表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女の奇跡? それは毒ですが?  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/50

第48話

 雪が降り始める前の、晴れた冬の朝。


 王都ベルガリアの大聖堂の前に、王国中から人々が集まっていた。王家、貴族、各地の領主、近隣諸国の使節、さらに街の人々までが、列をなして見守っている。聖堂の前の大通りには、辺境伯軍の二百騎の儀仗隊が、漆黒と銀の隊列で並んでいた。


 聖堂の鐘が、鳴り響いた。


 純白の馬車が、聖堂の前に停まった。御者の手が扉を開けると、最初に降りてきたのは、礼装のモンフォール伯爵――父だった。


 父はしばし振り返り、馬車の中の娘に手を差し伸べた。



 アネットが、降りた。


 純白の絹のドレスは、街の女たちが何ヶ月もかけて縫い上げたもの。襟元には、グレタが贈った《白光の石》の胸飾りが、淡い光を放っている。髪には、母が手記に遺した婚礼の薬草の飾りが、丁寧に編み込まれていた。乾いた白い花、緑の細葉、銀の蕾。十年以上前、母が自身の婚礼で結ったのと同じ細工。


 観衆の間に、息を呑む音が、波のように広がった。


 追放された地味な娘は、もう、そこにはいなかった。けれど、華やかな貴族令嬢でもなかった。彼女はその日、ただ自分の生き方をすべてまとった一人の女として、聖堂への階段を上がっていった。


 父が腕を取った。アネットは父を見上げ、小さく頷いた。父の目には、隠しきれぬ涙が滲んでいた。



 移送の馬車が、聖堂の脇の街道を、ちょうど通りかかったのは、その時だった。


 判決執行のため、王都西の終身投獄施設へ運ばれていく、リリィの馬車だった。鉄格子の隙間から、麻の囚人衣の彼女の目が、聖堂前のアネットを、一瞬だけ捉えた。


 馬車は、止まらなかった。


 けれど、彼女の唇が、わずかに動いた。


「私は、あなたに、勝てなかったのね……」


 誰にも届かぬ呟きだった。馬車はそのまま、街道の彼方へと消えていった。


 観衆の中には、ヴィルフリートもいた。平民への降格こそしなかったが、もう貴族の正面席には呼ばれなかった。彼は遠くの人垣の後ろから、ただアネットを見つめていた。


 アネットは、一度も、その方角を見なかった。



 聖堂の正面の祭壇には、ガルシアが立っていた。


 漆黒の儀礼の鎧。胸には、辺境伯家の紋章。武人としての、最も誇りある装い。彼の赤い瞳が、聖堂の入口に現れたアネットを捉えた瞬間、その瞳の奥で、何かが、ふいに揺らいだ。


 近づいてくるアネットを、ガルシアは黙って見つめていた。


 言葉は、なかった。けれど互いに、長い物語のすべてが、視線の中で確かに分かち合われていた。


 祭壇の前で、父はアネットの手を、ガルシアの手に渡した。武人の太い指が、薬師の細い指を、優しく包んだ。


 大司教が、誓いの言葉を述べた。続いて、王自らが立ち上がった。



 王は、白髪の頭で、深く頷いた。


「ベルガリア王家は、ここに、ガルシア・ヴォルク辺境伯と、アネット・モンフォール嬢の結婚を祝福する。両家の繁栄を、王国の繁栄として祝わん」


 ベルガリア王家から、両家への正式な祝福。


 アネットとガルシアは、共に深く礼をした。続いて二人は、向かい合った。ガルシアの大きな手が、アネットのベールを、そっと持ち上げた。月光の屋上で交わした、不器用な口づけよりも、ずっとゆっくりと、けれど確かな口づけが、祭壇の前で交わされた。


 聖堂の鐘が、いっせいに鳴った。


 観衆が、大きな拍手で湧いた。儀仗隊が剣を抜き、空に向けて掲げた。鐘の音と拍手と剣の鞘音が、王都の冬の空に、長く長く、響き渡った。



 聖堂を出るとき、アネットの目に、見知った顔が幾つも映った。


 クラリッサが、王太子妃の正装で、目を真っ赤にして拍手していた。父は、堪えきれなくなった涙を、ハンカチで拭いていた。クラリッサの侍女頭マーサが、ベール越しに、そっと頭を下げていた。あの雨の日、店を訪れてくれた人だった。


 アネットは、すべての顔に、一つひとつ、礼を返した。


 ガルシアの手が、確かに、彼女の手を握っていた。


 冬の太陽が、二人の上に、柔らかく降り注いでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>「私は、あなたに、勝てなかったのね……」 このセリフでリリィ工作員の印象が一気に奇妙な珍獣になりました。工作員はプロフェッショナルの仕事人か、いいように利用されて自分のやったことの意味も影響もさっぱ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