3.古代椎良
一言で言うのなら、信じられなかった。
その言葉こそが相応しい。
男子ドッジボール決勝戦。
ヒロが編み出したという魔球も変化球も、なにもかもがことごとく攻略されたときは絶望しかなかったが、まさかそこから逆転優勝してしまうとは。全くもって、驚きを禁じ得ない。
しかもそれは、ドッジボールに限った話ではないのだ。
男子でもうひとつ優勝が懸かっていたバレーボールでも、優勝を勝ち取ったのである。
ヒロの友人の一人として、そしてチームメンバーの一人として、これだけは明言しておくが、バレーに関してのヒロは、普通に格好良かった。
スパイクもがんがん決めるし、レシーブも綺麗にセッターに返す。そのプレーにはさすがバレー部と言う他ない。これでスパイクを決める度、応援に来ていた女子の視線を気にしていなければ完璧だっただろう。
さておき。
男子が優勝ふたつゲットしたと喜んでいるのも束の間。あれよあれよという間に、女子がみっつ優勝をもぎ取って来たのだった。
信じられない。
まさか本当に、総合優勝してしまうとは。
午後三時過ぎには全ての試合が終了し、全校生徒を大体育館に集めての表彰式が行われた。
クラス代表として姫路さんが生徒会長から賞状を受け取り、クラス委員でもないはずのヒロが副会長から総合優勝の賞品を受け取った。
球技大会で総合優勝をしてしまうなんて、まさに青春の一ページだなあ。
そこにまさか俺なんかが深く関われるとは、全くもってありがたい。
そんな風に、柄にもなく感動しながら自教室に戻ろうとしたとき。
クラス担任である右巻先生に呼び止められてしまった。
球技大会におけるウチのクラスの活躍っぷりによほど感激したのか、先生の話は大体育館に俺達以外に誰も居なくなるまで続いた。特に古代は勉強からして頑張っただとか、これに懲りて三学期は赤点を取らないで欲しいとか、球技大会で大活躍だったから女子がキャーキャー言ってたぞとかなんとか、そんなことを言われ、褒められ慣れない俺としては、内心どぎまぎしつつも、いつもの笑顔を貼りつけて聞いていた。
「あ、そうだ古代。ちょっとこれ、陸奥先生のところに返してきてくれるか」
「え? 陸奥先生って……」
突如として渡された数学の教本と思しきものを受け取りながら、俺は思い出す。
陸奥先生とは、理系クラスの数学担当の教員だ。授業を受けたことはないが、居眠りをした生徒にはチョークを飛ばしてくるという、このご時世では珍しいことをする先生と聞く。厳しい先生だが茶目っ気もあって人気の陸奥先生は、図書準備室に常駐している先生だったはずだ。そしてそこは、この体育館からだと、普通教室棟を横断した先の特別教室棟――その四階の端っこに位置していたと記憶している。校内を端から端への大移動である。
恐らく、俺は苦い表情を浮かべていたのだろう。先生も苦笑しつつ、
「今日の昼には返すって言ってたの、忘れてたんだ。先生はLHRの準備もしなくちゃならなくて、陸奥先生のところに行ってたら遅くなるんだよ。お前らだって早く帰りたいだろう? だから頼むよ、古代」
と言うのだった。
俺だけに限って言えば、別段早く帰りたくなどなかった。
しかしそんなのは、きっと俺だけだ。クラスのみんなは、さっさとLHRを終わらせて各々放課後の活動に向かいたいだろう。
「わかりました」
だから俺は先生の頼みを請け負い、大体育館を出て普通教室棟を抜け、特別教室棟の四階へと向かった。
陸奥先生に本を渡してから、一度三階に下りて、外の渡り廊下を通って普通教室棟へ。その際、なんとなく目を向けた自教室には、西日が強いというわけでもないのにカーテンが全て閉められていた。どうしたのだろうかと疑問に思いつつ、普通教室棟の三階へと入り、そのすぐ横の二年D組へ。後ろの戸から入ろうとしたら何故か鍵が掛けられていたので、前の戸から入る。
すると。
「――おめでとう!!」
叫声にも似た声が重なること、約四十人分。
さらにクラッカーと思しきものによる爆音も加味され、俺の頭は瞬時に真っ白になった。
「……へ」
あまりのことに、そんな音しか口にできない。
疑問符を浮かべる余裕すらないほど、それは不意打ちだった。
「……おめでとうって、なにが? 球技大会のMVP的な?」
努めていつも通りに言葉を紡ぐ。が、声に動揺の色ははっきりと出てしまっていた。
