42話 迷宮実習(2)
「カレンちゃん!」
アリスの声、後方の彼女の位置を考えつつ右横へと踏み込んで場所を空ける。
射線の確保。見通しが良くなったそこに、詠唱の終わったアリスの魔法である土属性の槍が飛翔し、対峙していた生物を穿った。
(少し慣れてきたかな)
もう十戦近くの戦闘になる。
回数を重ねるごとに、自分の立ち回りと班員の動きも分かって来て、どんどん効率がよくなってきているのを実感する。成長を実感できる場と言うのは、非常に気分が高揚する。引っ込み思案のアリスが嬉しさで少し得意気な表情を浮かべる程。可愛いから頬をぷにぷにしておこう。
かく言う私も少し足取りが軽くなっている気がする。
「そろそろ戻った方がいいと思う」
倒した生物の部位を回収した段階で、そろそろ引き返すべきだと提案する。
「何故だ? まだ疲労もそこまで溜まっていないとおもうが」
この班の実質的リーダーはヘレンだ。
班内での実力はほぼ均一だと言っていい中で、最も格の高い存在が努めるのが無難だった。
「引き返す際にも戦闘はあります。初めて組んだ班で、疲労が溜まるまで戦うのは危険だと思います」
ヘレンの疑問にそう返す。
迷宮に入って数時間。確かに私達の体力には余裕がある。最も動いている男子組も息が上がっていないからもう少し深い部分にもいけるかもしれないが、一種の興奮状態になっていて疲れが見えにくい可能性もある。
加えて、迷宮での戦闘はユーリ以外は初めてだ。
ペース配分がまだ分からない。
「うむ・・・・・・」
ヘレンは少し思案する様子を見せる。
私の意見にも理解を示す一方で、彼の中ではもう少しと考えるのは、おそらく討伐した生物の等級が引っかかっている。
現在までに討伐できた最高等級は星二。
しかも星二の中でも下位に分類される生物。この班でなら、星三も狙えることを考えると、ならばと私でも上を狙いたくなる。だけど、ここで誰かが意見しないと引き返せなく怖さも感じていた。
決断に悩みがあるヘレンは、一度周囲の班員を見渡す。
「俺も引き返した方がいいと思うっす。迷宮内での数は分からんすけど、結構狩れてるし無理に進む必要はないんじゃないすかね?」
「私も同じ、です・・・・・・!」
「怪我をする危険は避けるべきでしょウ」
どうやら他の班員も意見が定まっているらしい。
ならば無理に進んでもいい動きはできないだろうと踏んだのか、一つ頷くと「引き返そう」とヘレンも最終判断をした。
一度通ってきた道の為、帰りは幾分か心に余裕ができている。
ちょっとした軽い会話も交えて、帰路を間違いの内容に歩く。
「初めは凄く緊張したけど、皆がいて良かった~」
「こら、まだ終わってないから気は抜かない」
「あいたっ、えへへ、ごめんなさい」
横合いから出てくる生物にもある程度慣れてきた。通って来た道だからか、来た時よりも生物の数も少ないことも関係していそうだ。この迷宮の生物はあまり自分のテリトリーから大きく動く訳ではないのかもしれない。
「・・・・・・空気が、湿ってないか・・・・・・?」
唐突に、先頭を進むユーリがぽつりと違和感を口にした。
確信がないような些細な違和感を抱いたような口ぶり。言われてようやく、私もうっすらと空気に湿り気が帯びている感覚を感じ取る。
なんだか迷宮内の温度が二、三度上がったような体感。
三回生全員が迷宮に入っていることを考えれば、使用されている魔法の影響なのかもしれない。
「誰かが近くで強い魔法を行使したのかもしれないな」
「まあそうっすよね。ただ、なんか嫌な感覚が――」
曲がり角を越えたタイミング、洞窟内で少し広い空間が先にあるそこで、ユーリは足を止めた。
最後方からだと少し見にくいが、討伐指定がいるのだろう。
人の形ではないシルエットが見えた。
(蛙? でも二足歩行している生物なんていたっけ?)
