37話 実験準備
交流戦が終わって数日。
学園の休日に、俺は再びフィッツジェラルド家の屋敷に赴いていた。
頼んでいた準備が整ったということで、後は俺が色々と調整する必要がある。
とはいえ、やる事は単なる機械いじり。構える必要などないと、そう思っていた。
「お前が娘の客人か」
「お初にお目にかかります、公爵閣下。ローウェン伯爵家三男、クリス・ローウェンにございます。本日は令嬢にお招きいただき、お邪魔しております」
メイドに案内されている道中、廊下で予想外の人物に出会った。
グレゴリー・フィッツジェラルド。
フィッツジェラルド公爵家の現当主。北部を治める王といっても過言ではない権力者だ。
北部から出てくることは稀で、ゲーム内では重要な祭典ぐらいでしか見なかった。
「話は聞いている。だが内容が内容だけに、私も気になってな。娘に任せている事とはいえ、端から見させてもらう」
「承知いたしました」
そして何故か三人での移動が始まる。
・・・・・・・圧が凄まじい。見た目は歴戦の猛者を思わせる様相だが、娘を溺愛していたはず。大方、娘に悪い虫がついたと目を光らせているに違いない。
二十にも満たない少女に邪な感情など微塵も浮かばないが、それを正面から言えば、返って侮辱だと捉えられかねない。
『娘に魅力がないとでもいうのか! 侮辱罪で斬首!』とでもなる可能性が零ではないのが恐ろしい。ここは口を紡ぐに限る。
案内されたのは、屋敷から少し離れた建物。
ガラス張りの建築で、現状の文明を考えると、かなりの費用がかけられていることが分かる。内部は多数の植物が植えられており、計算された優しい日差しが照らしていた。
「いらっしゃいクリス。どうして隣にお父様が?」
「廊下で偶々出会ったのだ。丁度私も確認しておきたいことがあってな。興味深い内容でもあるし、私も同席するぞ」
偶々というか、完全に待ち構えている感じだったが、まあ余計な口は挟まない。
俺はレオナに軽く会釈して後は流れに任せる。娘のやることが心配でちょいちょい手を出そうとする父親と、少し面倒くさそうな娘とのやりとりを聞きながら、俺は他の面々にも目を向ける。
「なによ?」
視線を向ければ、嫌な顔を隠そうともせずに眉間に皺を寄せるASMR熟練者。
姉の方は自前の機械を搬入している最中のようだ。
俺がペテンを使っているのかの判断に本職が同席するのは別におかしいとは思わない。妹も来たのは、子供ながらの好奇心だろうか。
「今回は少し繊細な道具を使うから、あまりはしゃがないで欲しい」
「なによその言い聞かせるような感じは?! 分かってるわよそんなこと。私は分別が聞かない子供じゃないわ!」
正直十代は子供だ。
俺なんて三十になっても、偶に面倒くさくて家事を後回しにしていたぐらいだからな。
いや、もしかして女子と男子では餓鬼の度合いが違う、のか?
分からん。俺の母親は餓鬼の中の餓鬼みたいな生き方をしていたから参考にならないしな。
「行こうクリス、案内する。お父様も同席することになっちゃったけど、あまり意識しなくていいから」
「・・・・・・分かりました」
意識したくなくても意識してしまうんだが・・・・・・
プロジェクトの大元、出資者がついてくるようなものだ。意識しなくていいなんて言えるのは身内だからだな。
ただでさえ悪い噂が多く流れてるってのに、下手な行動でも起こした日にはもう、一瞬で計画がパーになる。
(こういう時は、より胃にダメージを負った記憶を思い出すに限る。そうだな、電車で痴漢に間違えられ、あわや免罪の危機に陥った時があったな)
あの時の社会的死が間近に近づく感覚と比べればなんてことはない。
近くで見ていた人がいたから良かったものの、それがなければロリコン犯罪者になっていたところだ。
公爵家当主の眼光にねめつけられる事など恐るるに足らず、JKのゴミを見るような冷徹な瞳の殺傷力と比べるべくもない。
緊張が消滅し無敵状態――どうにでもなれ状態ともいう――になりながら、レオナの後ろをついていく。
「ここ」
案内された場所は建物の奥にある一区画。
日射、風量がそれぞれ調整されているのが分かる。
「関係あるかは定かではないけれど、気候の条件はなるべく合わせておいたよ〜」
観察していると、リュリア教員が横合いから声をかけてきた。
室内での育成に成功していることは知っていても、失敗する可能性がある条件を理解していない身からすると有り難い話だった。
