↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水城市限定都市伝説について  作者: 四十九院紙縞
第二話 噂をすれば影が刺す

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/37

9.古代椎良

「げ、水美」

 姫路さんの登場に、ヒロはあからさまに苦い顔をする。

 この高校に転校してきたばかりの頃の俺は、女子に向かってその態度はないだろうと苦言を呈したりもした。しかし俺とて、黒崎高校に転校してきてから早八ヶ月を過ごしてきた身だ。これは恒例行事みたいなものだと理解しているので、いまさらそれに口を挟もうとは思わない。

 春告万洋と姫路水美は保育園からの付き合いで、周りからは仲の良い幼馴染として認識されている。が、本人達曰く、腐れ縁だそうだ。まあ確かに、保育園から高校までずっとクラスが一緒だったというのだから、それは腐れ縁なのかもしれないけれど。

 そんな縁を持つ二人は、なんだかんだと悪態を吐きつつ、似た者同士である。ヒロがスポーツやイベントごとに対して熱血漢であるなら、姫路さんは勉強に対しての烈女なのだ。

 真っ直ぐな黒髪に、紺色の眼鏡を掛けているという知的な見た目も手伝って、学年一位という称号は姫路さんにこそ相応しい。加えて、姫路さんは男子人気が高い。しかしそれで女子に嫌われているかというとそうではなく、むしろクラス委員や吹奏楽部の部長を務めるほどに信頼が厚いのである。どうやったらそんなに人に好かれるのかと考えたりもしたけれど――たぶん、いや絶対に、姫路さんの笑顔には嘘偽りがないからだろう。だから、多くの人に好かれるのだ。

 良いなあと、素直に思う。

 俺には到底できないことだから。

「万洋、聞こえたよ。生徒会を偵察してこいだなんて、馬鹿なことするのはやめてよね、もう」

 ヒロを睨みつけ、姫路さんは言った。そんな表情ですら可愛い。

 大抵の男子はこの一言で考えを改めるのだが、そこはそれ、幼馴染みであるヒロに効果はないようだ。

「良いじゃねえか、少しくらい。ちょーっと生徒会に椎良を送り込んで、ちょーっと叶え人がいないか見てくるだけだって」

「叶え人って……また懐かしい話を持ち出してきたのね」

 ため息交じりに、姫路さんは言った。

「懐かしいって?」

 少し気になって、質問をしてみる。

 すると姫路さんは、えっとね、と思い出すよう顎に手を当てながら答える。

「『叶え人』って、私らが中学生のときくらいにすごく流行ったんだよ。話だけじゃなくて、実際に心神喪失状態で、且つ赤い目をした犯人が捕まる事件もいくつかあったから、ゴシップ誌の取材もあったくらい」

「へえ。じゃあそれなりに有名な話なんだ、『叶え人』って」

 ゴシップ誌とは言え、雑誌に取り上げられるほどのものなら、俺も知っていて良さそうなものなんだけれど。そりゃあヒロが不思議がるはずだ。

「いや、そうでもないよ」

 さらりと俺の推測を否定して、姫路さんは続ける。

「『叶え人』って、水城市にしか出没しないんだって。魔法の薬をくれるっていう男の人が、市内にしか出没しないからなんだけれど」

「なるほど、地域限定の都市伝説なんだ」

 どうやらローカルネタという説で正解だったらしい。

「そんな感じ。あ、水城市限定の都市伝説って言うなら、『闇子さん』の話もあるんだよ」

 そう言って話し出した姫路さんは、とても楽しげだ。

「なに、それ?」

 俺は姫路さんの笑顔に癒やされながら相槌を打ち、話の続きを促した。

「『闇子さん』って言うのは、ある呪文を唱えれば助けてくれる女の人の話でね。『闇子さん』の話が出てきたのが、丁度『叶え人』の話で大騒ぎになってたときだったから、当時はもっぱら、叶え人を元に戻してくれる人だって言って盛り上がってたんだ。実際、叶え人化してた人を闇子さんが助けたって話、結構聞いたし」

「ある呪文って?」

「効果は逆だけれど、口裂け女の『ポマード』みたいなものかな。その呪文を唱えると、闇子さんは立ち去らずに話を聞いてくれるんだって。その呪文は――」

 呪文という言葉に、俺は少なからず想像を膨らませる。『闇子さん』というくらいだし、なにか格好良さげ言葉が飛び出しそうだ。

 しかし、その呪文とやらを聞き、俺の口から一番最初に飛び出したのは、

「……は?」

という、言葉にもならない、端的な音のみだった。

「え? それ、本当……?」

 いくら都市伝説と言っても、ちょっとゆるすぎやしないだろうか。

「む。古代くん、今、馬鹿らしいって思ったでしょ」

「そ、そんなことは――」

 思った。すげぇ思った。

「だけど、この呪文はすごく大事なんだよ。闇子さんっていつも機嫌が悪いから、まずはこの呪文でご機嫌取りをしないと。場合によっては、刃物で切り裂かれちゃったりするんだから」