よくよく見れば衣服も着用している。
ただ、ゴブリンが着るようなぼろ布でも、オークが身に着ける獣をなめしたものでもない。
上等な黒い燕尾服だ。
一瞬強奪したものかと思ったが、それならあの体格にぴったり合うだろうかという疑問が脳裏をよぎった。
異質な様相、悪意好意関係なく、初めて見た存在に全員が警戒した。
気のゆるみはなかったはずだった。いや、なかったからこそだろう。――ヘレンが即死しなかったのは。
魔法の発現。蛙の傍に現れる水球。
反応するよりも早く放たれたそれに直撃したヘレンが私のいる場所を越えて後方へと吹き飛び、勢いのまま壁に激突した。
四秒に満たない間の出来事だった。
◇
(カレンとユーリの二人がいるなら想像以上に進行は早いだろうな。・・・・・・とすると、そろそろ悪魔に会ってる頃か?)
懐中時計で時間を確認しながら迷宮内にいるであろう災難組を想像する。
この迷宮には悪魔教の人間がもぐり込んでおり、下級悪魔が既に召喚されているはずだ。
今回潜り込んだ悪魔教の最大目標は――聖女候補であるエステルの殺害。
物理と魔法に大きな耐性を持つ悪魔だが、唯一光魔法だけは悪魔の耐性を無視して攻撃を与える事ができる。
悪魔を降臨、または悪魔の力を手に入れようとしている奴等にとっては邪魔な存在ということだ。
「おいっ! ここは迷宮だぞ、なにを呆けてるんだっ!」
怒声で現実に戻される。
声のした方を見やれば、がたいのいいゴランが顔をしかめさせていた。
「既に迷宮の下層に来ている。出てくる生物も強くなっているんだ! 周囲の警戒ぐらいしたらどうなんだ!」
「しているさ」
既に俺達の班も下層に足を踏み入れている。
と言っても主人公達と合流する確率は低く、理由としては迷宮内が複雑に入り組んだ蟻の巣のような形状をしているからだ。
「ッ・・・・・・こんの?!」
「まあまあ、落ち着くんだゴラン。迷宮と言ってもここはそこまで強い生物が出てくる場所でもない」
ゴランを第二王子が諫める。
言葉を発してはいないが、もう一人のタリュカからも鋭い視線が飛んできている。
まあ俺が周囲の警戒をしていないように見えるのも仕方ない。実際にはそれ程丁寧にしている訳でもないから完全な的外れでもないしな。
ここの生物は自身の行動範囲にマーキングするようなものが多く、その跡があるかどうかだけを確認している。
それ以外は、基本的に後ろで待機しているのが現状。
できるだけ魔力を温存したい現状、魔法での応戦も控えたいというのも俺の主張で、班員からすれば間違いなく足を引っ張っている人間には違いなかった。
「なあに、僕達の知らない魔法を使っているとも考えられるからね。魔法士の魔法を無理に聞こうとするほど野暮じゃない。ただ、クリスが不意を突かれた時に対応が遅れるかもしれない事は分かってくれよ? 全員自分の仕事で手一杯だからね」
「もちろんです。」
ゴランの主張を肯定も否定もせず、同時に俺に釘を刺して、第二王子はまた飄々と先に進む。
元の世界なら、仕事仲間として協力したいと思える円滑性だ。見目も整っているから受けもよさそうと思うのは若干不純だろうか。
スペックは高いのに、地位がしがらみになっていて生きずらそうだと思うのも、他人事で、大人からの目線が混じった余計な考えなのだろう。
更に進んだ後、一度休憩のタイミングに入る。
(動くか・・・・・・)
懐中時計で時間を確認し、俺はその場から離れるタイミングであると判断した。
少し場所を離れることを伝え、なんとなくお手洗いだろうと想像した第二王子から、あまり遠くまでいかないようにとだけ言われる。
集団のから離れ、姿が隠れたタイミングで、身体強化魔法を使用する。
「しっ・・・・・・!」
迷宮内を高速で移動し、進行方向で応戦態勢に入った討伐推奨生物の頭部を破壊しながら最短距離で目的地へと進む。
タイムリミットは、用を足す時間として不信感を抱かせない範囲だ。
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