38話 生意気な小僧
ぎり間に合わなかった、か・・・・・・?
――王と公爵家当主が密談した時まで遡る。
悪魔教の情報を王都に伝えるべく移動した私は、奴等の動向が気になることもあり、少しの間王都に残る事を決めた。
王都の学園に通っている娘の状況も気になっていたこともある。
丁度いいとばかりに、王宮での話を終えてその足で王都邸に移動した。
久しぶりの王都の活気を馬車の中から眺め、北部にももう少し活気が欲しいと悩みつつ、気候の観点からの難しさに辟易していると、いつの間にか屋敷についた。
あらかじめ王都に来ることは伝えていたため、屋敷の使用人たちが慌てたような様子はない。
公爵家の品位を落とさぬ洗礼された所作で、出迎えられる。
とはいえ規律だけで統制すると、屋敷全体に陰鬱とした空気が流れるものだが、上手く管理しているようで、そのような空気は微塵も感じられない。
(娘も上手くやれているようだな)
本人よりも、仕える者達の目を見ればよく分かる。
先程までの悩みが少し薄れ、幾分か晴れやかになった心持ちになる。
そろそろ夕食の時間ということもあり、ダイニングに移動し、娘が来るのを待った。
「お父様、お久しぶり。お髭が今日も決まってるね」
久しぶりに会った娘は、以前よりも少し成長したように見える。
あまり表情が変わらない所は少々悩ましいところだが、それを補って有り余る天稟があるから問題ないだろう。
出会い頭に冗談を言うお茶目さもある。うむ、大丈夫だ。
「レオナも元気そうだな。学園ではどうだ?」
「少し面白そうな相手を見つけた」
「ほぅ?」
学園生活を聞いても「いつもと変わらない」と定型文のような返答が返って来るものを思っていたが、予想に反してレオナはいつもと違う感想を口にした。心なしか、楽しんでいるようなニュアンスが含まれているような口調で。
「他の公爵家の子息に王族までいる代だからな、レオナに比肩する者もいるだろう」
正直北部の中ではこの子は抜きん出た能力を持っている。
対等できる存在がいなければやりがいもあったものではない。
モルドニカの子女も学園の入試をくぐり抜けた逸材だが、切磋琢磨する間柄としてはやや能力が劣る。
「うん。学力試験で負けたのは初めてだった」
「そうか・・・・・・うん? 学力試験でお前がか? 時間が取れなかったのか?」
「まあ時間に余裕がないのはいつもだけど。そもそも時間があってもあの点数は難しい。学園の試験で、全教科合わせて一問しか間違ってなかった」
レオナは見たものを瞬時に記憶する能力に長けている。
基礎も疎かにしていないだろう。公爵家の娘としての自覚を持っているこの子の努力を身近で見続けたから断言できるほどだ。
だから今まで、学力では他家を突き放して独走していた。そんな娘を超えて、現実味のないような点数を取ったものがいるという。
「どこの家だ?」
「ローウェン伯爵家。三男のクリス」
疑問、嫌悪、困惑からまた疑問へ。
名前を聞いて、自身の情報と擦り合わせたことでおかしなエラーが起こる。
「・・・・・・あそこの三男は随分な放蕩息子だと聞いた覚えがあるんだが?」
「間違えてはいない。この前は平民の女子生徒に手を出そうとして停学処分になってた」
理解している。と告げるレオナ。
ならばこの子はも付き合うべきではない人物だと分かっているはず。
ただし、醜聞を度外視にした何かがなければの話だ。
「自分の立場を見失ってはいないな?」
『付き合う者は選ぶべきだ』『なにか吹き込まれたか?』『見た目に惑わされている』などという台詞は必要ない。
公爵家の者としての在り方を忘れていないかの問。その反応で察するのは容易だ。
「勿論」
淀みない返答。僅かの逡巡すら見せない姿は、私の知る娘で間違いなかった。
であれば、後は私自身が確認すればいいだけ。
久しぶりの娘との夕食だ。男の話など端に置いておきたかったというのもあった。
クリス・ローウェンを確認するタイミングはすぐに訪れた。
なにやらそれらしい言葉で娘を説得し、セレファリアの育成実験を行うという。
場所は王都の公爵邸。
向こうから来るのであれば丁度いい。一度正面から向き合えば、自ずと相手の心根も透けるものだ。娘には知らせず、内内で鉢合わせる算段をつけた。
「お初にお目にかかります、公爵閣下。ローウェン伯爵家三男、クリス・ローウェンにございます。本日は令嬢にお招きいただき、お邪魔しております」
私と対峙した相手の行動は分かりやすい。
気に入られるように振る舞う者。下手に出て目をつけられないよう足早に退散しようとする者など。巨大な権力に比例して、相手の余裕もなくなる。
学園生とはいえ子供。
より分かりやすい反応が返ってくるかと予想していた。
(視線を外さんか)
私との接触に驚いた様子は見せつつも、粗相なく挨拶を交わして礼をとる。
とても噂の悪童の姿とは思えない。
レオナがわざわざ接触した理由の一端かとかんがえながら、レオナの元に行くまでの間に、しばし言葉を交えた。
「学園の試験で前代未聞の点数を取ったと聞いたが、なにか特殊な学習法でも?」
「いえ、お恥ずかしい話ですが、学園での不祥事で自領に戻っている間に勉強漬けにされまして。それが運よく試験内容に合致していたのでしょう」
「ほぅ、であればローウェン領で学べば一月で学園のテストが容易になると?」
「当人の進捗次第でしょうが、私という実績をみれば可能でしょう」
息をするように嘘を吐きよる。
