35話 交流戦(3)
ステージ上に上がり、俺と同じように教員の采配でメンバーが決まる。
こちら側は五名。そして指導役の生徒は五回生の二名となるようだ。
メンバーは俺以外が四回生で構成されている。
実技成績の低いクリスに合わせたというよりかは、問題児の発言にも委縮しないような人選にされていると考えるべきか。
「今回は俺が指揮を取らせて貰う」
四回生の一人が進み出る。
他の三人から否定の意見が出ないとこから、家の格か実力が四人の中で抜きん出ているのだろう。
もちろん俺に異論はない。
どうせなら、言われた指示に従ってそれっぽくこなして終わらせればいい。
開始前の短い時間。
即席のリーダーが言葉を並べる中、ふと視線を向けると、生徒たちの一人と目が合った。
(ッ!)
ほんの一瞬。
だが、その一瞥で俺の意識は急速に切り替わる。
相手は一見どこにでもいる学園生の一人。
ただし、俺が関係を持ちたい裏組織とのパイプ役を担っている人物。
ゲーム内ではクリスがいつ奴等の仲間になったか分からなかったが、パイプ役の学生が潜り込んでいたことは明かされていた。
今までの記憶を思い返しても接触がなくて若干の焦りを抱いていたが、今も注がれる視線からすれば、俺はすでに観察対象として意識されているらしい。
いきなり筆記の成績を上げたのも一因になっているのなら、俺の動きは間違っていない。
ならば俺の取るべき行動は流れに身を任せて交流戦をやり過ごすことじゃない。
相手が望んでいる人物として、演技しなければいけない。
「各自散開して相手を撹乱しながら対処しよう。君もそれでいいか?」
「お断りします」
「は?」
方針を示した四回生に、俺は即座に反対した。
相手を軽視するかのような態度に、一部生徒が苛立ちを浮かべ詰め寄ろうとしてくるのをリーダーの生徒が抑えて、冷静な声音で俺に問を投げかける。
「じゃあ他に案があるのか?」
「作戦など必要ないでしょう。相手はたったの二人、正面から叩けばいいではありませんか」
「・・・・・・そうか。ならばそれは君一人でやるといい」
目に分かる失望と軽蔑。
稚拙な発言をする俺に付き合わない上級生。高校生ぐらいの年なら、感情が先行して頭に血が昇りやすいと思うのだが、これが育ちの違いか。
ステージ下の教員は不穏な空気に若干眉を寄せてはいるが、一旦棚に上げたのか、そのまま開始の合図をした。
合図と同時に左右に二人ずつ分かれ無詠唱の魔法を放つ四回生達。
相手の指導役二人は、わずかなコンタクトをとった後それぞれが二人を担当するように立ち回る。
そして一人残された俺を警戒するように視線は向けるものの、微動だにしない俺の行動に疑問符を浮かべているのが見て取れた。
(さて、どう倒そうか)
怪我をさせずに倒すのは、そう簡単なことではない。
場外にするにしても、殴り飛ばすような真似は論外。魔法を使えば済む話だが、各魔法の威力を確認が不十分だ。まだ行使したことのない魔法を使うのは彼らにとっても、俺にとってもリスクとなる。
困った、と眉間に皺を寄せる俺の顔を、じぃっと射抜く双眸が一つ。
ちらりと視線を向ければ、そこには無表情で虚ろな瞳を向けてくるハーメス教員の姿があった。
言外に告げる、『何をしているのですか?』という圧が非常に強い。
さしもの彼女も、まだ問題行動を続けようとする生徒に対して堪忍袋の緒が切れたらしい。
ため込むではなく、怒りを表現できたのかという安堵と、それが自分に向いていることへの申し訳なさで内心は平身低頭せざるを得なかった。
それでも演技は続けなければならない。
明らかに風紀を乱している問題児がいる傍らで、戦いは新たな展開を迎えていた。
「なッ」
「ちょっと意識が魔法に向き過ぎじゃないか? もっと呼吸をするように使うもんだぜ」
四回生の放とうとした魔法が突如として霧散する。
(消滅か)
『消滅』とは魔法現象の一つだ。
相手が魔法を現象として具現化する前に、魔力を乱してしまう。
魔法は必要な魔力量と制御が噛み合わなければ成立しない。
そして魔力は、異なる性質の魔力と衝突すればたちまち制御が困難になるという点がある。それを利用して魔法を不発させることが可能だ。
だが、実戦でそう易々と使える代物ではない。
まず第一に、視認できない魔力に対して自身の魔力を当てるのは難しい。
そんな芸当ができるほどなら、正面から魔法戦を挑んだ方がよほど勝率は高い。自身が苦境に立たされるような相性の悪い性質を持つ相手でもない限り、この手は切らない。
そして二つ目に、魔法の制御が困難になるというだけで、なにも不可能ではないということ。相手の魔法制御が優れている場合、逆に自分の性質を練り込んだ複合魔法という形で魔法が成立してしまうことがある。
この二つ目が最悪で、ゲーム時代の遊戯にどっぷり浸かっていた連中からは、「実用に耐えないテクニック」あるいは「格下をからかう時の嫌がらせ」として扱われていた。
(いいな。これにするか)
もっとも、相手が未熟な学生なら話は別だ。
