33話 交流戦(1)
大きな円形の演習場。
古代ローマのコロッセオを更に倍にしたような規模のここは、学園の演習に利用される場所の一つだ。
基本的に魔法は高等魔法になるにつれて威力を増す。
学生の才能によっては、建物一つを吹き飛ばすような威力を叩きだす者もいる(稀にだが)。
自然と演習場の大きさは広くなる訳だ。
観客席に囲われた中で、四角形のステージが四つ等間隔に並んでいる。
このステージの上で、模擬戦を行っていくのだ。
何故こんな物騒な場所にいるのか。
答えは単純で、今日は交流戦の日だからだ。
簡単に言えば、上級生との模擬戦を通して技量を上げようという学園の行事である。
(正直サボりたかったが・・・・・・)
屋敷で『腹が痛いから休む』と言った俺を心配して慌てふためくナーラが狸じじい、もとい執事長のダルセンを召喚。同じように仮病の理由を言えば、『はっはっは、幼子でももう少し上手い演技をしますぞ』と一蹴されてしまった。
仮病作戦が失敗したため、嫌々今日の行事に参加している訳だ。
「はぁ」
先程から何度も溜息がでるのも仕方ない。
誰が好き好んで餓鬼と戦いなんてするかよ。こちとら中身は大人だぞ?
こんなことに割く時間があるなら別の事に集中したい。
セレファリアの件もまだ途中だ。
本格的な着手を始める前に、一度前段階の実験を挟むことになった。
貴重な苗木を用いて、俺が言った環境での生育が可能かを試すというものだ。期間は一月、そこで安定した結果が出れば、大々的に援助もできるとのこと。
実験の開始は、次の休日にもう一度フィッツジェラルド邸に集まって行われる。
必要な機材は向こうで揃えて貰えるとのことだったため、遠慮なく必要なものを提示した。
まだ小規模の実験とはいえ、かかる設備費用はそれなりに高価な物だ。
にもかかわらず表情一つ変えずに即断で許可が出せるのは、流石はフィッツジェラルドと言ったところだろう。
これが上手く進めば、金策に悩む必要は殆どなくなる。
今のカツカツの現状を思えば、絶対に失敗する訳にはいかないのだ。不安の芽を少しでも摘みたいのだが、この学生という肩書が邪魔をしてくる。
束縛が薄いという点では平民の方が都合がいいと思ってしまうな。
「はぁ」
「実習に苦手意識がありますか?」
二度目の溜息が零れた所で、不意に隣から声を掛けられる。
顔を向けると、すぐ傍までハーメス教員が近寄っていた。
「うんうん、過去のことで気分が落ち込むことってありますよね。でも大丈夫ですよ! クリス君は才能があります。それに最近は勉強も頑張って努力もしている! 決して同じにはなりませんよ!」
ふんすっと両手を握って激励を飛ばす20代女性教員。
彼女の言う過去とは、おそらくクリスがスライムに敗北したという実習に関してだろう。
あれの噂で、クリスは近接戦に関しては糞ザコだと思われている。
まあ実際クリスが近接最弱なことには変わりないが、今は前世を思い出したことで、どちらかと言えば近接が主体だ。
まだまだ未熟だが、運動も継続しているため身体も徐々に締まってきた。
スタミナに関しても、軽い戦闘程度では息切れするようなことはないはずだ。
「気分が悪くなったら休憩していてもよろしいでしょうか」
「勿論です。例年無理をする子が出てくるので近くに救護テントも設置してあるので、怪我や気分が悪くなったらそちらで治療を受けて下さいね」
「では少々気分が悪いのでテントに――」
「分かりました。って、こらこら待ちなさい!」
華麗に退場しようとしたところを強引に捕獲される。
「こらっ、そんな真顔でなにが体調が悪いですか!」
「表情が変わらないという病気になったようです」
「もう! つくならもっとマシな嘘を付いて下さい。ほら、行きますよ」
「・・・・・・分かりました。・・・・・・あの、一人でも問題ないので先生は自分の仕事に戻って頂いて構いませんよ」
「これが私の仕事です。どうやらクリス君はやり過ごそうとしているようなので、担任としてしっかり監督します。ちなみに拒否権はありませんのであしからず」
しまった。いらぬ問答を続けてしまったせいで問題児として目を付けられたらしい。
