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831  作者: 川野りこ


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7/10

第7話 823

 

 うっすらと染まった耳に気づき、ストレートに告げる勇気を知った。


 あの後のことはよく覚えていない。

 風磨とホテルの庭園を巡って…………


 「ーーーー理、愛理、起きれるか?」

 「?!」


 間近に迫った瞳に瞬かせる。どうやら車内で寝ていたようだ。シワのよったスーツで、肩を貸してくれていたと気づく。


 「……ありがとう……」

 「どういたしまして……ほら……」


 手を差し伸べる風磨に何も言えなくなった。


 小学生に上がったばかりの頃の愛理は、今のように素直にお礼は言えないし、自分の意見を無理に通すこともあった。西園寺家と関わりのある友人しかなく、親友と呼べるような存在もいなかった。


 「……本当、愛理ちゃんって我儘だよね!!」

 「そっちこそ、性格悪いんじゃないの?」


 何が経緯で喧嘩になったかは覚えてないけど、三対一のやり取りだった事だけは、今でも覚えてる。

 やられっぱなしは性に合わなかったから……


 「もう、相手にしない方がいいよ」

 「そうそう話し合うだけ無駄だよ」

 「だって、愛理ちゃんが!」


 むきになる子を宥める友人が気に入らない。西園寺家を少なからず知っているからこそ宥めているなら、喧嘩になる前に止めるべきであったにも関わらず、今更ながらに口を挟んできたからだ。


 「…………偽善者」

 「なっ!」 「な、なによ?!」

 「だって、そうでしょ? その子が突っかかってくる前に止めたらよかったじゃない」


 図星なのだろう。見せかけだけの友人のように映るが、羨ましくもあった。たとえ見せかけでも側にいてくれる友人がいる事が。


 「友達まで悪く言わないで!! もう一緒のグループなんてやりたくない!!」

 「ーーーーっ、こっちから願い下げよ!」


 引くに引けなくなり、気づかないうちに声が大きくなっていたのだろう。扉を開けて入ってきた人物に、西園寺家を知っているであろう二人は青ざめていた。


 「…………ずいぶんな言い合いだな」

 「そもそも三対一なんて、そっちの方が卑怯じゃん」

 「ーーーーっ!!」


 風磨が距離を縮めれば、みるみるうちに染まっていった相手で同時に理解した。


 この子は、私が風磨と一緒にいるのが気に入らなかったんだ……


 「はぁーーーー……くだらないですね」

 「あ、あの……」 「これは……」

 「言い訳は結構ですよ? 愛理・・は私の友人なので、そちらが味方につくというなら、こちらも着かせていただきますね?」


 当然のように告げて、愛理の隣に立った美少女が圧倒的なオーラを放っているからだろう。加勢したはずの友人たちは押し黙り、離れる選択をするしかない。


 「ちょっ、なんで?!」

 「だって……」 「ねぇ?」


 顔を見合わせる友人達に理解できない様子が見てとれる。愛理と言い合いをしたクラスメイトは【藤宮】を知らないからだろう。無知が露呈している事にすら気づかず、また溜め息が出そうだ。


 「…………それで、ケンカの発端は?」

 「それは…………」 


 視線の先にいる二人で気づいたのだろう。愛理と言い合っていたクラスメイトは風磨に、加勢した二人は清隆に向いていた。想い人の側にいる愛理が許せないと、手に取るように雪乃には分かった。


