表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女の奇跡? それは毒ですが?  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/50

第26話

 ベルクマン侯爵邸の冬は、寒かった。


 例年なら大広間に煌々と灯りを入れ、客を迎え入れる時季だった。けれど今年の冬は、屋敷のほとんどが閉じられ、灯りが入っているのは、侯爵夫人の寝室と、ヴィルフリートの自室だけだった。


 夫人の意識は、二日前にようやく戻った。だが、起き上がることはできなかった。


 ヴィルフリートは、母を見舞うために、寝台を抜け出していた。自分の体調も、決して良いとはいえない。けれど母の枕元に座ることだけは、毎日欠かしたくなかった。


 その日も、彼は寝衣に上着を羽織り、廊下を歩いていた。母の寝室まで、あと数歩。


 その数歩を、踏み切れなかった。



 視界が、ふいに大きく揺れた。


 壁が斜めに傾き、足元の絨毯の柄が二重に見え、耳の奥で水音のような響きが鳴った。手すりに掴まろうとしたが、手は宙を空切り、ヴィルフリートは廊下にどっと膝をついた。


「ヴィル坊ちゃま!」


 駆け寄った侍女の声が、遠くで聞こえた。屈強な男が抱え起こし、寝室へ運び戻されたが、ヴィルフリートはその間ずっと、自分の体の中の何かが、底へ底へと落ちていく感覚に苛まれていた。


 寝かせられた寝台の上で、彼は天井を見つめた。


 母も、自分も、リリィの「光魔法」を、誰よりも近くで受け続けてきた。それは、神の御力をいちばん多く分け与えていただいたからだと、信じてきた。けれど今、母は意識を失い、自分は廊下で倒れた。神の御力を、最も多く受けた者が、最も病んでいる――この事実は、何を意味するのか。


 頭の隅で、追放された娘の声が、蘇った。


「王都には、確かに毒が満ちております」


 あの夜会で、深く一礼して告げた、静かな声だった。



 翌朝、王城の貴賓室では、王太子が膝を抱えていた。


 ヴィルフリート卿が廊下で倒れた、との報せが届いた直後だった。社交界の中核を担う家の者が、また一人。王太子は震える指で書状を握り、もう一方の手で頭を押さえた。


 扉が開き、リリィが飛び込んできた。


「殿下、ヴィルフリート様の御容態を、お聞きいたしました。私が、すぐに参ります」


「リリィ……お前の魔力は、もう」


「いいえ、参ります。ご親しいヴィルフリート様を、見過ごせません」


 リリィは、王太子に、これまでになく強い目で告げた。芝居がかった涙はなかった。代わりに、追い詰められた者の必死さがあった。彼女自身も、もう、どこまでが計画でどこまでが本気か、分からなくなりかけていた。


 その様子を、貴賓室の隅から、王太子の侍従長が、長く見ていた。


 老臣は、その夜、王の私室を訪ねた。



 王の前で、侍従長は深く頭を下げた。


「陛下。リリィ嬢のことにつき、お耳に入れたき儀がございます」


 王は、暖炉の前の椅子で、ぶどう酒を傾けていた。最近は咳が出て眠れぬ日が続いていた。


「申せ」


「リリィ嬢の『治癒』を最も多く受けた者から順に、倒れております。これは偶然とは、申せませぬ。臣にて密かに過去をお調べになるお許しを、賜りたく」


 王は、しばし黙していた。


 リリィは、王太子が選んだ娘だった。王太子の名誉と、王家の威光が、リリィに紐付いている。安易に調査を命じれば、王家自体に傷がつく。


 けれど、貴族たちが次々と倒れている事実は、もう無視できなかった。


「許す」


 王は、短く告げた。


「ただし、極秘で行え。万一のときは、一族郎党、お前の独断にしてもらう」


「お命令、ありがたく承ります」


 侍従長は、深く礼をした。


 翌朝から、王城の影で、密やかな調査が始まった。リリィの「グレイ男爵家養女」以前の経歴を、辿る作業――追えど追えど、その先には、何もなかった。空白だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