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水城市限定都市伝説について  作者: 四十九院紙縞
第三話 嘘吐きのパラドックス

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5.墨子

 十二月二十日。午後八時三十分。

 憶屠(おくと)に黒崎高校での潜入調査を頼んでから一週間ほどが経過した今日、私は『みなせ』を訪れていた。相変わらず客入りのない『みなせ』には現在、店主である水無瀬(みなせ)の他は、私と憶屠の二人だけである。

「さてさてそれでは、調査結果を報告するぞ!」

 わざわざ奥の小上がりに私を引っ張ってきて、憶屠は快活に笑った。

 目を爛々と輝かせているのは、憶屠的には上々の調査結果を得られたからだろうか。自信満々の憶屠とは反対に、私は不安でいっぱいだったけれど、とりあえずは話を聞いてみることにする。

「憶屠ちゃん、楽しそうだねえ」

 言いながら水無瀬は、憶屠の前にりんごジュースを、私にいつもの刺身とウーロン茶を置く。

「だって、このボクが闇子(やみこ)さんの役に立てるんだと思うと、それはもう嬉しくって嬉しくって――あ、いや、ごほん。墨子(すみこ)サンの役に立てるのがだな、その、嬉しくてだな」

 私の機嫌を窺うように言う憶屠に、

「良いから、さっさとその調査結果を報告してくれるかしら」

と、私はそれだけ言った。

「あ、うん、了解だ」

「じゃ、ごゆっくりー」

 憶屠が鞄から資料と思われるものを取り出し始めたところで、水無瀬は厨房に引っ込んで行った。

「ええと、あんたに頼まれてたのは、犯人についてと、その周辺での動きや人間関係と、それらを踏まえての真犯人の特定だったな」

 言いながら、テーブルの上にこの間の写真を一枚置き、まずは今回、叶え人になった彼についてだが、と話し始める。

「彼の名前は古代椎良。黒崎高校二年D組、出席番号は十一番。この春からの黒崎での生活態度はいたって普通で、問題行動はなし。友人関係も本当に普通で、これと言って怪しい輩と交流があるという話は、一切出てこなかった」

「この春からって言うのは、どういう意味かしら」

「彼は、今年の春から黒崎に編入してきたそうだ。その前は、ここからかなり離れた都市に住んでいたらしい」

「編入の理由は?」

「家庭の事情というやつだ。彼は母親と二人で暮らしているのだが、どうもその母親、結婚や離婚の度に引っ越しているらしい。ボクが調べてわかっただけでも、三回は引っ越している」

「ふうん……」

 思いの外正確な調査結果に、私は思わず感心した。

「それで……その、家庭環境はあまり良くないみたいだ。古代椎良は喧嘩っ早い性格ではない――むしろその逆、人畜無害な性格らしいのだが、かなりの頻度で怪我をしているそうだ。殴られた痕や傷だらけの身体を、クラスの人が何度か目撃していた」

「……」

 自然と連想されるのは、虐待。

 高校生にもなれば、母親の暴力なんて余裕でかわせるはずだ。どころか、反撃に出るのだって容易だろう。それでも母親からの暴力を甘んじて受けているとすれば、古代椎良に反撃の意思は全くない。

 あくまで受け身。

 あくまで被害者のまま。

「そういう家庭事情もあるからか、古代家は割と裕福であるにも関わらず、彼は毎日のようにバイトに行っているらしい。恐らく、家になるべく寄りつかないようにしているのだな。その所為で勉強にまで手が回らず、今回の期末では散々な結果を出してしまったらしいが……まあ、彼の学力については、今はどうでも良いか。とはいえ、期末が酷過ぎたみたいで、ここ最近の放課後はバイトに行かずに、学校で勉強をしていたぞ」

 ここで一息ついて、憶屠はりんごジュースを一口飲み、それで真犯人候補なんだが、と話を続ける。

「さっきも言った通りだが、彼の周辺に怪しい輩は一切いない。どころか、嘘みたいに良い人達ばかりだった。クラスが一致団結して古代椎良の為に勉強会を開くくらいには、雰囲気が良かったぞ。ああいうの、現実に存在するのだな……」

