの言う通りにすれば良いのか、否か。

 どちらが正解だ?

 わからない。

 俺にわかるはずがない。

「あたしはあたしなりに、母親らしくやってきた。なのにあんたは、いっつも気味悪い笑みばっかり浮かべて――」

 母さんは続ける。

 独白を。

 暴力を。

「お小遣いは充分な額を渡してたし、それできちんとご飯は食べれてたでしょ?」

 小学生の頃は、コンビニ弁当を。

 中学生になってからは、ちょっとずつ自分で作るようになった。

 もうずいぶんと、母さんの手料理を食べていない。

「学校も、その土地で一番良いところに通わせてあげた」

 俺は別に、どんな学校でも構わなかった。

 どうせすぐに引っ越してしまうのだから。

「ずっと不自由ない生活をさせてあげてきたじゃない。それのなにが不満で、いつも悪いことばかりするの……!」

「わ、るい……こと……?」

 俺がいつ、悪いことをしただろう。

 俺がいつ、母さんを困らせるようなことをしたのだろう。

 考える。

 答えは出ない。

 いつもそうだ。

 俺は。

 母さんは。

 母さんはいつだって――

「あんたはいつだって自分のことばっかり! あたしだって苦労してんのに……。でも、それももう終わり。今日で終わり!!」

 けたけたと楽しげに笑って、母さんは俺を殴る手を止める。

「これでさよならだね、椎良(しいら)。憎たらしいあんたをこの手で殺せて、あたしは今、とっても幸せだよ」

 その代わり、俺の首に手をかけた。

 ぐっと力が込められて、意識が加速度的に遠退いていく。

 殴られっぱなしだった俺に、それに対抗できるほどの力は残されていなかった。

 指一本すら動かせない。

 こうなってしまえば、もうどうすることもできない。

 母さんが俺を殺すことが幸福への第一歩だと、思い込むほかない。

 そうしないと、死ぬ気になれない。

「――そう。それは残念ね」

 そこに声が一筋、通り抜けた。

 突然の声に、俺の首を絞める母さんの力も緩む。

「貴女のその願い、叶えさせるわけにはいかないわ」

 見れば、そこに彼女は居た。

 せっかくの白いニット帽もセーターも、泥まみれになっていて。

 それでも彼女はしゃんと立ち、俺達を見据える。

「訊きたいことも言いたいこともいろいろあるけれど、とりあえず――」

 水城(みずしろ)市限定の都市伝説『闇子さん』。

 彼女は青い瞳に怒気を宿し、不敵に笑う。

「この私を蹴り飛ばしたこと、あとで絶対に謝ってもらうわ。覚悟なさい」

 そんな強気な言葉に、この人なら母さんを元に戻してくれる、と俺は直感した。

 あとは俺が死ねば、万事解決。

 しかし情けないことに、俺の意識はここで途切れてしまうのだった。

 くそ。早く死んで、母さんを安心させないといけないのに。


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