第6話 220
『これから風磨とドレス選び♡』
『よかったね♡ 愛理のドレス姿、私も楽しみ』
スマホの画面に思わずニヤける。親友に真っ先に報告する素直さは、愛理らしさの一つだろう。
メッセージのやり取りから離れ、身なりを整えてホテルに向かえば、そこは蓬莱家縁のホテルだ。
「愛理、お待たせ」
「私、フレッシュジュースがいいなぁーー」
「終わったらな?」
彼女らしいリクエストには慣れたもので、遅刻の代償に風磨がドリンクを奢ることになりそうだ。
ただ素知らぬ顔でエスコートする横顔を見上げれば、極上の笑みが向けられていると分かる。内心ではドキリと胸が高鳴り、言葉にならない。口喧嘩というより些細な言い合いは日常茶飯事だったからこそ、らしくないと感じる。
ホテルの一室に揃って向かい、ドレスを吟味する時間が始まった。ラックに掛かったドレスが二十着はある愛理に対し、風磨は三着ほどだ。
「…………少なくない?」
「そんなことないだろ? 花嫁が主役なんだから」
言い切られれば頷くしかないが、着せ替え甲斐があるのは愛理だけではない。背が高く、整った顔立ちの風磨も、さらりと着こなしてしまう為、眼福といえる。実際にスタッフの一人が頬を染めていたし、正装姿は素直にかっこいいと認めざるを得ない。
「……風磨……似合ってるね」
「そうか?」
無頓着具合に親友が思い浮かぶが、着丈は調整が必要そうだ。日頃からジムに通う習慣がある彼の体格はいい。ムキムキではなくとも、それなりの筋肉量がある。その証拠にプランナーの女性も絶賛しそうな勢いだが、さすがはプロだ。あくまで顧客として接していると分かった。
「少し動きづらいけどな」
「うーーん、でも最近痩せたよね?」
「あーー、少しな……最近、行けてないし」
最近はジムに行く時間を取れないほどに忙しいからだが、説明がなくても伝わるのは愛理と風磨の仲だからだろう。
順当に風磨のタキシードが決まったのに対し、愛理のドレスは難航中だ。ウェディングドレスだけでも三着、カラードレスが二着までに絞られたのはよかったが、スタイルの良さを発揮してどれも似合う為、即決ができない。いつもの風磨なら迷う事なく進む性格だが、婚約者の事になると優柔不断さが垣間見える。
「やっぱり最初のがいいかなぁーー……」
「うーーん、ちょっと待ってくれ」
スマホをスクロールして真剣な顔で選ぶ姿に、綻ばずにはいられない。
「ふふふ……」
「どうした?」
「ううん、ありがとう」
お礼を言われても心当たりがない様子が見てとれる。スマホから上げた顔に疑問符が書いてあった。相手の気持ちを読み取る能力に長けている雪乃とは違うが、風磨限定で発揮していたから分かったのだろう。また仕事では遺憾なく発揮する風磨も、愛理を前にしては削がれていた。
いくらホテルの一室にいるとはいえ、プランナーや衣装担当のスタッフの方が何時間も拘束されれば疲れるはずだが、その兆候は極めて低い。蓬莱家の次期当主と知っているからというのもあるが、見目麗しい二人はいつまでも見ていられるというのが本音だろう。ブライダル担当はベテランが主に担当しているからこそ、一般人とは違うオーラを感じ取っていた。
揃ってお礼を告げられれば、瞬いた顔が並ぶ。次期当主直々に告げられるとは思いもしなかったからだろう。
今回の式場に選ばれた場所は、古くから蓬莱家が所有するホテルの一つだ。由緒ある老舗ホテルの一つであり、予約が取りにくい事で有名であった。
一年前から押さえていたとはいえ、スケジュール調整は並大抵の事ではなかっただろう。その苦労を知っているかのような労いの言葉に、支配人一同が報われたと思ったのは言うまでもないし、幼い頃を知っているからこそ涙腺が緩むというものだ。
「ちょっ、支配人??」
「風磨お坊ちゃま、ご立派になられましたな……」
「じい、坊ちゃんはやめてくれ」
昔からの知り合いと仲の良いやり取りに和やかな雰囲気だ。
「愛理さま、風磨お坊ちゃまをよろしくお願いいたします」
「はい、お坊ちゃまのことはお任せください」
「おい! 愛理まで……」
婚約者と結託されては抵抗のしようがない。諦めたように手を振り出ていった。
「……素敵なお二人でしたね……」
「ええ……本番が楽しみですね」
「はい!」
どことなく現当主を思わせる威厳がありながらも人当たりの良さが分かる。仲睦まじい姿は理想的な夫婦像のようにも映っていた。
愛理がしかめっ面の頬を指先でそっと突けば、強引に腰を取られ歩き出す。
「風磨の弱点発見だね♡」
「勘弁してくれ」
楽しそうな婚約者を愛でたい気持ちは大いにあるが、揶揄われてばかりは性に合わないのだろう。耳元に唇が近づいたと思えば、宣言された。
「…………覚悟しとけよ?」
「ーーーーっ……ずるくない?」
「愛理にだけは言われたくない」
「こっちの台詞だよ!」
軽口を言い合っても、それすら楽しそうな横顔に綻ぶ。
出逢った当初は天敵だと思っていたから……なにが起こるか分からないよね……