「それは、なんと言うか……紙一重な救世主だね」

「そうじゃなくとも、闇子さん関連の話は刀傷沙汰とか全身複雑骨折とかってオチが多いから、積極的に関わりたいとは思わないよね。本当に困った人の最後の手段って感じ」

「ふうん」

 水城市限定の都市伝説、『叶え人』と『闇子さん』。

 願いを叶えてくれる魔法の薬と、困っている人を助けてくれる女の人。

 そんな都合の良いものは存在しないとわかっていながら、それでも、それらがこの現実から脱出する手立てとなるように思えて仕方がなかった。

「そういえばだけど」

 それまで不貞腐れ顔で話を黙って聞いていたヒロが、ここにきて口を開く。

「『叶え人』も『闇子さん』も、最近また出没頻度が上がってきたみたいだよな」

「らしいよね。ちょっと前に、柊(ひいらぎ)学園の子が闇子さんに助けてもらったみたいだし。一時期なにもなかったのが嘘みたい」

「さっすが、中学時代は都市伝説にどっぷりだっただけあって、水美サンは詳しいなあ」

 言って、にたにたと意味ありげな笑みを浮かべるヒロ。

 そんな子供っぽい挑発なんて、姫路さんは軽く笑って一蹴するだろう。

「万洋、黙って」

 だが、俺の予想とは相反し、ほんの一瞬だけ、姫路さんが背筋の凍るような目をした。……いや、見間違いだろう。我が二年D組全員の憧れの的が、あんな末恐ろしい表情をするはずがないのだ。

 とはいえ、流石にヒロと姫路さんの間に生じた、ただならぬ雰囲気の存在自体は否めなかったので、俺はそれを打開するように、敢えて空気の読めない質問をすることにした。

「あー、ねえ、ひとつ質問。出没頻度が上がってるって言ってたけど、闇子さんってそんなに目立つの?」

「……そりゃあ目立つさ」

 そう言って質問に答えたのは、ヒロだった。心なし顔が引きつり、声が震えているような気がするが、それも気のせいということにしておこう。

「闇子さんってのは、全身真っ白の服を着た、髪の長い女の人らしいぜ」

「全身真っ白……? 死に装束ってこと?」

「他にも全身タイツっていう極論から、普通の服だけど白づくめっていう当たり障りのない説とか、ウエディングドレスだとか、いろいろある。なにせ、闇子さんを目撃するのはまともな状態じゃない奴らばっかりだから、ひとつに定まらねぇんだよ」

 通常の精神状態じゃあ会えないとは、それはそれでレアリティが高いな。……もしかして、幻覚の類なんじゃないのか、それ。

「あ、そうだ椎良。いっそのこと、闇子さんに用具室の件の犯人探しを頼んでみねえか?」

 またそんな思いつきで、とは思ったが、それはなんだか面白そうだったので、乗った、と答えようとしたのだが。

「それと、こういう説もあるよ」

 姫路さんが、それを遮るように低い声で言う。

「今、古代くんが死に装束って言ってたみたいに、そこから派生した説だと思うんだけど。全身を白い服で覆っているから、闇子さんは人助けをしているんじゃなくて、死が差し迫った人間に引導を渡す死神なんじゃないのかっていう説。ほら、白って神の遣いにも使われてる色だから」

 にこにこと笑いつつも、ヒロに対して確実に敵意を向けている姫路さんであった。

「ねえ万洋。万洋が闇子さんに会いに行ってきてみたら?」

 ヒロが姫路さんの地雷を踏み抜いたということはなんとなく察しがついたので、俺も下手にその辺りを追求するのはやめておく。黒歴史というやつだろう。それを自ら踏みに行くとは、命知らずも甚だしい。

「おい椎良」

「俺、そういうのは警察に任せるのが一番だと思うなー」

「よくもまあ白々しく……」

「申し訳ないけど、波風は立てない主義なんで」

 両手のひらを見せ降参の意を示しながら、正直にそう言った。

「そうだよ。高校生にもなって『叶え人』とか『闇子さん』とか、そんな懐かしくも馬鹿馬鹿しい都市伝説の話なんてしてないで、もっと建設的な話をしましょう」

 そう言って、姫路さんは近くの席へと座る。

「建設的な話? そんな話題、僕らにあったか?」

「あるよ! ほら、古代くんの補習回避テストに向けた勉強会。そもそも私は、そのスケジュールを組みに来たの。今回の事件は球技大会に影響ないって話だから、しっかり計画練らなきゃでしょ」

