第23話
朝の街道を、王家の紋章を掲げた一団が、ヴォルクハイムへと近づいてきた。
六頭立ての馬車に、護衛の騎士十騎、王家直属の侍従と書記官。地方領主の屋敷に派遣する規模としては、過剰だった。商人や旅人が街道脇に身を寄せ、不安げにその一団を見送る。
ヴォルクハイムの街門を抜けたとき、街の空気がにわかに緊張した。冒険者ギルドからグレタが飛び出してきて、馬車を見るなり眉根を寄せ、すぐに城へと走り使いを送った。一団の先頭を行く侍従は、それを横目で見ながら、構わず馬車を進めた。
馬車は、薬草と治療の看板を掲げた、アネットの店の前で止まった。
扉が開いた。
最初に降りてきた侍従が、店内の床に立って、巻物を広げた。
「アネット・モンフォール。王家の名において、これより貴殿を王都に連行する。一年前の毒物混入の件につき、再吟味の必要が生じた。同意は不要、即時の出立を命ずる」
淡々とした声だった。けれど内容は、平静ではいられないものだった。
アネットは前掛けを締め直し、深く息を吸ってから、静かに侍従の前に立った。
「再吟味、と仰いますか」
「そうだ」
「されど、私は王都への出入りを禁じられた身でございます。お命令とはいえ、王命違反になりはしませんか」
侍従の眉が、一瞬だけ動いた。アネットの落ち着いた問いに、想定の台本が、わずかに揺らいだらしい。それでも侍従は、声色を整え直して告げた。
「王命にて、出入り禁の処分を一時解く。連行のための、特例である」
「左様でございますか」
アネットは、頭を下げた。承諾の意とも、辞退の意とも取れる動作だった。
そのとき、店の外で、人だかりの気配が膨らみはじめた。
冒険者たちだった。
グレタが先頭で、二十人ほどの男女が、剣や斧を腰に下げて、馬車の周囲を半円に取り囲んでいた。皆、表情は険しく、しかし手は柄に置いただけで、抜いてはいない。グレタが一歩前に出て、低く声を張った。
「うちの薬師を、どこへ連れていく気だい?」
「ギルド長殿、退かれよ。これは王家の正式な命令である」
「うちのアネットは、辺境伯領の公式薬師だ。連行するなら、ガルシア様の許可がいる」
「下がれと申しておる!」
侍従が声を荒らげた。冒険者たちが、いっせいに半歩、馬車に近づいた。手は柄にかかったままだった。
空気が、張り詰めた。
その緊張を、低い、地鳴りのような声が、いっぺんに押し戻した。
「俺の許可だな」
漆黒の鎧が、街路の向こうから歩いてきた。
ガルシア・ヴォルクは、護衛も連れず、たった一人で歩いてきた。冒険者たちが道を開け、彼は馬車の前まで進み出ると、侍従を上から見下ろした。
「アネットは、俺の領地の人間だ。連行するなら、俺の許可がいる。俺はそれを、出さん」
「閣下、これは王命でございます」
「王命は、辺境伯領にも届く。だが届いた王命に、俺がどう答えるかは、俺の領主としての判断だ」
ガルシアは、巻物を一瞥した。
「再吟味の理由が、書かれておらん。具体的な嫌疑も、新たな証拠も、何もない。これでは王家の正式な命令とは、認めがたい。書状は預かる。ヴォルクハイム辺境伯ガルシア・ヴォルクの名で、後日、王家へ書面で返答する」
「閣下、それは……」
「お引き取り願おう。日が暮れる前に、街を出ろ」
侍従は、震える手で巻物を巻き直した。冒険者たちの輪は、馬車を一寸も通さず、街門の外まで道を開けただけだった。
馬車が街道の彼方に消えるまで、ガルシアは扉の前に立ち続けていた。アネットは深く頭を下げ、ただ「ありがとうございます」と、それだけを告げた。