返答の仕方はまるで長年付き添った私の部下のように。しかし内容は虚飾にまみれている。
こやつが成長した先は、きっとうつけ者か稀代の詐欺師だろう。
そのまま目的の建物まで移動する。
多様な植物を育成しているここは二つの目的のため設置した場所だ。
一つは薬草、薬品の研究。
もう一つは食料、農作物の研究。
どちらとも、最終目標は『寒冷地である北部でも安定して育成すること』である。
とはいえ、本格的な施設は北部にある。
王都の公爵邸での施設は、多様な国、土地の植物を収集し、活用できそうなものを洗い出すという作業が主だ。
「いらっしゃいクリス。どうして隣にお父様が?」
「廊下で偶々出会ったのだ。丁度私も確認しておきたいことがあってな。興味深い内容でもあるし、私も同席するぞ」
首をかしげるレオナにそう告げ、私は端の方でクリスの動向を眺める。
すぐに分かった事だが、クリスがレオナに向ける視線の中には恋慕の情はないようだ。
それは同行しているパメラ嬢にも同様。
(女生徒に手を出したなら不能ではあるまいが・・・・・・)
娘に変な虫が好意を寄せていないのは好ましい事ではあるが、反面、レオナのなにが気に食わないのかという怒りも湧いてくる。
公爵家当主としての目線から見ても、何処に出しても恥ずかしくない子だ。
好意を持って当然。その上で立場の違いに打ちひしがれるべきところを、まるでなんでもないように接している。
・・・・・・いや待て、よくよく見れば――
「ねえねえ、うちの研究室にはもっと面白い希少植物があるんだけど、興味ない~?」
「擦り寄ってこないで下さい。そもそも俺が知っているものは一部のものなので、情報を絞ろうとしても無駄かもしれませんよ」
「その一部の情報が気になるな~ 研究室においでよ~」
「まだセレファリアの結果も出ていないのに随分と誘いますね」
「だって結果が出たら、もう君は他の植物はどうでもよさそうな顔をしてるし~ だったら今のうちに唾だけでもかけておこうかと~」
娘たちとの間には感じる壁を、リュリア嬢との間にはそれ程感じない。
(そうか、奴はババせ・・・・・・いや、リュリア嬢もまだ若かったな。であれば年上好きということか)
珍しいが、一定数持っている性癖だ。
ならば娘に興味がない素振りにも納得はできる。
「私は戻る。事故が起きないよう頼むぞ」
遠くには聞こえない程度の声量で近くの者にそう言い残し、私は仕事に戻った。
数時間後、作業が終わったと挨拶に来るクリス。
すぐに帰るつもりだったようで、私への挨拶を済ませると早々に公爵邸を後にした。
あの手の輩にしては珍しい行動だ。なんらかの理由を挙げて目に留まろうとする者が多い中で、作業だけを済ませて帰るのは私の知る限りでは北部の旧友ぐらいだろうか。
私も自身の職務が一段落したタイミングで、ふと気になり再び魔力波放射機の元に訪れた。
(まだいたのか)
建物内には、レオナとパメラ嬢、リュリア嬢の姿があった。
魔力波放射機の上には既に土が敷かれている。そして実験的に植えられているセレファリア。
リュリア嬢が初期状態を記録し続けているのはまあ理解できる。
他の二人は早々に本館に戻るものと思っていたばかりに、なにが気になってまだこの場にいるのか分からなかった。
「流石にそこまで急に植物の状態が変化することはないだろう」
「あっ、お父様」
私が来たことに今気付いたとでもいう姿を見せるレオナ。
パメラ嬢もはっとしたような表情で軽く頭を下げた。
随分と気が緩んでいる彼女達の姿に、状況を見守っていた者達にどういうことかと視線で尋ねる。
「・・・・・・どうやら魔力波によって特殊な現象が起こるらしく、お嬢様方はそれに目を引かれたようです」
「特殊な現象?」
「照明を暗くすると分かる」
疑問符を浮かべる私に、レオナがそう伝える。
あまり環境を弄っては育成の妨害になるのではと考えたが、クリス曰く『あまり長時間でなければ問題ないはずです』とのことらしい。
「お姉ちゃん! ちょっと照明暗くして!」
パメラ嬢が熱中しているリュリア嬢にも届く声量で伝え、妹の声に気付いた彼女はしょうがないなぁとでもいうような困り顔で証明を操作した。
「・・・・・・っ?!」
変化は突然。
建物内の天井付近。
緑色に輝くカーテンのような光源が現れ、ゆっくりと揺れ動く。
(オーロラか・・・・・・私の知るものとは少し違うようだが)
ここまで頻繁に形状を変え、手の届きそうな場所に発生するものではない。
「綺麗・・・・・・」
宝石類とはまた違った神秘性を秘めた光景に二人は目を奪われているらしい。
いや、どうやら使用人たちも同様で、静かに天井にも視線をやっている。
(そう言えば、龍脈の付近では度々不思議な光が目撃されると聞いたことがあるな)
「・・・・・・クリス・ローウェンの身辺調査を始めろ」
「承知いたしました」
昔馴染みの執事長にそう伝える。
娘の関係に口を挟むつもりはなかったが、本当にセレファリアの育成に成功したならば国が絡むことになる。
関係者内での不祥事は存在してはならない。
今のうちに、事実関係を洗っておく必要があるだろう。
とはいえ、龍脈の一部の現象が模倣できているとはいえ、まだまだ信用できる段階ではない。
そう考えつつ、どこかで期待があったのかもしれない。
――一月後、セレファリアの育成に成功しているというリュリア嬢の嬉々とした報告に、久方ぶりに口角が上がった。
(´;ω;`)