 「今回のような言いがかりはやめてくださいね?」

 「ーーーーっ、雪乃ちゃんには関係ないじゃない!」

 「それを言うなら、そちらのお二人も関係ないですよね?」

 「そ、それは……」 「う、そうだけど……」


 アイスブルーの瞳に射抜かれて言葉に詰まる。どれだけ言い訳を並べたところで通用しないと悟ったようだ。


 「……ご、ごめんなさい……」

 「何に対しての謝罪ですか?」

 「えっ……それは…………」

 「愛理ちゃんに謝ってください」

 『…………ごめんなさい……』


 顔を見合わせ、揃って伝えた二人に対し、発端の張本人はまだ納得がいかない様子だ。


 「…………なん、で……」

 「まだ納得できませんか?」

 「だって、ずるい……愛理ちゃんなんて……我儘で、自己中なのに……」

 「それが?」

 「えっ?」

 「あなたの言う我儘も一つの個性ですよ? それに……ここまで騒いでいる時点で気づきませんか?」


 見上げれば痛い視線が突き刺さる。先程まで味方のようなクラスメイトしかいかなかったからこそ、風磨からの視線をより冷たく感じたようだ。


 「ーーーーっ……そんな……」

 「……愛理ちゃん、いきましょう?」

 「う、うん……」


 一切配慮せずに愛理の手を取って教室を出ていく横顔は、ヒーローのように映っただろう。側にいた風磨と清隆には、それが手に取るように分かった。


 「…………雪乃まで言われるかもよ?」

 「構いませんよ……それよりも……同じクラスがよかったですね……」

 「うん……」


 頷けば、優しく微笑むアイスブルーの瞳に見惚れそうだ。


 「……俺たちもいたんだけど?」

 「風磨……キヨ……」

 「間に合ってよかったな?」

 「うん」


 清隆と雪乃のやり取りで駆けつけてくれたと、さすがの愛理にも分かる。


 「あの……ありがとう……」

 「はい、友達・・ですから」


 破壊力抜群の笑みにノックアウトされた愛理と、溜め息が出そうな清隆と風磨。本当の意味で友人になったのは、この日からだろう。


 「雪乃……また遊んでくれる?」

 「はい、ぜひ!」

 「俺たちは?」

 「…………ついでに風磨とキヨも呼んであげる」

 「雪乃のついでかよ」

 「なに?」

 「別にーー」


 そして、この日から風磨との言い合いも増えていった。


 「風磨、お疲れさま……」

 「ああー、お疲れ……どうした?」


 ネクタイを緩め、スーツから着替える姿を見つめる。風磨とも長い付き合いになるが珍しい反応を思い返して頬が緩む。


 「……お坊ちゃまかぁーー……」

 「それは忘れろ」

 「いいじゃない♡ 素敵な支配人だったね♡」

 「ああー、昔から知られてるからなー……支配人は祖父みたいな感じだな」

 「……嬉しいね?」


 上目遣いの破壊力にやられ、認めるしかない。婚約者には敵わないと。


 「……そうだな…………楽しみにしてくれてるみたいだからな」

 「うん♡」


 周囲の祝福ムードからも西園寺愛理と蓬莱風磨の結婚は、どちらの家にとっても理があると分かる。実際に愛理たちが認識する前から婚約者候補にどちらの家でも名前が上がっていたし、顔合わせをする前から両親たちの間では婚約者の認識に変わっていた。当人たちよりも親同士の交流が多かったからだが、詳しい内情を知らされていなかった愛理にはスムーズに事が運んだように映っただろう。


 「あっ、キヨからだ」

 「ああー」


 個々で連絡は取り合っているものの、四人のグループラインは今も活用されていた。


 珍しい清隆からのメッセージに顔を見合わせる。


 『来年から海外に行くことになった』


 三年間共に同じ大学で学んできた仲間だからこそ有能さは分かる。出逢った当初はクールな印象で、あまり喋らないイメージだった。風磨が近づきやすいイケメンなら、清隆は近づきにくいイケメンで、学生時代はファンクラブが陰で出来るほどの人気ぶりであった。


 『おめでとう!!』

 『雪乃ありがとう』


 飛び交うメッセージに愛理たちも返す。話には聞いていたが最終試験的な意味合いのある海外事業部の実地を得て、跡取りとして公表される予定だ。


 「早いねーー……」

 「ああー、茉莉奈ちゃんの卒業までには整えたいらしいからな」

 「さすがキヨ♡」

 「だよなーー、本当すごいやつだよ」


 愛理が雪乃を慕うように、風磨にとって清隆が親友と呼べる幼い頃からの友人だ。学生時代をほとんど隣で過ごしてきたからこそ、親友の凄さを理解していた。一見クールに見えても中学、高校と生徒会長を務めるほどの人望があるし、跡継ぎとしてではなくイチ新入社員として働き、たった二年で海外事業部を任されるほどに優秀である。


 羨ましくも自慢の親友と顔に書いてある風磨に、自身の黒歴史を消したくなる愛理がいた。


 振り返れば、雪乃がよく友人になってくれたと思っていた節さえあった。愛理が釣り合わないと感じてしまうほどに彼女の周りは常に人が集まっていた。


 「ーーーーどうして愛理だったんだ?」


 風磨の疑問はもっともで、隣で深く頷いた清隆も同意見であった。誘いを簡単に受けないようにしているはずの雪乃が、かなりあっさりと愛理の誘いに乗ったからだろう。


 実際に西園寺家当主は、まだ学生の春翔に丁重に接しているようだったと、子供心に感じたからこそ印象に残った。また、はじめての西園寺家訪問に同行した二人にとって彼女の行動が珍しく映ったからこそ、帰りの車内で聞かずにはいられなかったのだろう。


 「…………言ってなかったかな?」

 「ああー」 「聞いてない」

 

 呆れ顔が並び、柔らかな笑みが浮かべばドキリと高鳴るが、隣にいる春翔の視線ですぐに消えていった。


 「…………裏表がなかったから……」

 「単純ってことだろ?」 「ああー、単純だよな」


 散々な言われようだが、まだ小学生になったばかりの愛理が子供な訳ではなく、年齢の割には周囲が見えている部類に入るだろう。ただここにいる面子に遠く及ばないだけだ。


 「……純粋な好意だったこと……はじめて、だったからかな……」


 雪乃の境遇を考えれば、それは仕方がないことかもしれない。彼女自身もどこか諦めていたし、必要以上に友人を作ろうともしなかった為、昔から付き合いのある清隆と風磨以外に敬語を使わない場面はなかった。


 二人にとっては素朴な疑問だった。親しくなった愛理でも感じた事があるのだから、その疑問は当然だろう。彼女である必要がないと感じていたからだ。


 「…………あれは、本心ってことか……」

 「うん、キヨ…………友達になりたいと思ったから……風磨には負けないよ?」

 「おい!」


 可愛らしい笑みを浮かべて宣言したように、彼女と愛理が親友と呼べる仲になるのは、もう少し先の話であった。

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