「半分正解で半分不正解ってとこだ。全く、水臭いぜ椎良。臭すぎるぜ」
すると、いつの間にか俺の背後に回っていたヒロが、それならそうと言えってんだ、などぶつぶつ言いながらもぐいぐいと背中を押す。完全に気が動転していた俺は、されるがままに教室の中へと進まされた。
我ながらたどたどしい歩きかただろうに、誰ともぶつからない。見れば、クラスメイトは不自然なほどに横並びしていた。揃いもそろって悪巧み顔で、その後ろになにかを隠していることは明らかだった。が、それがなにかまで考える余裕は、今の俺にはない。
「万洋、それはいくらなんでも語弊があるからやめて」
ヒロの言葉に厳しい突っ込みを入れる姫路さんだが、その表情は若干緩んでいる。
「古代くん」
教室の中ほどまで連行されてきた俺に、姫路さんは言う。
にっこりと、素敵な笑顔を浮かべて。
「球技大会に出る為に勉強を頑張ってくれて、球技大会でも大活躍してくれた古代くん」
せーの、という姫路さんの掛け声を合図に、クラスメイトが一気に横に退いた。
その後ろになにを隠していたのかが、明るみになる。
それを見て、思わず息を呑んだのも束の間。
「誕生日おめでとう!!」
それは、数年振りに聞いた言葉だった。
自分の誕生日なんて、記憶の隅にすら残っていなかった。
「お前が今日誕生日だってのは、右巻先生から聞いたんだ」
まだ訊いてすらないのに、ヒロは俺の心情を読み取ったかのように言った。
というか、右巻先生本人もちゃっかりクラスのみんなに混ざってクラッカーを持っている。つまり、先生も共謀していたのだろう。道理で、本を渡された陸奥先生がきょとんとしていたはずだ。あの教本を返すと約束した日は、きっと別の日だったのだろうから。
しかも、俺を驚かせたのはそれだけではない。
クラスメイトが不自然なほど綺麗に横に並んで、隠していたもの。
それは、大きな大きなバースデーケーキだった。
その真ん中には手書きの文字で『お誕生日おめでとう! しいらくん』と書かれたチョコプレートがあって。それをぐるっと囲むようにしてロウソクが十七本あって。
誕生日おめでとう。
その言葉が、心の中で反響する。
「さあ火を消せ椎良。この素晴らしい場を用意した僕に感謝しながら、火を消すのだ!」
「万洋は言い出しっぺってだけでしょ……。他の具体的な段取りは、全部私と升国さんに投げたくせに」
「う、うるせえな! そもそも、こいつの誕生日を聞き出した僕のファインプレーがなければだな」
「それだって偶然だったんでしょ」
「つうか、おい椎良。早く火ィ消せよ。いつまでケーキに見蕩れて――」
ヒロの言葉が、そこで不自然に途切れる。
どうしたのだろうと見ると、ぎょっとした表情でヒロも俺のほうを見ていた。
つられて俺を見た姫路さんも、同じ反応をする。
人の顔を見るなりそんな表情を浮かべるなんて、この二人にしては失礼なことをすると思ったが、その不可解なリアクションの正体は、ヒロの次の言葉で判明した。
「真顔で泣いてんじゃねえよ、びびんだろうが」
「え?」
言われて、目の辺りに手を当てる。
するとどうだろう、ぼろぼろと涙が溢れてきていたではないか。
「え、な、なにこれ」
拭っても拭っても、涙が止まらない。
俺が人前で泣くなんて、そんなの有り得ない。
そんな風に人前で感情をさらけ出すなんて、なんて恥ずかしいことをしているんだろう。
いつもであれば普通に笑ったままでいられるのに。
自分の感情は、自分で制御できるのに。
泣いたりなんて、絶対にしないのに。
止まれ、止まれ、止まれ。
どれだけそう願っても、涙は止まってはくれなかった。
なんでこんなタイミングで泣いちゃってんだろう。
わけがわからない。
誰かに誕生日を祝われるのも、「誕生日おめでとう」と言われるのも、本当に久しぶりだった。
笑うふりしかできない偽物の為に「おめでとう」なんて言葉は勿体ない。
勿体なさ過ぎて、嬉しくって。
幸せだと、思った。
だけど、泣くほどのことじゃあないのに。
「あ……ありがっ、ありがとう。みんな、ありがとう……!」
ぼろぼろと泣きながらに言ったお礼の言葉は、無様にも震えていた。
そんな俺に、みんなは歯を見せて笑い、『どういたしまして』と口々に言うのだった。
ああ、今日はなんて良い日だろう。
感想や評価等、お気軽にどうぞ!




