46話 緊急調査
迷宮内実習の終了後、三回生に留まらず学園内の生徒は全て帰宅するよう指示された。
なにやら慌ただしい雰囲気に、なにかが起こった事を察する者は多かったが、詳細までは分からず好き勝手な憶測が飛び交っている状況だ。
生徒がいなくなった迷宮の中、二人の人間の姿があった。
一人は六回生の主任であるダリ・ゼルぺダス。もう一人は第四騎士団騎士団長のルメオ・デルトリアである。
「お久しぶりですゼルぺダス卿。お変わりないようで安心しました」
「君は随分と逞しくなりましたね。私が騎士団に居た頃はまだ・・・・・・おっと、昔話をする高齢者は嫌われてしまいますね」
「ははっ、あなたの話なら誰も嫌がりませんよ」
軽く会話を交えながら彼らがこなすのは、悪魔に関する調査だ。
下級悪魔を倒したハーメスが、既存の生物との違いと、現場で対峙した生徒たちの発現からまずゼルぺダスに連絡。
連絡を受けた彼は、早急に実習の終了と迷宮内に人が寄り付かないように入り口の閉鎖を指示した。
悪魔に関する情報は全てが機密事項。
王宮へは内密に連絡を送り、そこから辿って第四騎士団のデルトリアが足を運んで調査に赴いている。
「悪魔と対峙した生徒がいると聞きましたが、大丈夫ですか?」
「ええ、特に大きな怪我もありませんでした。情報という意味でも、流布しないように既に話し合いを行いましたから」
情報を制限する理由。
認識される事で、存在が強化される悪魔の存在である。
今でこそ悪魔の存在すら不確かなものと思われる程希薄になっているが、国の禁書庫にはしっかりと明記されている。中でも、他者に認識される事で強くなったという悪魔の話は、多くの禁書に見られた。
それらの悪魔を倒した方法も記されているものの、実際に行動に移すのは難しいもので、『存在を認識した者達の死』である。史実では、悪魔が見境なく斬殺を繰り返して起こった事とされている話だが、認識した者の数を減らす事で悪魔が弱体化することになったという。
悪魔のミスに助けられた形だが、これを学習した場合は末恐ろしい。
人間を家畜化、抵抗させないようにして数だけ増やすという手段を行った場合、悪魔の強さは青天井だ。
全ての悪魔がこのような性質を持っている訳ではない。
むしろ、非常に数は少ないとのことだが、こういう性質を持っている者に限って性格が残忍な者が多いとの記録がなされていた。
代々王家と一部の者にしか伝えられていない話だ。
「それは良かった。ただ、情報の制限も厳しくなってくるかもしれませんね」
「なにやらよからぬ宗教者達が動き出しているとか」
「流石、耳がお早い」
今までの歴史を振り返り、悪魔教が掲げるような教理がどれだけ異常であるか。
どこからか悪魔を呼び込もうとする彼らの動きを止めるのは、必須。
ただ、着実に力を付け始めていることが明確になりはじめ、内情を知る者は危機感を高め始めている。
悪魔教が活発化するに比例して、情報の規制にも限界が訪れる事は容易に想像ができるものであり、悪魔を認識しないようにという意味でも非常に厄介な膿のような存在と言えるだろう。
「こそこそしているもぐらのような連中で中々尻尾が掴めません」
「私も苦労させられました。末端を容易に切り捨てる者達です。どれだけ焚きつけても、上まで届かなければ厳しいでしょうね」
「可能であればゼルぺダス卿にもご助力頂きたいものですが」
「学園に関わるのであれば勿論手は貸しますよ。厳重な警備を突破して入ってきたのであれば、生徒を守るものとして傍観していられませんしね・・・・・・」
そう言いながら、ゼルぺダスは眼下にある悪魔の死体へと視線を向ける。
「こんなものが堂々と学園内に出現したというのは由々しき事態だ。今回犠牲者が出なかったのは運が良かっただけでしょう」
「おそらく悪魔の中でも下級でしょうけど、星四ぐらいの地力があったとは聞いています。しかも途中で変異か、もしくは進化のような現象まで見られたとか」
「そうなると遺体は研究所に送るべきか悩みますね。研究中にまた復活するような事態になれば対応ができないでしょう。ここで消しておくのが無難かもしれません。その判断は君に任せましょう」