「レオナちゃんが主導してくれて助かったよ〜個人でやろうとするとこんなことでも維持費が馬鹿にならないからね〜」
「むふん、任せて」
「かっこいい〜将来こんな太っ腹な人と結婚したい〜」
それは最低限愛のある関係を考えているのか、はたまた都合のいいATMとしてかどうかで天と地の差がありそうだ。
「それに、本当に育成が成功しそうなら、諸々はお父様が維持してくれる」
もうそういう話になっているのかと当主を横目に見るが、当の本人寝耳に水のような表情でレオナを見返していた。
「これは私が進めてる話だから、後から乗っかかりたいなら当然。だよね?」
「ふむ、無論だな」
身内の人間に内容を隠すことは難しいから早めに囲っておこうという算段だろうか。
レオナは自身の独立した商団組織を保有しているはずで、同じ公爵家の身内だとしても、商団の利益はレオナ個人のものだ。今回の件も商団を介すれば彼女の利益は大きいはずだが、それを考慮しても公爵家を巻き込んだほうがいいと判断したのかもしれない。
はたまた、全くの見当違いの理由で、親孝行だったりも考えられるだろう。つまり、後からの参入でも、設備の維持費だけで希少素材の流通に手を出してもいいとの譲歩。
傍目からみても親子の仲は悪くはないように見える。おっさんからすればこっちの理由の方が可愛げがあるが、彼女の表情はあまり動かないため、なにを考えているのかいまいち測りかねる。
「逆に虚言で公爵家の手を煩わせるような奴らには、相応に、な?」
そしてここぞとばかりに圧も忘れない公爵。
北部式の交流なのだろうか? パメラと少し似たものを感じた。
「後、頼まれてた設備はここ」
植物を植える前の区画、土を敷く前に、該当箇所には無数の機器が設置されていた。
魔力波放射機。
ダイヤルで魔力の波長を変えながら放出することができる機器。
魔力波は内部の魔石を源としている。
ただ一つ問題が。一つの機器で変えられる波長は一つだということ。
これでは、同じ波が続くだけで龍脈を再現できない。
それが故の、数を増やしての並列稼働である。
それぞれの波形を繋げ、全体周期分だけ次の間隔を上げればいいという力技だ。
錬金ギルドのプレイヤーは自作でプログラミングを利用した設備を作製していたが、俺にそんな引き出しはない。今あるもので無理くり再現して、簡易化は技術者に丸投げしたい腹づもりだ。
「それではこちらで作業を進めておきますので、終わり次第伝える形でよろしいでしょうか?」
「作業? 今日は設備の確認で終わるつもりだと思ってた。資料を持ってるようには見えないから」
「記録は覚えているので問題ありません」
利用頻度の多い数値だったおかげで、記録がなくてもそらんじられる。
だから後は身一つで機器をいじっていくだけ。
同じ作業の繰り返しで見ていてもつまらない光景だ。お嬢様方一行はお屋敷でなにか時間を潰してほしい。
そう思っていたのだが、なにやら侍女たちがティーセットを持ってきたかと思えば、作業の邪魔にならない位置にお茶の準備を始める。
そして促されるままに着席するレオナとパメラ。
「・・・・・・」
「あの〜 もしよかったらこっちで記録をとっておくのって駄目かな〜?勿論情報の独占の希少性は分かってるし、流出しないように注意も怠らない!かわりに私からもなにか――」
なにが面白いのか、居座ったお嬢様ズと記録したくて早口になる植物好き教員。
わざわざ押しのける方が気力を使うかもしれない。
色々と思うことはあるが、全て呑み込んで現状を受け入れた。
返答がない俺に煮をきらしたリュリアが「じゃあいっそ私の初めてを――」と暴走し始めたところで、言葉を被せて了承し、俺は機器の調整を始めた。
・・・・・・
ただ黙々とダイヤルを合わせる。
それだけの作業。
時間にして二時間程度ですべての機器の調整が終わった。
ずっと後ろに引っ付いていたリュリア教員はぶつぶつと数字とにらめっこ。
威圧を放っていた当主は、早々に自身の仕事で席を離れたが、お嬢様方は最後まで見ていた。こんなつまらない作業を飽きもせず見続けられるだろうか?
もしかしたら、同級生が必死に働いている姿を高みの見物することに愉悦を感じていたのだとしたら・・・・・・人様のお家事情に首を突っ込むつもりはないが、今後の北部は荒れるかもしれない。
やるべき作業は終わった。後は誰でも育てられるだろう。
その後は軽く会話を交わした後に、早々に退散した。




