第44話
秋風が立ち始めた頃、王城で、特別査問の最終裁判が開かれた。
被告は、リリィ・グレイ――およびその「治癒」に進んで協力し、貴族間で彼女を持ち上げ続けていた中央貴族数名。法廷は王城の最高位の審判の間で、王自身が玉座に座り、王太子と高位貴族たちが両脇に居並んだ。
アネットは、辺境にいた。
法廷への出席を求める書状は届いていた。けれど彼女はそれを丁重に辞退し、代わりにヴォルクハイムの城で、王家から逐一送られてくる裁判の報告書を、受け取り続けていた。
彼女が見届けたいのは、判決の結果だった。法廷の喧噪ではない。
報告書は、簡潔に経過を伝えていた。
リリィは、自身の罪状をすべて認めた。帝国諜報部に育てられた事実、《静かなる毒》計画に三年従事した事実、十年前のアネットの母の死については関与を否認したが、自身の二代前の工作員の手であったとは認めた。
彼女は、死刑を覚悟していた。
最後の供述で、彼女は淡々と告げたという。「私は、命をもって償うべき身です。早々に処断くださいませ」。
法廷が、その言葉でざわめいた。被告自身が、最も簡単な道を望んだ。けれど、王の判決は、彼女の予想と、誰の予想とも、違っていた。
《リリィ・グレイ。汝の罪は、王国の中枢を毒し、十数年にわたって国家の存立を危うくしたものである。死罪に値する。されど王家は、汝に対し、終身投獄の刑を宣告する》
報告書を読みながら、アネットは、わずかに目を見開いた。
《死は、汝にとって救いとなろう。短時間で苦痛を断ち、汝はこれまでの罪から逃れる。それを王家は赦さぬ。汝は、長き人生をかけて、自身の罪が引き起こした結果を、書面と報告書で読み続けよ。汝が毒した家々がどう立ち直ったか、汝が殺そうとした母君のおられた家が、いまどう生きているか――その全てを、汝の生涯の終わりまで、知らせ続ける》
《それが、汝への、王家の罰である》
法廷で、リリィの肩が、初めて崩れたという。彼女は崩れ落ちて泣き、けれど王はそれを最後まで顧みなかった。
ヴィルフリート・ベルクマンの判決も、続けて報告書に記されていた。
彼は、リリィに陶酔して婚約者であったアネットの冤罪に積極的に加担した責任、後にリリィの異常を察知しながら長く沈黙し続けた責任、そして母を含めた一族と中央貴族の弱体化を放置した責任を問われた。
判決は、ベルクマン侯爵家からの廃嫡。
貴族籍は剥奪されず、平民への降格までは至らなかったが、家督継承権を完全に失い、爵位を弟に譲ることが命じられた。生涯にわたって、政治的な役職への就任は禁じられた。
ベルクマン侯爵夫人――彼の母は、回復後、自ら王家に廃嫡を願い出ていたという。「あの子のしたことを、母として最後まで償わせとうございます」と、震える声で告げたと聞いた。
厳しい母だった。けれど、それが彼女なりの愛情の形だった。
報告書を読み終えたアネットは、静かに、それを母の手記の隣に置いた。
窓の外では、城の薬草園で、子供たちが秋の薬草を摘んでいる声が聞こえる。アネットはしばし、その声に耳を澄ませた。
「ガルシア様」
執務室の隣の部屋で書類を読んでいたガルシアに、声をかけた。
「うむ」
「リリィの判決、終身投獄でした」
「死罪ではなくか」
「王陛下のお言葉が、こう書いてあります。『死は救いだ』」
ガルシアが、書類を置く音がした。彼が部屋に入ってきて、アネットの隣に立った。
「それは、お前の母上の仇への、王の答えとしては、十分か」
アネットは、しばし考えた。
「十分です」
彼女は、頷いた。
「死は、終わりです。終身投獄は、続きです。母を奪った者には、続きを背負ってもらいます」
ガルシアは、深く頷き、アネットの肩に、そっと手を置いた。
窓の外、子供たちの笑い声が、秋の風に乗って、ふたりの間に流れてきた。