 よく見れば、姫路さんの手にはスケジュール帳とシャーペンが握られていた。

「そりゃあ都市伝説なんかより大事な案件だ」

 そう言って、ヒロは姫路さんの可愛らしいスケジュール帳を覗き込む。

「あの量の課題をこなしつつの対策っていうと、思った以上に時間がねえんだよな」

「一週間ちょっとしかないものね、気合い入れていかなきゃ。参考までに、古代くん。補習対象になった教科の、期末テストの点数を教えてくれる?」

「て、点数?」

 不意の質問に、自分でも声が若干裏返ったのがわかった。

「うん。それで勉強時間を調整しようと思うの」

「あー、ええと……」

 どうしよう、少しくらい点数にイロをつけても良いだろうか。

 真実を口にすることを躊躇う俺の肩に、ヒロは優しく手を置いた。

「諦めろ。誤魔化しても意味はねえぞ」

「ぐっ……」

 正論だった。なんていったって、実物を見たヒロがここに居るのだ。誤魔化したところで、すぐにバレてしまう。

「数学が二十四点。政経が三十五点。日本史が三十九点。英語が十五点。古文が九点でした」

 素直に点数を申告したのだが、それを聞いた姫路さんは、笑顔のままで硬直していた。

「聞き間違いじゃねえぞ、水美。マジだマジ」

 なにも言わない姫路さんに、ヒロは勇気づけるように声をかけた。

「本当に……? 現実で一桁の点数を取るような人なんて存在するの……? しかも古典なんて、暗記するだけでもある程度は点数を取れる教科でしょ……?」

「だが残念なことに、ここに実例が居るんだ。僕らはこの事実を認めるしかない」

「……」

 本人を目の前にして言いたい放題である。

 姫路さんはいつでも学年トップだし、ヒロも多少のぶれはあれど常に上位二十人の中に入る学力を有しているのだから、そりゃあ俺の点数は、逆ベクトルで別次元なんだろうけれど。

「そっか……。本当なら仕方ないね。予定よりスパルタになるけど、D組が総合優勝する為、学食無料優先券の為だもの。古代くんも、頑張れるよね!?」

「も、もちのろんダヨ!」

「おい椎良、声が裏返ってるぞ」

「気ノセイ、気ノセイ」

「あっそう」

 学年一位が言うスパルタって、どのレベルできついのだろう。考えるだけで眩暈がする。

「それじゃあ古代くん。勉強会なんだけど、今日の放課後からで大丈夫だよね」

 スケジュール帳と睨めっこしていた姫路さんは、少し考えた後にそう言った。

 俺の学力から考えればそれは妥当なものだと思うし、俺も他人からここまでの施しを受ける以上、精一杯取り組むつもりではある。

 だけど。

「ごめん、今日は無理なんだ」

 両手を顔の前で合わせ、頭を下げた。

「はあ?」

 案の定、ヒロは不満げな声を上げる。

「椎良、お前自分の状況がわかってねぇのか? そのレベルで馬鹿なのか?」

「さすがにわかってるよ! だけど、その……」

 少しだけ、迷う。

 本当のことを言おうか、否か。

「だけど、どうしたの?」

 心配そうに、姫路さんが俺を見る。

 古代家が母子家庭であることは、前にヒロに言っている。ヒロと幼馴染みである彼女が、それを伝え聞いていてもおかしくはない。それを含めて心配してくれているのだろう。

「……いやさ、バイトのシフトがどうしても変更できなくって。誰かに代理も頼めないから、今日は俺が行くしかないんだ」

 本当にごめん、と重ねて謝る。

 結局俺は、嘘をついた。

 本当のことは、言えなかった。

「そんなに謝んなよ。バイトなら仕方ないだろ」

「そうそう」

 それぞれ、仕方ないと言って頷く。こんなに優しい人達に囲まれるなんて、俺の人生にあって良いのだろうかとさえ思ってしまう。

「そのぶん、たっぷり宿題を出すからな」

「もちろん、古代くんはそれをこなしてくる覚悟があって、バイトに行くんだもんね?」

 しかしそんな優しさに満ち溢れているはずのクラスメイトは、笑顔のまま、悪魔のような提案をしたのだった。

「しゅ、しゅくだい?」

「当たり前だろ。あんだけの量の課題が出てるんだから、まずは消化してかないと」

「とりあえず、比較的点数の良かった政経と日本史で良いよ。それぞれ三十ページずつやってきてね」

「ひっ……」

「おいおい椎良、お前の球技大会への情熱は、その程度で折れちまうもんなのか?」

「ま、まさかあ。そんなわけないじゃん……」

 三十ページ……。果たして、それほどの量を一晩でこなせるのだろうか。

 明日の朝、ヒロと姫路さんに、宿題すらこなせなかったと土下座で謝る姿しか想像できない。

「良いか、わからなかったらまず調べろ。教科書とか資料集に答えは必ず載ってんだから」

「自分で調べることで記憶に残るとも言うからね。大丈夫、古代くんならできるよ!」

「が、頑張る……」

 これから始まるであろうスパルタな勉強漬けの日々を思うと、今から気が遠くなる思いがした。しかし同時に、それに心を弾ませる俺がいるのも確かだった。放課後に友達と勉強会なんて、今までしたことがなかったからかもしれない。

 でも、駄目だ。

 俺なんかが、そんな風に思っちゃいけない。

 父さんを殺した俺に、日々を楽しく生きる資格なんてないんだから。


感想や評価等、お気軽にどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。