43話 迷宮実習(3)
迷宮実習が始まり数時間。
既に下層に到達している班は幾つかある中で、その一つ。
女性生徒がリーダーを務める班。
「素晴らしい動きだ! パメラよ、卒業後は私の部下とならんか?」
「身に余るお話ですが、お受けすることはできません」
「おやフラれてしまったか。悩む素振りもあまりなかったが・・・・・・ああ、フィッツジェラルドか」
「はい、レオナ様を支えたいと思っております」
「そうかそうか。先約があったのなら仕方ない。まぁ? フィッツジェラルドを抱え込めば自ずとお前も、他の優秀な者も全員が私のものだからな! はぁ~はっはっは!!」
女子生徒の名は、ルナ・ロザリエ。
ロザリエ王国の第三王女である。
第二王子のフェリクスとは異母兄弟にあたる。
ルナは第一王妃の子であり、フェリクスは第二王妃の子だ。
二人の関係は可もなく不可もなく。
そも、フェリクスが積極的に他の王族と関わろうとしないため、一歩引いたような距離が縮まらない。
彼女の性格は奔放。
やりたいことをやりたいままに、様々なことに手を出す姿がよくみられる。
一見優柔不断のようにも見えるが、その実能力は非常に優秀で、あらゆる分野で結果を残す天才肌でもある。
能力の高さから女王としての姿を望むものもいる。
ルナ本人は、民の生活よりも自身の我欲を優先する傾向が強いと自身を考えており、継承争いには興味がない。
「さて、そろそろ戻ってもいいかもしれんな?」
星三討伐推奨生物を討伐したルナはそう呟く。
ちらりと班員を確認する。全員がまだ体力が残っていて、肩で息をするような者はいない。
(う~む、優秀! 全員欲しいなぁ、駄目かなぁ?)
優秀な部下が増えると言うことは、手を出せる分野の幅が増える事に等しい。
我欲に溢れた彼女にとっては、限られた生で人生を謳歌することを第一に考えるならば、多くの縁を結ぼうとする考えも間違いではないだろう。むしろ、自分の力を過信していないとも言える。
「よぅし! 小休止の後帰還だ!」
強い生物を狩って、一度息を抜くルナ班。
それを見下ろす存在が、二名。
通路の横穴。暗がりに姿を潜めていることに、ルナたちは気付かない。
「健康的ないぃ体だなぁ?」
「まだ逸るな。動き出す瞬間を狙うぞ」
ローブ服の男と、もう一人は顔に斜め傷のある男。
ローブ服の男が、目尻を歪めて眼下の学園生を舐めるように見つめる。今の彼がなにを考えているか、少なくとも良からぬことであろうと隣の男はよく理解している。
彼らは悪魔教の人間だった。
かねてから、悪魔について研究してきた彼らだが。ようやく糸口が見つかった事で、今まで潜んで過ごさざるをえなかったことへの怒りを返すように、動きを活発化させようとしていた。
そして、今回の迷宮内への侵入が、動きだした悪魔教の盛大な序章になる。
目的は大きく三つ。
一つは悪魔への特効となり得る光魔法に適性を持つ聖女の抹殺。
次に、本来であれば厳重な警備で鉄壁と思われる学園内に侵入することで、仲間内に内通者の存在を考えさせる。これは不安の種を植えることが目的のため、あまり優先度は高くない。
最後に、王族の殺害。
第二王子でも第三王女でも、どちらでもいい。
近づいてきたものを殺す事である。最上位の地位にいるものを殺す事で、より悪魔教の存在を刻み付けることが目的だった。
・・・・・・
・・・
彼らとの実力差は大きく、ルナと彼女の班員は殺害されるのは回避できないものだった。
遺体は発見されなかったが、迷宮内にて夥しい量の血痕が見つかった。
当初は迷宮内の生物に捕食された可能性も考えられたが、数日後に理由は判明する事となる。
王族の夕食。
そこにルナの姿があった。
――皿の上に。
陛下の前には飾り葉で彩られた皿に乗った頭部。
他の王族たちの使用する皿にも、それぞれ足や腕などの部位がのせられていた。
他の班員だった者達は、各々の家族の元に五体が切断された状態で箱詰めにされて送られてきたと言う。箱の底面から、滲みでた血が彼らの脳裏に深く刻まれた。
というのが、『正史』
「いくぞ」
小休止が終わるタイミング。
意識が切り替わる隙を狙って、男達は横穴から飛び出ようと足に力を込めた。
グシャッ
音がしたのはローブの男から。
不自然な打撃音のようなものに、傷のある男は体勢を前に倒しつつも、自然と視線を横に向けた。
視界に映った光景は、倒れ伏すローブの男と――眼前近くに迫る拳。
体の態勢が悪い中、なんとか腕を滑り込ませて拳を受ける。
(重いッ!)