「……。そういう人間は、割と居るものよ。それより憶屠、本当にいないの?」

 改めて訊く私に、憶屠は、むう、と頬を膨らませた。

「それが、本当にいないんだ。むしろ、古代椎良が自分で薬を飲んだと言われても納得できてしまうくらい、怪しい影が見えてこない。或いは、通り魔的に、無関係の第三者が古代椎良に薬を飲ませたとしか――」

「それはないわ」

 憶屠の推測を、きっぱりと否定する。

「『叶え人』関連の事件において、そういう人間は登場しないわ」

 深津桜介が、それだけの意思しか持たない人間に薬を渡すとは考えられない。

 彼が望むのは、心の奥底に沈められた暗い感情を持つ人間だけだ。

 それは凄惨であり凶暴であるほど、彼の好むものとなる。

 通り魔的に薬を盛ったのは、二年前に澄子を殺そうとした、あの夜だけ。

「それは、どういう……?」

 首を傾げる憶屠に、

「貴女が考える必要はないわ」

と、それだけ言って私は話を切った。

 憶屠は不服そうな顔をしていたが、特に文句は言わず、話題を戻すことにしたようだ。

「こじつけで候補に挙げるのなら――春告(はるつげ)万洋(まひろ)。古代椎良とは同じクラスに所属する生徒なのだが、彼が怪しいと言えなくもない。春告万洋は事件が起きたとされる日の夕方、古代椎良に罰ゲームと称して、なにかを飲ませたらしいのだ。肝心の中身については、はぐらかされてしまって、ちょっとわからなかったのだが……。まあこんな感じで、ボクからの調査報告は以上だ」

「そう」

 今日はサーモン多めに盛られた刺身を食べながら、考える。

 スクラヴを使ってまでして、体育館倉庫を襲撃させた理由。

 それに古代椎良が選ばれた理由。

 仮に彼を貶める為であったとすれば、コンビニ強盗でもさせれば良い。そうすれば監視カメラに映像が残り、理由はどうあれ、彼は強盗犯として社会的な罰を受ける。

 けれど今回の件は監視カメラのない学校の、しかも体育館裏という人目につきにくい場所にある倉庫の襲撃だ。犯人の足がつきにくい上に、遠回りが過ぎる。

 体育の授業を受けたくなかったから? 体育科の教員への嫌がらせ? 

 いいや、そんな子供じみた願いに、深津桜介が興味を持つとは考えられない。

 真犯人は古代椎良になにをさせたかったのか。

 そしてそれは成功だったのか。

「なあなあ墨子サン」

 考え込んでいた私に、憶屠は人差し指でコツコツとテーブルを叩いて注意を引いた。

「なによ」

 一度集中を解く為に眉間のしわをほぐしながら、憶屠に応じる。

「ボクの調査報告について、実直な評価を聞かせて欲しい」

「評価?」

「そうだ。今回、ボクは初めて身辺調査みたいなことをやったから、その精度が如何なものか、客観視することができない。だから墨子サンから評価してもらって、それをフィードバックしようと思ってだな」

 まるで次があるかのような物言いが気になるけれど、確かに、フィードバックは大切だ。

「じゃあ訊くけど。貴女が他校の人間だってばれたり、そうじゃなくとも、怪しまれるような行動は取っていないわね?」

「と、当然だ! そんな初歩的過ぎるミスなど、ボクがするわけないだろうっ!?」

「……」

 今回に限って言えば、九十九がお膳立てした潜入調査なのだから、ある程度までなら九十九がカバーしてくれているはずだ。よっぽどのミスでない限りは、大丈夫だろう。

「まあ良いわ。評価は、そうね――タコ、貴女の学校の赤点ラインっていくつ?」

「うん? 四十点以下だが?」

「それなら……四十五点ってところかしら」

「なっ……?!」

 ひどく衝撃を受けたような顔をする憶屠。

 彼女の普段の成績がどんなものか知らないから、それが喜びであるのか落胆であるのかは、さておくとして。

「確かに、初めてにしては良くできたと思うわ。押さえるべきポイントもしっかり押さえていたしね。けれど、妙な噂話の元凶になったのは減点対象だわ。『おさげさん』、だったかしら?」