闇の性質を帯びる魔力を操った経験がないのなら、制御などできるはずもない。
そこまで思考を巡らせた俺は、相手を無力化する手段を定めた。
「で、後はお前だけだが。どうする? 降参するか?」
四対二を制した彼らは、五回生の中でもそれなりに腕が立つのだろう。
高揚した気配と共に、顔には自信がにじんでいた。
「っていうか、お前は自分がなにをしているのか分かっているのか?」
内一人が怒気を孕んだ声音で言葉を投げる。
「王立学園生として、貴族としての矜持はないのか? お前のような奴が栄えあるこの学園の門戸を叩いているなど恥でしかない」
彼の琴線に触れてしまったのか、随分と言葉が強い。
「甚だ疑問だったのだ、希少な属性だからと言って入学させるのは如何なものかと。必ずお前のような輩が出てくると危惧していた!」
「ちょっと落ち着けって」
もう一人が制止に入る。だが、その口元に浮かぶのは人を食ったような嘲笑。
「こいつは属性しか誇れるものがないんだよ。だから、こうして愚かな行動で目立つしかない。哀れな奴さ」
続けて吐かれた台詞は、ある意味で貴族らしい侮蔑に満ちていた。
「お前等いい加減に――」
「【指揮棒】」
一向に対戦する気配がないことか、はたまた彼らに発言に対してか、ステージ下の教員が声をあげようとしたタイミングで俺は魔法を発動する。
手元に現れる一本の指揮棒。握りしめた瞬間、場の空気がわずかに張り詰める。
「・・・・・・はぁ」
思わず出る溜息。
演技とはいえ、これから俺は大人げない真似をしなければならない。
子供の神経を逆撫でするような行為など、本来は御免だ。
だが、クリスが裏組織と繋がりを持ったのは、きっとこういう稚拙さを操りやすいと判断されたからだろう。
内部を引っかき回し、用済みになれば捨てても惜しくない。・・・・・・そんな役回り。
「あの、早く始めません? なにか有意義な話が聞けるかと思えばそうでもないようですし。さっさと終わらせましょう?」
分かりやすく彼等の表情が引き攣る。
「ああ・・・・・・そうだな。じゃあ、終わらせてやるッ!」
二人同時に構築される攻撃魔法。防御など考えもしない、直線的な殺気が走る。
――そして、消滅。
「「え?」」
呆けたような声が響いた。
まるで自分はそれの対象外だと信じて疑わなかったのかのように。
「ッ・・・・・・!」
一瞬の停滞はあれど、彼らは焦燥を押し隠すように新たな魔法を構築する。
が、その魔法も先程と同様の道を辿り発動する前に霧散する。
闇魔法――【指揮棒】
魔力の操作を補助する魔法である。
本来は高位魔法を発動する際の支援として用いるものだが、こうした妨害にも転用できる。
実際、体感は驚くほど軽い。自分で操作するよりもはるかに楽で、まるでミッション車がオートマ車になったかのようだ。
これならステージ上のどこでも、的確に魔力をぶつけられるだろう。
「属性しかない、でしたっけ?」
魔法士として魔法が発動できないという事態に陥ることは早々ない。
まさしく今、彼らは未知の体験を前に翻弄されている。
「じゃあ属性の差を埋めて見て下さいよ」
挑発めいた後輩の言葉。
内心を表すような気迫で二人は魔法を発動し続ける。
全てには対応できないと踏んでの無詠唱魔法の連撃、限界まで魔法制御をしながらの発動。
無駄なことを続けず、すぐさま他の選択肢を実行しようと思考を巡らせるのは、流石は王立学園生というべき思考の柔らかさだ。
ただ、近接に移らずにひたすら魔法で対抗しようとするのは、少々苦言をいいたくはある。が、魔法士としてのプライドが弊害になっているのは容易に想像できた。
「こんなの・・・・・・こんなのが、まかり通っていい訳がないッ!」
だがそのすべてが、指揮棒が一振りされるたびに消し飛ぶ。
明確な差が形として表れていた。
クリスは人間性においては最低だ。
だが、魔法の才能だけは疑いようもなく本物だった。闇魔法の特性を全く活かせていなかったにも関わらず、中ボスとして主人公達に立ち塞がっていたのだ。十全でないとはいえ、ある程度闇魔法が使えればこの結果は当然のものとも言える。
にしてもこんなに魔力を広く使ったのは初めてだ。魔力が見えればステージ上はどんな色になっているかは気になるところではあるな。
「うぉおおおお!」
「まだ終わってねえよ!」
魔法士が特攻。気合のこもった声をあげながらステージ上を走って、彼らはついに近接戦に移ろうとする。
身体強化魔法を発動させている様だが、練度が足らず強化幅が低い。段階的にはギリギリ二段階目に届かない程度。
この時点で、ただの的でしかない。
迫りくる二人へ魔力弾を叩き込む。瞬間、炸裂音と共に衝撃が走り、二人の体は容易く弾かれ、動きはあっけなく止まった。
立ち上がろうとしても、力が入らないのだろう。
膝をついたまま、悔しげにこちらを見上げるしかなかった。
傍から見れば、悪役としてはこれ以上ないほど様になる光景だった。
(^。^)y-.。o○