咄嗟の動き、身体強化が不十分だったこともあるが、相手の力を受けきれずに背中が壁に激突した。
いきつく暇もなく、相手の追撃が見える。
男は挟撃を避ける為、王女たちとは逆の方面へと素早く移動し、動くのに支障のない場所まで後退した。
開けた場所に出る事で、ようやく分かる相手の様相。
「・・・・・・学、生・・・・・・?」
学園生の服を着て現れた相手――クリスに男は動揺する。
実戦経験の多い二人に気配を気取らせなかったこと、そして先程受けた一撃。教員が迷宮内で巡回していたのだと思っていた。
(にしてもなぜ一人で行動している? 秘密裏の王族の護衛か?)
相手が経験則の少ないであろう子供であったことで、警戒が一瞬油断に変わる。
瞬きの間、先程男達が狙おうとしていた認識の隙を思い起こすようなタイミングで、クリスが一息で距離を詰め男の正中線に拳を捻じ込んだ。
「ぐっ・・・・・・?!」
今度は身体強化を上げていた男が拳を腕で受け、少し後ろに体を流す程度で衝撃を収めた。
油断の中でも対応してみせた男の動きを見て、少し時間がかかりそうだと舌打ちをするクリス。対する男は、相手が自身を殺せる実力があることを理解して、心の内から慢心を消す。
そのまま懐から出すのは一本のナイフ。
感覚を確かめるように、軽く掌で回しながら構える。
ローブの男は後衛の魔法士だったが、傷の男は敵と斬りあいをしてきた前衛だ。属性魔法に適性がない彼の戦法は身体強化による接近戦。
身体強化の度合いは、クリスが三段階目で戦っているのに対し、一段上の四段階目。
「しッ!」
クリスが知覚するよりも早く、ナイフの先端が目を狙って突き出される。
男の視線と腕の動きで先読みし、視認と感を駆使しながら顔を倒してナイフから逃れる。
(なにか塗ってるな・・・・・・?)
刃先の変色部分を確認して、クリスは回避を優先して相手に応じる。
動きを読ませないようにステップを増やし、相手の可動域のぎりぎり外から隙を狙う戦術。
対する傷の男からすれば、実に不快感の強い距離だった。
徹底してナイフを避ける相手、一見離れているように見えるが、一息つこうとした隙に必ず拳が入って来る。
(実戦慣れしてやがるっ)
自然と生まれる膠着状態。
しかし悪魔教の男にとって時間は優位に働かない。他に仲間を呼んでいる可能性も十分に考えられた。刻々と時間が過ぎる中、それを打ち破ったのは横合いから放たれた魔力弾。
バックで回避したクリスが、飛んできた方向に視線を向けると、血だらけのローブの男が千鳥足で壁に体を押し付けながら通路から出て来ていた。
「ご、ろす・・・・・・ころすごロスころ˝すッ!!」
血走った目でそう呟きながら、ローブからなにか液体の入った小瓶を取り出し、一息に呑み込んだ。
「ぐぉおおおおおおおお!!」
叫び声、そして徐々に変異していく体。
それは悪魔教が開発したものの一つで、悪魔の力を自身に宿すというもの。
まだ試験段階ということもあり、副作用として寿命を削る欠点があるものの、得られる力は凄まじい。
致命傷を受けている現状ならば、副作用の考慮は必要ない。
ただ、自身に敵対した相手を殺す為に人を辞めるそれに手を出した。
「お前もやらないのか?」
変異中の男に怯えるでもなく、クリスがしたのは、残りの男への声掛け。
動揺など微塵も感じさせない冷淡な瞳で、そう問われた傷の男は、悪魔の力を、そして自分達を軽んじられていることに激しく怒りを覚える。
「そのすまし顔を後悔に歪めてやろう。お前含め迷宮にいる者は全て、皆殺しだ・・・・・・!」
傷の男も同様に、小瓶を取り出し服用した。
わざわざ敵に塩を送るような行為だ。
しかし、クリスとしては違った見解だった。
人間の見た目をした相手を殺す事に躊躇している自覚があったから。
確実な不意打ちだったにも関わらず、ローブの男を即死させられなかったのがその証拠と言えるだろう。
無意識化に体が制御してしまっている現状、それを打破する必要がある。
そしてクリスからして有難い事に、相手は人間を辞めることができた。
一度手のグローブの着用感を確かめながら、相手の変異した体を見て嘲るように薄く笑みを浮かべた。
Σ(・ω・ノ)ノ!