「何故それを?!」

「私のほうでもいろいろと調べてたのよ。学校に入れないだけで、調べる手段も方法もたくさんあるもの」

 そう、私は私で調査は進めていたのだ。無論、古代椎良に関する基礎情報は把握済である。

 古代椎良の学校内での様子や人柄については今しがた、憶屠の報告で知ったのだけれど、それを知らずともできることはある。

 たとえば、尾行がそのひとつだ。

 真犯人が再度接触を図る可能性を考えて、古代椎良の登校から下校まで、一週間ほど監視していたのである。今日だけは澄子が両親の用事に付き添わなければならなくて、丸一日動向を追うことはできなかったけれど。ほとんど同じことを繰り返すのみの生活だったのだから、今日くらい尾行ができずとも成果は変わらないだろう。

「で、でも、今回の調査はボクに任せるって言ったじゃないか……!」

「それは、今回の事件関係者は恐らく学校の中だろうから、その辺りの細かい調査を貴女に任せただけ。私のほうでも調査はするに決まってるじゃない。全く、保健室で気絶してる犯人に接近するなんて、なにを考えているのやら」

「う、うわああそれ以上言わないでくれ!!」

 話が逸れてしまった。

 私なりに古代椎良を観察していたが、再び叶え人化することはなかった。

 もしも体育館倉庫の破壊が失敗であれば、真犯人は古代椎良と接触を図るだろうと思って尾行をしていたのだけれど、そんな気配は全く見られなかった。体育館倉庫を襲撃した夜以降の古代椎良は、家と学校を往復するのみ。学校の人間と、家族としか接点がない。だからこそ、憶屠の調査結果に期待していたが、成果はなし。

 やはり、真犯人の目的は、体育館倉庫の破壊にあったのだろうか。それならあれ以来、古代椎良が叶え人化しないのには頷ける。

「むう。しかし墨子サン、これからどうするのだ?」

 まだ不服そうな憶屠は、膨れっ面で言った。

「……体育館の倉庫を襲撃させて、誰が得するのかしら」

 どうしても納得がいかずに呟く私に、

「んー、運動が苦手な人か、俺様はワルなんだぜアピールしたい人とかだろうか」

なんて、憶屠は真面目に答える。

 理由だけが、考えても考えても思い浮かばない。とてもじゃないが、深津桜介がただそれだけの願いでスクラヴを渡すとは思えないのだ。

 しかし実際問題、事件は起きている。

 スクラヴが使われたという証拠もある。

 どうやら、これで納得するしかないようだ。

「真犯人の特定は、悔しいけれど後回しね。とりあえず古代椎良のほうから対処するわ」

 こうも尻尾すら掴めないのであれば仕方がない。古代椎良にワクチンを接種させて、この件は一区切りとするしかない。

「おお! となるとあ(・)れ(・)か、あ(・)れ(・)の出番なのだな?!」

 やたらと張り切る憶屠に、

「あ(・)れ(・)は使わないわ。今回は普通にドリンクタイプを使うわよ」

と、私はため息交じりに返した。

「えー。でもあ(・)れ(・)を使ったほうが格好良いじゃないか」

「そんなものは求めてないわ。元々あ(・)れ(・)は非常時くらいしか使わない代物よ。そうじゃなくとも、今は銃刀法云々が厳しいんだから……」

「うん?」

「なんでもないわ」

 とにかく、と一度大きく咳払いをして、話を元に戻す。

「古代椎良にワクチンを接種させてから、真犯人を探すとしましょう。真犯人が薬を複数持っていない限り、それで事件は解決よ。薬がなければ叶え人にすることもできない。叶え人にならなければ、犯罪行為に及ぶこともないもの」

「なーんか地味だなぁ」

「地味で結構。そもそも、目立ちたくてやってるんじゃないわ」

 刺身の最後の一切れを食べ、残っていたウーロン茶も飲み干し、席を立った。

「じゃあ、早速行くわ。貴女も早く帰りなさいね」

 と、そのときだった。

 ジリリリリ、と大きな音が店内に響き渡る。

 店の端っこに設置された黒電話が鳴ったのだ。

「はい、こちら『みなせ』ですー」

 厨房から出てきた水無瀬は、受話器を取って応答する。

 それを横目に靴を履いて、シザーバックから財布を取り出す。ここにかかってくる電話なんてほとんどが間違い電話で、故に長電話にはならないだろうから、支払いついでに水無瀬と少し話して行こうと思って待っていたのだけれど。

