第12話
その日、扉が叩かれたのではなく、蹴破られかけた。
昼下がり、店の奥で薬研を挽いていたアネットは、土間に響く重い足音と、男たちの怒号で顔を上げた。荒々しく担ぎ込まれてきたのは、血に染まった革鎧の若い男だった。担いでいるのは三人の冒険者。先頭で道を空けさせていたのが、白髪混じりの髪を一つに結わえた、大柄な中年の女だった。
「薬師! あんたが噂の中央娘か!」
女は腰に手を当て、店を見渡してから、まっすぐにアネットを見据えた。背丈は男並み、肩幅も男並み、声は大砲のようだった。
「冒険者ギルドのグレタだ。こいつは魔の森で毒矢を喰らった。中央じゃ生かせると言われた腕の薬師がいるってんで、運んできた。腕を見せてもらうよ」
アネットは一瞬で立ち上がり、長椅子の上の薬瓶を払い落として場所を空けた。
「こちらへ。横にしてください」
返事を待たなかった。冒険者たちは慣れた手つきで仲間を寝かせ、グレタは腕を組んで、見物の構えで壁にもたれた。挑むような目だった。試されている。
承知の上だ。
負傷者は、十八か十九ほどの少年だった。
顔は紙のように白く、唇は青ざめ、肩口に深く矢が刺さっている。すでに矢は折られていたが、鏃は残ったままだった。傷口の周囲は、毒に焼かれて黒ずみ、放射状の青い痣がじわじわと胸の方へ伸びていた。
「呼吸が浅い……毒の周りが思ったより速い」
アネットは少年の脈を取り、瞼を引き上げて瞳孔を確かめた。それから傷口に鼻を近づけ、わずかに残る薬品めいた苦い匂いを嗅ぎ取る。
「魔物の毒、合っていますね。腐死獣の類でしょうか」
「ほう」
壁際で、グレタの片眉が上がった。
「中央の薬師は、大体ここで匙を投げる。腐死獣の毒は治癒魔法でも消せん。中央じゃ手の出しようがない」
「ええ、消せません。中和、しなければ」
アネットは奥の棚に駆け寄り、特定の小瓶を三つ、迷いなく抜き出した。母の手記にあった、腐死獣毒に対する処方。中央の医師たちが扱わないのは、手順が煩雑で、原料が辺境の山中にしか自生しないからだ。
ナイフを煮沸し、傷口に酒精を注ぐ。少年が呻いた。鏃を、慎重に、組織を裂かぬよう少しずつ抜く。引き抜いた瞬間、暗紫色の血と毒が一気に噴き出した。
アネットは怯まなかった。瓶の中身を直接、傷口に注ぐ。煙が立ち、毒の色が薄まっていく。続けて二本目、三本目。最後に、解毒花を煎じた液を少年の口に流し込んだ。
黒ずみが、ゆっくりと退いていく。
四半時ほど経って、少年の顔色に、わずかに赤みが戻った。
呼吸が安定し、青ざめた唇が血の色を取り戻す。胸の青痣も、薄く溶けていった。アネットは布で額の汗を拭い、長く息をついた。
「峠は越しました。あとは三日、よく眠らせてあげてください」
しんとした店の中で、最初に動いたのはグレタだった。
彼女はアネットの肩を、力いっぱい叩いた。痛かった。
「合格だよ、お嬢さん!」
豪快な笑い声が、店中に響く。
「あんた、ギルド御用達にしてやる。明日からうちの傷だらけのろくでなしどもが、続々来るからね。覚悟しておきな」
「あ、あの……それは……」
「腕がいい薬師は、辺境じゃ命綱だ。あんたの噂、今夜中に街中に流す。代金は、あたしのギルドが保証する。文句あるかい?」
アネットは、目を瞬いた。
答えるより先に、グレタはもう次の指示を仲間に飛ばし始めていた。少年を運び出し、扉を開け放ち、外の街路に向かって、笑い混じりに何かを叫んだ。
その夜から、アネットの店の前に、灯りが灯る時間が、ずっと長くなった。