婚約者と決まった当初は意地の張り合いをしていた。顔を合わせれば些細な言い合いをして、親友たちを困らせたこともあったくらいだ。
「えっ……嘘でしょ?!」
「愛理、これは決定事項だ」
「なんで?!」
「それは……」
本音と建前の使い分けのできない娘に、父が本当の理由を述べることはできず言葉に詰まる。同じクラスで、それなりの交流があるのは知っていたし、パーティーでも当然のようにそばにいたから、すぐに了承すると思っていた西園寺家当主にとっては寝耳に水だろう。ここまであからさまに拒否反応を示すとは、少しも思っていなかった様子が見てとれる。ただそれは、この場に雪乃がいたならの話だ。当時の愛理には少しもその違いが分からなかった。
「……とにかく、今度の土曜日は顔合わせだからな!」
強引に予定を告げて逃げていく父に苛立ちはあれど、それ以上の抵抗はない。愛理なりに西園寺家長女としての役割を認識していたからだろう。いずれはどこかの家へ嫁ぐ事になるし、それは大なり小なり西園寺家にとって繁栄や利をもたらす人物になると。
特大の溜め息とを吐いて、ベッドに横になっても気分は少しも晴れない。お気に入りで固めたベッド周辺の小物を見つめても、現実が変わらないと分かっているからだろう。
蓬莱風磨とは仲良くはなったとは思う。
はじめて会った時は、なんて失礼なやつって思っていたけど…………
小さな胸の違和感に気づきながらも口には出来ない。愛理にも、自身の感情がよく分かっていなかったからだろう。
雪乃を通して交流があった為、彼の趣味や思考はよく分からない。それが愛理の率直な感想だ。まだ中学生になったばかりの彼女にとって、恋愛は程遠い存在であった。
花柄のワンピースを着て向かうのは、蓬莱家縁のホテルだ。緊張した面持ちの愛理を他所に、両親は揃って穏やかであった。それは蓬莱家と交流があり、両親にとって最良の縁談と感じていたからに他ならない。
「……愛理、もう少しどうにかならないのか?」
「なにが?」
「いや……」
さすがの当主も娘の拒絶具合に口を挟めない。好き嫌いの激しい性格と分かっていたが、嬉々として学校の話をしていたことから関係は良好であると判断したのだろう。予想外の反応に仕方がないと感じながらも、対面すれば先ほどまでとは違い朗らかに微笑む娘に心中では驚いていた。その片鱗に藤宮雪乃と関わらせた甲斐があったと、内心では感心させられてもいた。今までの娘だったならば、不機嫌さを少しも隠してはいなかったからだ。
テンプレートな挨拶を終え、ラウンジで二人きりになれば口調も元通りだ。
「…………なんで、断らなかったのよ」
「理由がないから」
「訳わからない……」
「なに? 嫌だったのか?」
「うっ……そうじゃない、けど……」
言葉に詰まり完全に拒否ができない。この六年で蓬莱風磨の人となりは愛理なりに見てきたつもりだが、未だに分からない部分は多い。憧れの人ほどではなくとも、同学年で清隆と風磨以上に文武両道な者はいない。
「…………私、じゃなくても……」
「えっ??」
「…………私じゃなくても! って、言ったの!」
「なんでか分からないって顔だな?」
「うっ……だって……」
お世辞にも自身の性格がいいとは言えず、いつも隣にいる親友と無意識のうちに比較して仕舞えば、それも仕方がないことだろう。同年代で彼女に敵うような相手はいないのだから。
「…………俺は、愛理がいいって言っても、信じないんだろうな……」
「えっ??」
思わず聞き返したのは愛理の方だ。ここ数年でマシになったとはいえ、蝶よ花よと育てられ我儘の自覚があるからこそ選ぶとは思えなかった。蓬莱風磨の立場ならば、西園寺愛理を選ばずとも他にいくらでもいるだろうと、簡単に想像もついたからだ。
「…………おかしいとは思わなかったのか?」
「……なにが?」
「いつも二人のそばにいたこと」
違和感といえば最初からあったが、それは今になって思えばというだけで、当時の愛理は気づいてもいなかった。ただ見極められてると直感的に感じ取ってはいたが雪乃があの調子の為、頭の片隅に追いやったともとれる。
「最初はなんて失礼な奴だって思ったけどな」
「それは、こっちの台詞よ!」
「でも……すきな子には優しくしないと好かれないらしいからな……」
「それって……」
「まだ疑ってんのかよ?」
首を横に振って否定した愛理にも視線で分かる。いつからか雪乃に対するように優しくなっていたし、言い合いもどこか楽しそうにしていると感じる時があったからだ。
「じゃあ、受けてくれるだろ?」
「…………強引すぎない?」
「それは策略と言ってくれ」
「自分で言う?」
愛らしい笑みに向けられた視線で気づく、いつからか変わっていたことに。
「考えてあげるよ…………理由を述べてくれたらね?」
「そんなの……すき以外にあるのか?」
面と向かって告げられ、分かりやすく真っ赤に染まる愛理に対し、涼しい顔のまま告げる風磨がいた。




