第47話
婚約発表からの数ヶ月は、目の回るような忙しさだった。
結婚式は、二度執り行われることになっていた。一度目は王都の王城で、王家立ち合いのもとでの正式な式典。二度目は、ヴォルクハイムに戻ってからの、街全体の祝宴。
王都の式典は、王太子直々の発案だった。一年前まで自身が追放を命じた娘の婚礼を、王家として最高の格式で祝う――それが、王家の側からの、最後の謝罪の形だった。
アネットは、辞退するわけにはいかなかった。
受けることが、王家への、自分の側からの和解だった。
王都には、父――モンフォール伯爵が、結婚式の準備総監として奔走していた。
彼は、ヴォルクハイムに何度か足を運び、娘とガルシアと、衣裳や式次第の細かな相談を重ねた。あるとき、城の作戦室で、父はアネットの手を取って、長く黙り込んだ。
「お父様?」
「いや、すまない」
父は、目元を拭った。
「母さんが、生きていたら、と。今頃、お前に着せる衣裳を、母さんと選んでいただろうな。私は、あの選択は、すべて母さんに任せきりだった」
「お父様」
「だが、母さんも、見ているだろう。お前が、ここまで来たことを」
アネットは、父の手を、両手で握り直した。父の手は、出陣の夜に握ったときよりも、ずっと、温かかった。
街の人々も、それぞれの形で、祝いの品を用意し始めていた。
冒険者ギルドからは、グレタの音頭で、辺境の山奥でしか採れぬ《白光の石》が贈られた。古来、辺境では婚姻の祝いに用いられる、淡く光る希少な石。アネットの胸飾りに、職人が丁寧に磨いて仕立てた。
街の女たちは、辺境の織物を持ち寄り、純白の婚礼衣裳を、皆で縫った。針を交代で握り、井戸端で笑い合いながら、何ヶ月もかけて仕上げた。
子供たちは、薬草園で乾燥させた花や葉を集め、自分たちで小さな花束を編んだ。「先生のお祝い」と、不揃いの大きさのものが、店先に毎日のように届けられた。
ジャンが、はにかみながら、自分が編んだ一束を差し出してきた。
「先生、これ、いちばん上手にできたから」
「ありがとう。式の日に、これを持って入りますよ」
約束に、ジャンは満面の笑顔を見せた。
アネットは、母の遺した《婚礼の薬草》を、自ら整えた。
母の手記には、婚礼の日に、花嫁が髪に飾る薬草の処方が、別冊で残されていた。代々モンフォール家の女たちが受け継いできた、古い慣わし。乾燥した白い花、緑の細葉、銀の蕾を組み合わせた、小さな飾りだった。
アネットは、店の奥の作業卓で、ろうそくの灯のもと、ひとつずつ丁寧に組んでいった。母が、自分の婚礼の日に同じものを組んでいた姿を、なんとなく思い出せる気がした。
花を編み終えたとき、アネットは目を伏せて、しばし手を止めた。
お母様、見ていてくださいますか。私は、自分の選んだ場所で、自分の選んだ人と、結ばれます。お母様の手記は、今もここで生きていて、私を、ここまで導いてくれました――。
ガルシアは、辺境伯軍の整備に、城で日々を費やしていた。
王都への凱旋には、辺境伯軍から二百騎の儀仗隊を引き連れる予定だった。一年余り前、街道で野盗を蹴散らした、たった一人の武人ではなく、王都に正式な格式で乗り込む辺境伯として。武具と隊列の最終確認に、彼は神経を注いでいた。
ある夕、城の作戦室で、ガルシアはアネットの肩を抱いて呟いた。
「中央への凱旋、になるな」
「ええ」
「お前を追放した街道を、お前と俺と、辺境伯軍で堂々と通る」
「不思議な、気分でございます」
「俺は、楽しみだ」
ガルシアの声は、低く、けれど機嫌の良さが滲んでいた。アネットも、小さく笑った。
季節は冬の入り口に差しかかっていた。式は、雪の降り始めぬうちに、と日取りが決まっていた。
すべての準備は、静かに、温かく、結晶していった。