「・・・・・・消しておきましょう。後で厄介な火種になる前に」
悪魔の情報は重要である。
しかし、それ以上に存在するだけで扱いに困る代物でもあった。
後々他からの非難の声も想定できたが、それを甘んじて飲み込むことを覚悟し、デルトリアは悪魔の遺体を消滅させることを決める。
懐の剣に手を掛け、ゆっくりと鞘から抜き、横薙ぎに空間をなぞった。
一陣の風が吹き、気付けば悪魔の遺体は無数の閃によって縦横に切り刻まれる。
その一片全てに至るまで、再生できないと考えられる程に分解された遺体は、灰が風に乗って揺蕩うように消えていった。
「後は敵の侵入経路を把握しておきたいですね」
ゼルぺダスが周囲に視線を巡らせ、迷うことなく迷宮内の移動を始める。
その確信を持った移動は彼の特殊な瞳の力がなせる技であり、そのことを知っているデルトリアも疑う事なく後を付いていく。
迷宮の下層。
奥まった場所で一度二人は足を止めた。
「ここから悪魔の痕跡が始まっていますね。それに、突然二人組の魔力の反応が見られます」
「突然ということは、まさか転移ですか?」
「可能性は高いでしょう。まさか学園長が手を貸した訳はないでしょうから、相手の方になんらかの移動手段があるとみて間違いないかと」
転移系の魔道具、アーティファクトは非常に希少だ。
一瞬にして移動できるという性質が故、回数に制限を設けているものでさえ管理が厳しい。
例外として、自身で製作が可能な人物であれば制限は存在しない。
そして学園長もその一人である。学園長が自ら招き入れたなら潜入も非常に容易な話だ。
が、生徒大好き! 邪魔する奴ぶっ飛ばす! との信条で暴れることのある人間としても有名であり、危害を加えるような悪魔教と繋がっている可能性は非常に薄いものであった。
「まだ潜んでいるかもしれません。戦闘の準備を」
「ええ」
まだ残る二人組の魔力の残滓を追って、迷宮を移動する。
経路はなるべく人に見つからないように死角となる場所を転々としており、痕跡はほとんど残っていない。どうにも手慣れている様子が見受けられ、ただの末端員ではない可能性が上がる。
そうして辿り着いた先で、予想だにしない光景が広がっていた。
かなり派手な戦闘があったとみられる空間。
切り裂かれた地面、陥没した壁。
そして、二体の死体。
「っ?!・・・・・・これは」
「魔力が変質しているようですが、死んでいるのはおそらく悪魔教の侵入者ですね」
それぞれの死体を確認し、ゼルぺダスがそう判断する。
戦闘経験の深い二人は、戦いの痕跡からどのような戦闘が繰り広げられたのかをそれぞれが想像しながら周囲を観察する。
「こいつらが対峙した相手は殆ど魔法を使ってませんね」
「ええ、それぞれの死因を見るに、仲間内での被弾を狙ったものと、最後の攻撃ぐらいでしょうか」
情報を抜き取れなかったのは残念ではあるが、悪魔教の人間が倒されていたのならそれでいい。
問題は、誰がこれをやったのかが分からないことである。
第三者が介入した事で、王国にとっての利となるか否かの判断がつかない状況になってしまった。
(それと、死体から物を漁っている形跡もある。仲間内での裏切りの可能性も十分に考えられる。・・・・・・これは?)
死体を確認する中で、一枚の紙を見つける。
小さく、短冊のような大きさしかないそれには、どこかの場所の名前が記載されていた。
それだけならメモかなにかかと判断して終わるが、ゼルぺダスの目にははっきりと文字に魔力が込められていることが分かる。
どのような力が働くか不明であるため迂闊に手を出せないが、重要な証拠品の一つの確保に成功した。
一方で、デルトリアは壁にめりこんだ状態で死んでいる死体を確認していた。
判断できるのは、彼の知らない魔法で殺されたのであろうこと。
もう一つは、倒した存在は徒手で応戦していたであろうことだった。
「拳の跡、か・・・・・・」
陥没した壁にめり込んで、はっきりと形を残している人間の拳。
デルトリアは頭の片隅で、直近に出会った人物が脳裏を過ったが、悪魔教の二人の実力を推し量って、あり得ない話だと考えから消した。
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