教員にワンマークされている学生。明らかに目立っている。友人でもいれば『授業参観かよっ!』と言われ間違いなく揶揄われているような情けない姿だ。
(無駄に足掻いたばかりに・・・・・・)
小学生の頃に同じように教師を困らせている同級生がいたなあとふと思い出す。
・・・・・・ということは、俺は小学生と同レベルなのか。
悪役の演技をする必要がない場面では少し自制しようと思った。
◇
教員の挨拶もそこそこに、熱気に包まれ始まった交流戦。
日頃からの研鑽がどこまで身についているかの確認の場としてはこれ以上にない。
少し気分が高揚しているのは内に秘めて、自分の番が来るまでは他の生徒の動きを見る。
「き、緊張するねカレンちゃん」
「あなたは緊張し過ぎよ。別に試験でもないのだからもう少し肩の力を抜けばいいのに」
「だって~ こんなに見られている中で戦ったことなんてないんだもん」
周囲を囲むように設置されている客席には一、二回生の生徒が私達を見ている。
彼等はまだ実戦を行うレベルに習熟していないため、上級生の戦いを見ての学習だ。
「うぅ、絶対になにかやらかすよ~」
「弱音ばかり吐かないの。ただでさえ平民だと舐められやすいんだから。ここで実力を証明するの」
「カレンちゃんは頼もしいな~ あっ、平民と言えば、実技で好成績な人が居たよね」
「ええ。名前までは憶えていないけれど、確か男子生徒だったはず」
なんでも身体強化魔法のみで上位の成績を収めたとか。
他生徒は魔法がまともに使えない欠陥と言っていたけれど、身体強化魔法の重要性を知った今では見方が変わる。もっとも将来性があるのはその男子生徒かもしれない。
「にしても、堅いね」
「そうだね~ 崩せる気しないね~」
ステージで戦いを繰り広げている彼等。
五回生が二人に対して三回生が五人での戦いだ。
交流戦は多人数に経験を積ませるのが主とされるため、ローテを早く回すため多人数での戦いとなる。
指導役の五、六回生は二人のペアを組む。
対する三、四回生は教員の采配によってランダムに三から五人のチームで挑むことになる。突発的にできたチームでの臨機応変な対応も求められる訳だ。
やはり急ごしらえのメンバーでチームワークを発揮するのは難しいのか、お互いの長所を活かせていない場面が見られる。
とはいえ人数では倍。物量で押し切れるのではないかとも思うが、先輩方は全く攻撃を寄せ付けない。
近くで見るとより顕著に分かる。
守備の差。そもそもの意識が違う。挑戦者側は攻撃を当てることに意識の殆どを割いているが、相手はまるで盤面を俯瞰してみているかのような動き。
猛攻を凌ぎ、確実に詰みに繋がる一手を指す。
「相手は別に突出した生徒じゃないのが驚き」
「これで平均って、後二年で追いつける気がしないよ~」
昇級するにつれて実戦での訓練が増える。
経験を積んだら私達も彼らと同じ芸当はできるようになるだろう。アリスの不安は不要なものだと思うが、如何せん実績が作れないと自信にも繋がらない。
傍から見れば間違いなく才能はあるのだけれど、どうにも言葉だけでは彼女の不安を払拭することはできないようで、私としてはなんとも歯がゆい思いを抱いている。
「うーむ」
「な、なにかなカレンちゃん。そんなに見つめられると、あの、恥ずかしくて・・・・・・」
そして今みたいによく赤面してあわあわと取り乱すのも、おそらくは自信のなさが影響しているのだろう。
「こんな人気の多い所で。あ、いや別に人が少なかったらいいという話でもないのだけど、こちらにも心構えと言いますか、準備が必要だと・・・・・・」
「「「おぉおおおおおお」」」
「なにかあった?」
早口で捲し立てるアリスの声をかき消すように、人のざわめきが耳朶を打った。
状況が分からず、そのざわめきの元を確認しようとアリスと共に移動する。
聞こえてくる声を拾えば、なにやら三回生の生徒が指導役を倒したらしい。
ようやく人の波を超えた先で、上級生が肩で息をして膝を付いている姿があった。
そんな彼らを見下ろすのは、
私が大嫌いな貴族、クリス・ローウェンだった。