「ん。墨子ちゃんに電話。涼さんからだよ」

 と。

 不意に受話器を渡されたのだった。

「……九十九が、私に?」

「緊急の連絡とか言ってるけど」

「……」

 訝しみながら受話器を受け取って、耳に当てる。

「……もしもし。一体なんの用よ」

 面と向かって話していてもなにを考えているかわからない九十九と、電話で話すのは気が進まなかった。電話だと表情や仕草が見えないから、なおのことである。

 わざわざここに電話をかけてくるほどの「緊急の連絡」とは一体なんなのだろう。「憶屠の嬢ちゃんに、黒崎の制服を返して欲しいって伝えてくれるか」とかいう内容だったら、容赦なく切ってやる。

「――え?」

 だが、九十九からの「緊急の連絡」は、私の予想を徹底的に裏切った。

「それは、本当なの?」

 それが嘘でないのであれば、正しく緊急だ。

 九十九から必要な情報を聞き出して、私は勢いよく受話器を戻した。

「どうしたのさ墨子ちゃん。涼さんに『パンツくれ』とか言われた? それなら多分『パン作れ』の間違いだろうから、涼さんを怒らないでやって欲しいなぁ」

「違うわ、そんなんじゃない」

 逆に、以前そういうことがあったのかと訊きたい気がしないでもなかったけれど、今はそんな話をしている場合ではない。

「これ、今日のぶんね。おつりは要らないわ」

 カウンターに叩きつけるようにして代金を置き、店を出ようとしたところで、

「待って墨子サン! ボクも行くっ!!」

と、背後から絶叫にも似た憶屠の声がした。

「駄目よ、真っ直ぐ家に帰りなさい」

 意識的に声のトーンを落として、言う。ここで怒鳴ってはいけない。

「だけど!」

「だけどじゃない。貴女が関わって良いのはここまでよ。ついてくるつもりなら、本気で縁を切るわ」

「……っ」

 唇を噛み締めた憶屠は、なにか打開策を考えているようにも見えた。

 無論、『普通』を嫌う憶屠のこと、ここで引き下がるとは、私だって思っていない。

「タコ」

「……なんだ」

「ここは反対を押し切って私について行って、案の定ピンチに陥った貴女を私が助けて――っていう流れがセオリーよね」

「む? そ、そうだな。そういうパターンもあるだろうな」

 いやに嬉しそうに頷く憶屠。

 それに対して、私はにこりと笑顔を作る。

「だからこそ、ここは敢えて真っ直ぐ家に帰るのよ。それは『普通』では考えられないでしょう?」

「……! だ、だがしかし……」

「貴女が思うほど、私は弱くないわ。私は強い」

 それに、と、俯いた憶屠の顔を両手で覆うようにして強引に上に向けさせ、私と目を合わさせる。

「真っ直ぐ家に帰ると約束するなら、あとで今回の顛末を、九十九と一緒に聞かせてあげるわ。それも普通じゃできないことよね?」

「うん!」

「よし。良い子ね」

 そうやって憶屠を説得した後、私は『みなせ』を出た。

 走る、走る、走る。

 どうか間に合って欲しい。

 手遅れになんてならないで欲しい。

 いいや、違う。絶対に間に合わせる。

 手遅れになんて、この私がさせるものか。

「はっ……、はっ……」

 息も切れ切れになりながら、それでも速度を緩めることなく走る。走り続ける。

 焦りと不安が身体の中で渦巻いて、気持ちが悪い。

 けれど冬の冷えた空気がそんな体内に入ると、不思議と冷静になれた。

 頭の中で、九十九の声が反響する。

 ――場所は川沿いの公園だ。人払いくらいはしてやる。だが急げ。

 ――このままじゃ、あの古代椎良って高校生、殺されちまうぞ。


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