表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女の奇跡? それは毒ですが?  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/50

第24話

 使者の馬車が街道の向こうに消えた、その日の夕刻。


 城の執務室で、ガルシアは羽根ペンを取った。卓の上には、王家の紋章入りの巻物。ガルシアは紋章をしばし眺め、苦笑にも似た息を漏らしてから、白い羊皮紙に向き合った。


「俺は文を書くのが下手でな」


 卓の脇に控えていたアネットに、ガルシアは肩越しに告げた。アネットは、城の薬庫の整理を頼まれて、ちょうど執務室を通りがかったところだった。


「お手伝い、いたしましょうか」


「いや、これは俺が書く。お前のことを、俺の言葉で書く」


 ガルシアはペンを動かし始めた。


 ヴォルクハイム辺境伯領は、王命に対する書面の返答に、慎重を期す慣習があった。誤りや言葉足らずがあれば、後日、王家に揚げ足を取られる。ガルシアは普段、書記官に下書きを任せる。けれど今日は、誰の手も介さなかった。



 文面は短かった。


 《王家ヘ謹白――アネット・モンフォール殿は、当辺境伯領の正規の薬師として登録され、領主の保護下にある。連行の命に応ずる権限は、領主の承認なくして発しない。書状の理由が不分明なため、当方はこれを退ける。当領は王国の礎であり、王命を軽んずる意は毛頭ない。されど、当領の人事に関しては、領主の自治を尊重されたい》


 ガルシアは羊皮紙を読み返し、ふん、と鼻を鳴らした。


「これでよいか」


 アネットは、覗き込んだ文面をしばし見ていた。


 短いけれど、毅然としていた。「アネット殿」と尊称が用いられ、「当領で保護している」と明言され、「連行の命に応ずる権限は、領主の承認なくして発しない」と一線が引かれていた。一年前、何の弁護も受けられなかった娘に、こんな言葉を、領主の名で書いてくださる。


 目に、また熱いものが浮かんだ。


「……ご迷惑を、おかけしてしまって」


 声が、湿った。


「申し訳ございません」


「迷惑」


 ガルシアは、ペンを置いた。


「迷惑だと思ったことは、一度もない」


 短く、けれど一切の含みのない声だった。アネットは口を結び、深く頭を下げた。何度も頷くしかなかった。涙を見られるのが、急に恥ずかしかった。



 ガルシアは、書記官を呼んで蝋封を頼み、王家への急便に発たせた。書記官が退室したあと、執務室には二人だけが残った。


 窓の外で、夕暮れの鐘が鳴った。


「庭を歩こう」


 ガルシアが、ぽつりと言った。


 城の中庭は、薬草園を兼ねていた。アネットがこの城に詰めるようになってから、城の使用人たちと共に整えた区画だった。歩きながら、ガルシアは薬草の名をひとつひとつ尋ね、アネットは一本ずつ説明した。


「これは沈痛草、こちらは止血の解毒花。あの隅は、火竜草」


「俺を救った草か」


「はい」


 ガルシアは火竜草の前に屈み、葉を一枚そっと撫でた。


「妙な気分だな。自分を救った草が、自分の城の庭に植わっている」


「お代を、お納めいたしましょうか」


「冗談で言ったんだ」


 二人は同時に、小さく笑った。


 城門の方から、街の方角の喧騒が、遠く聞こえてきた。今日は街の祭の前夜らしく、灯りがいつもより多く灯っていた。グレタが冒険者たちと祝杯を上げているのだろう。連行使者を追い返した日として、街は誇らしげに、そして陽気だった。



「街の連中、お前のことを『うちのアネット』と呼んでいたな」


 ガルシアが、ぽつりと言った。


「私も、街の方々を、いつのまにか『うちの街の』と呼ぶようになっています」


「それでいい」


 ガルシアは、空を見上げた。秋の星が、宵闇に輝き始めていた。


「お前はもう、中央の人間ではない。俺の領地の人間だ」


 アネットは、空を見上げるガルシアの横顔を、長く見ていた。


 その横顔の、頬の輪郭の、首筋の鱗の光り方の、一つ一つを、なぜか目に焼きつけたくなった。胸の奥で何かが、静かに、けれど確かに、温度を上げていた。


 夕風が、薬草園を撫でていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