34話 交流戦(2)
――半刻前。
ハーメス教員同伴の元、俺は演習場内を移動する。
いい大人としては非常に恥ずかしいが、教員は離れる様子を見せないので、羞恥を呑み込んで耐えしのぶ。
ステージ上の模擬戦に目を向ける。
見ている限り、やはり指導側の練度が高い。
最低限の魔法を習得できただけでは彼らを突破できない。今戦っている生徒が身に染みて体験していることだろう。
急造のメンバーで戦わされていると言うのも彼らの足を引っ張っている。
見知った仲でないなら、成績上位者か貴族の格が高い者が率先して引っ張るのが最も連携を取りやすいだろうが、まだ実戦訓練の少ない三回生に求めるレベルとしては少々高いように感じる。
結果、連携を欠いたまま行動し、人数の利も活かせず惨敗。
力量差は嫌というほど浮き彫りになっていた。
「皆さん優秀ですね。責められても魔法の不発がない。魔力操作の感覚が身についている証拠です」
どれだけの惨敗を決しても賞賛から入るハーメス教員は聖女の生まれ変わりだろうか。
この世界には実際に聖女はいるが、懐の広さではハーメス教員に軍配が上がるのではと思わざる負えない包容力を周囲にばらまいている。
癖の強過ぎる教師陣の中では希少な清涼剤だ。
「クリス君ならあの場面でどうしますか?」
ただ、事あるごとにこうして質問を投げかけてくるのは少々面ど・・・・・・困る。
問題児を矯正する熱血教師のような圧を感じる。
「分かりません」
「もう、考えようとしてないじゃないですか!」
ハーメス教員は小さく息を吐き、いつもの調子で『いいですか』と前置きして説明を始めた。彼女の話は流石の経験を思わせるものではあったが、どうやっても魔法士対魔法士に限定された話だった。いや、それもクリスの性質(強力な魔法をばかすかうつ)を理解してのこと。
ただ、今の俺が想定するならやはり近接だ。
横目に見るステージの広さ。両者の距離を目測して、実戦ならばと想像する。
(身体強化から瞬時に距離を詰め、魔法を放つ前に対処するだろうな)
身体強化、一応は三段階目まで使えるならば、接敵するのに一秒と掛からない距離だ。
相手がなんらかの対策を持っていなければそれで終わる。そして指導役は有効な対策を持っているようには見えない。
開始の合図でいきなり数秒と掛かる詠唱を始めるのだから、近接戦はないと見切りを付けているのかもしれない。実際にそれで後輩を完封で来ているのだから間違いでもないだろう。
現場での戦闘というよりは形式的な試合に近い内容。それも相まって、やる気は全く出てこない。
「クリス君、あちらに移動しましょう」
何かを見つけたらしいハーメス教員に従い、場所を移す。
視線の先には、観戦席から身を乗り出す下級生たちの姿。
彼らが熱狂するであろう理由は、すぐに察せられた。
ステージ上の六名。
指導者二人は知らない生徒だが、対するは天然女王のレオナ・フィッツジェラルドを含む四名の生徒。
実技の成績も上位の彼女であれば、相対的に指導者の二人の成績も高いはず。
成績上位者同士の模擬戦に周囲は期待を膨らませていた。
「初めッ」
ステージ下で控えている教員の合図と同時、魔法が飛び交う。
走り回りながらの包囲戦になるかと思いきや、意外にも両陣営とも足を止めたまま、正面から撃ち合いに入る。
魔法の余波が、離れた場所にいる俺の元まで届き、対峙しておらずとも臨場感が伝わった。
詠唱無しで起こした魔法としては、学園生としてみても破格の威力。観客席に座る下級生の小さなどよめきも聞こえる。
まずは小手調べ、質よりも量を優先し、互いの出方を探る牽制合戦だ。
「流石はアドリアン君ですね」
隣でハーメス教員が感嘆を漏らした。
賞賛の先は、おそらく指導役の生徒。四人の魔法をたった一人で捌いている生徒だろう。
「あの二人は成績上位者ですか?」
「ええ、二人とも六回生で、総合成績ではアドリアン・エルヴァイン君は二位、ミカエル・ドランジェ君は五位の優等生ですね」
なるほど。納得の力量だ。
エルヴァインは前衛に立ち、鉄壁の防御で仲間を守る。
一方のドランジェは後衛から魔法を矢継ぎ早に放ち、攻撃の手を緩めない。
適性魔法は前者が火、後者が風。組み合わせとしても相性がいい。
