8.古代椎良
「それで、話は戻るけど。だから僕は、今朝の騒動に『叶え人』ってどんぴしゃだと思うんだ」
「あー、そういえば朝、なんか騒がしかったね。あれ、なにがあったの?」
「それも知らないのかよ椎良」
「今日は来るのがぎりぎりだったんだよ」
「そういやそうだったな。勉強が嫌で逃げ出したのかと思ったぜ」
「失礼な」
「冗談だよ」
軽口を言い合ったところでヒロも食べ終え、弁当箱を鞄に片づけながら言う。
「体育館裏の用具室が襲撃されたんだ」
「襲撃って、また物騒な」
「いや、お前もあれを見たら『襲撃』って言葉が一番しっくりくると思うぜ。鍵つきのドアがぶち破られてて、窓も割られててさ。サッカーボールはほとんど空気が抜けてぺしゃんこ、野球のバットとか陸上のハードルまでばきばきに折られてたんだぜ? これは間違いなく『襲撃』と言って良いだろうよ」
「それ、マジで?」
「マジだよ、大マジ。僕がこの目でしっかと現場を見てきたんだからな。椎良、これは事件だぜ。名づけて、体育館裏用具室襲撃事件!」
「……」
体育館裏の用具室。
なんだろう、胸が、ざわつく。
正体不明のざわつきを、しかしヒロに覚られないよう、俺はいつも通りの表情を顔に貼りつけて、話を続ける。
「それが叶え人って奴の仕業って言うことは……つまり、どういうこと?」
「ふっ、まだわからないか? 球技大会を来週に控えたこの時期に、体育館倉庫が襲撃されたんだぜ? 球技大会を中止に追い込みたい奴が、叶え人を使ってやったと考えるのが妥当じゃねえか」
「でも、今回の景品はすっごく豪華なんだよ? 中止にしたがる理由なんて――って、あ」
言いながら、気がついた。
球技大会にやる気を出さない生徒の為に提示された、豪華景品。
学校内外から高評価を得ている絶品の学食無料優先券は、なんと一ヶ月分だ。
ほとんどの生徒にとっては喜ばしいものだが、この景品の為に苦労した人達がいる。
「気づいたか、椎良」
にやりと悪い顔を浮かべるヒロに、俺は神妙な面持ちで頷いた。
「うん、わかった。この事件の犯人は――」
「犯人はお前だ、古代椎良!」
「そう、犯人は俺――じゃないよ!!」
俳優顔負けの名演技でそう言われ、流れで肯定しかけてしまった。危ない危ない。
「え、どうして俺を疑ってんの?」
まだとぼける気かね、などと刑事ドラマの真似をしつつ、ヒロは自身の左頬を指差す。
「その頬の傷、体育館を襲撃した際にできた傷なんじゃないかね?」
反射的に、俺は自分の右頬に手を当てた。
そこには、少し大きめの絆創膏が貼られている。
「これは――」
どういう経緯でできた傷なのか。
それは、俺自身にもわかっていない。
今朝、起きたら枕が血まみれになっていて、鏡を見たら右頬に切り傷ができていたのだ。確かに俺の寝相は悪いほうだけれど、こんな怪我をするほどではない。
「これは……いつものだよ。昨日、夕飯作ってる時に、包丁を持ってた手が滑っちゃって」
俺は、そう言って誤魔化した。
いつも通り。
嘘くさい笑顔を、顔に貼りつけて。
「お前って基本器用な癖に、変なところでドジ踏むのな」
訝しげな表情を見せたヒロだったが、元より本気で俺を犯人だと疑っていたのではなかったらしく、まあ良いや、と、ようやくいつもの話しかたに戻り、話に一旦区切りを入れる。
「それでお前は、誰が犯人だと思う?」
「本当に俺じゃないからね」
「しつこいな。目が赤くないんだから、そのくらいわかってるって」
「それなら良いけど……」
冗談だとしても、なんとなく、強く否定しておきたかった。なんでだろう。まあ良いや。それより、俺は先ほど言いかけた推理を話すことにした。
「生徒会が怪しいんじゃないかって、思うんだ」
「生徒会? どうして」
「今回の景品、あれだけ競争率の高い学食を、無料で優先的に食べられるっていうのには、やっぱり無理があったんじゃないかと思ってさ。言ってみたは良いけど実現は無理そうだから、球技大会自体を潰そうとした、とか」
「おお、学年最下位にしちゃ名推理だな!」
「そりゃあ俺だってやるときはやる――うん?」
今、途轍もなく不穏な単語が聞こえたような気がする。聞き間違えでなければ、『が』から始まり『い』で終わる、それはそれは恐ろしい単語だったような……?
「ヒロ、今なんて言った……?」
「え? なんか変なこと言ったか?」
「うん。たぶんヒロの言い間違いで俺の聞き間違いだと思うけど、っていうかそうであると願ってやまないんだけど、今ヒロは俺のことを、学年最下位って――」
「ああ、それなら間違いない。今回の学年最下位はお前だからな」
「なっ……!」
思わず息を飲んだ。
学年最下位?! 俺が?!
今まで、ぎりぎりのラインで最下位だけは免れてたのに?!
「あれ、知らなかったのか? ついでに言うと、今回の補習対象者もお前だけだぞ。だから特別テストなんていう、例外中の例外が認められたんだ」
「な、なんで」
なんで俺が学年最下位なのか。
なんでヒロが俺のテストの順位を知っているのか。
ふたつの意味合いを込めて、問う。
この高校は進学に相当力を入れているが、テスト順位を廊下に貼り出すような凶行には及んでいないはずだ。それなのに、何故。
「あ、いや、僕も不可抗力で知ったんだよ」
「誰から……?」
「鈴木先生。お前に頼む予定のトーナメント表の話をしてたときに、『しかし古代君も大変ね。今回は遂に学年最下位確定みたいじゃない? 進路はどうするつもりなのか、春告君は知ってる?』って、うっかりな」
「鈴木先生……!」
俯き、両手で顔を覆った。普段からどこか抜けてるところがある先生だとは思っていたが、そこまでのうっかりをやらかす人だったとは……!
「バイトにばかり精を出すからそうなるんだ。自業自得だ馬鹿者。そんなことより、椎良」
「そんなことって言わないで……」
突如として突きつけられた学年最下位という名の重みに潰されそうだ。
「お前さ、近いうちに球技大会のトーナメント表を書きに生徒会室に行くだろ。生徒会が怪しいって言うんなら、偵察してこいよ」
「ごめん。今はとてもじゃないけど、偵察とかやれるほど心に余裕がない……」
そうか、そこまで惨憺たる結果だったのか。答案用紙返却時に、どの教科の先生も、なんだかやけに可哀想なものを見る目でテストを返してくるなあとは思ってはいたけれど……。そうか、あの目にはそういう意味があったのか。全然気がつかなかった。
「――駄目だよ、古代くん。偵察なんかしてる場合じゃないよ!」
と。
悲しみのあまり机に突っ伏していた俺の頭上から、かわいらしくも怒気を含んでいるらしい女子の声が降ってきた。聞き覚えのある、この声の主は――
「姫路さん?」
顔を上げて見てみると、そこには姫路水美さんが立っていた。
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