フィッツジェラルド側は四回生が二人がかりでドランジェの攻撃を防御しながら、合間を見て攻撃にも参加しているが、火力不足で相手の防御を崩せていない。対して、防御に意識を割かなくていいドランジェは無詠唱の魔法戦を止め、詠唱をはじめ出した。
代わりにエルヴァインが防御の傍らで無詠唱の魔法を放ち相手が自由にならないように妨害している。
ドランジェの詠唱を止められれば最上であるが、あの防御を突破するにはこちらも詠唱の時間が必要となる。
「思いきりましたね」
ハーメス教員が驚いたように呟いた。
フィッツジェラルド側の取った布陣は、なんと防御三人に攻撃一人。しかも攻撃を任されたのは四回生ではなく、三回生の彼女自身だった。
前に出た三人が無詠唱で牽制と防御を繰り返す。その背後で、レオナ・フィッツジェラルドは静かに詠唱を紡ぐ。
その周囲を、命を得たかのように水が渦を巻き、うねり、舞い上がっていた。
この場所まで声は届かないが、口の動きを見ていると俺が知る詠唱ではない。
その意味を読み解く前に、ステージ上に暴風が渦巻きながら彼女達を呑み込んだ。ドランジェによる風の魔法。人を場外に吹き飛ばす程度なら容易な威力に見えた。
場内の生徒達が余波を受けて倒れ込みそうになりながらも、風よけのように腕を前に出す姿が見える。
誰かが『決まったか・・・・・・?』と吐露した言葉を否定するように、風が落ち着いたステージ上では全員が二足で屹立していた。
そしてフィッツジェラルドの詠唱が完成する。
魔法を放つ直前、彼女の吐息は白く、視覚で認識することができた。
「「ん?」」
俺と教員の重なった疑問を置いて、回転する水の槍はステージ上を高速で飛翔する。
その進行先には気付けば炎の壁がせりあがっていた。
放たれた水の魔法は一見して、中位魔法の【水槍】に酷似している。
この場合、炎の壁に衝突すると共に物理的干渉で蒸気が発生。その後に魔力の押し合いによる攻防となる。
フィッツジェラルドが魔力勝負で勝れば、槍の芯が残り壁を貫通する。だが、相手はその魔力勝負で勝っていると判断したのだ。
水槍が炎に呑まれる。
次の瞬間、槍を包む水が蒸発し、白煙が爆ぜた。
ここまでは想定通り。しかし、その後の展開に誰もが目を見開く。
炎の壁を突き抜けた槍がエルヴァインの頬を小さく切りさき後方に抜けたのだ。
後方のドランジェは次の魔法の詠唱を始めていたが、迫る穂先に目を見開きつつも風で受け流し、なんとか直撃を免れた。
逸らされた槍はステージ上に突き刺さると、ガラスの様に割れてはじけ飛んだ。
「「「「「おぉおおおおおお!!!」」」」」
上級生の魔法を突破したことに周囲は声をあげる中で、一部は今の魔法の異質性に目を向けている。
液体を操作するはずの水魔法が、明確に固体へと変化していた。
隣に立つハーメス教員をはじめ、教員たちが一斉に目の色を変える。後で根ほり葉ほり話を聞こうとしているのが見え見えである。
(北部出身だから水の状態変化は受け入れやすかったのか。にしても、荒い部分はあるとはいえ、この短期間で実用化したのか・・・・・・)
おそらく以前に話した内容から、新たな水魔法の開発に取り掛かったのだろう。
公爵家という多忙が想定される地位にいながら、こうも容易に新たな次元に上がってしまうのを見ると、やはり天賦の差を痛感する。
対峙している上級生が苦笑するのも無理はない。
結局、交流戦そのものは指導役の力に押し切られ、フィッツジェラルド側の敗北に終わった。
だが、勝敗以上に観客の脳裏に焼き付いたのは彼女が放った一撃だろう。
現時点で言えば、彼女が世界で初めての氷魔法を発動した第一人者である。
偉業とも言える快挙に気付いた生徒は少ないようだが、後々に進むであろう研究で、この交流戦での一戦を思い出す者は多いかもしれない。
ステージを降りながら、何を考えているか分からない表情で虚空を見るフィッツジェラルドに内心で拍手を送り、俺は踵を――
「どこ行くのクリス君」
踵を返そうとして、肩を強く掴まれる。
振り返れば、ハーメス教員が笑みを浮かべながら指でステージを指す。
「君の番だよ。頑張ってね!」
やはりいい感じにさぼることはできなかった。
(V)o¥o(V)




