表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
831  作者: 川野りこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/10

第5話 L8r

 高円寺一斗と蓬莱真子の婚約は、あの後すぐに発表された。蓬莱家には幸せな行事続きといえるが、風磨は何ともし難い表情だ。学校は違えど幼い頃から交流のあった高円寺家との婚約は、今後の会社にとってもプラスに働くと簡単に想像がつく。二つの家の繋がりがより強固になるのだから。

 だからと言って簡単に割り切れない思いがあった。


 「まだ嘆いてるの?」

 「いや……」


 否定しつつも表情が優れない。妹の婚約はまだ先であると思っていたのだろう。


 「……愛理、明日は予定ある?」

 「明日は雪乃とランチに行くけど、同席した方がいい案件?」


 スマホの予定を見ながら応える愛理に微笑む。


 「いや、夕飯……行きたいところがあるから、付き合ってほしい」

 「うん、いいよ。ドレスコードはある?」

 「あーー、一応……ホテルでの、会食」

 「うん、詳細が分かったら連絡してね」

 「ああー」


 いつも通りの反応だ。急な会食に付き合うことは今までにもあったし、そのほとんどが夜のため昼間に親友と会うことが多い。ただ歯切れの悪い言い方に違和感を感じなかった訳ではないが、先方から詳しく聞かされていないこともある為、気に止めていなかった。

 それよりも愚痴を聞いてもらった以来の親友とのデートが楽しみな様子が見てとれる。相変わらずな雪乃至上主義であった。


 久しぶりの外でのデートに気合いを入れて準備して向かえば、雪乃が手を振り返す。揃って予約していたイタリアンレストランに向かえば、美味しい料理に話も弾む。


 「一斗さんと真子ちゃんが婚約かーー……」

 「ねぇーー……驚いちゃったけど、どことなく似てると思うんだよね」

 「うん、真子ちゃんとお似合いだよね」

 「そうそう、なのに風磨ったら嫉妬してた」

 「お兄ちゃん的には寂しいのかもね」

 「そんな感じ、分からなくはないけどねーー」

 「愛理も寂しかった?」

 「うーーん、正直に言えば……敦史あつしが婚約した時はね……」


 敦史とは愛理の弟である西園寺敦史のことだ。彼が西園寺家を継ぐことになっているが、まだ学生のため婚約発表を大々的に行なった訳ではない。ただ身内で顔合わせは済んでいて、雪乃も交流があるため知っていた。仮に愛理と親友でなくとも藤宮家に情報は入ってきただろう。


 「大人になったんだなーーって……」

 「うん……早いよね……」


 待ち合わせた際に愛理たちに向けられる視線は様々だったが、そのほとんどが見目麗しい存在に眼福といった感じであった。慣れた反応を気にした事はないが、些細な違いに気づく。


 「……そういえば、雪乃がルイボスティー選ぶのって珍しくない?」

 「うん……今日は、愛理に報告があって……」


 幸せな報告に嬉しい悲鳴が上がるが、個室のため周囲に影響はない。


 「おめでとう!!」

 「ありがとう、愛理……」


 朗らかな表情に綻ばずにはいられない。結婚してから一年経っても変わらない二人は、愛理にとっても理想の夫婦そのものだ。

 言わずもがな質問攻めをしても致し方ないだろう。雪乃も分かっていたのか、愛理の攻めに動じることなく応えていた。


 「……男の子かぁーー……可愛いだろうな……」

 「うん……」

 

 体のラインを拾わないワンピースを着ていた為、会ってすぐには分からなかったが、よく考えてみればいつもと違うことはあった。生魚を食べていなかった事も、カフェインレスの飲み物を頼んでいた事も。紅茶好きの雪乃にしては珍しい注文が続いていたが体調を気にして選ぶことが今までにもあった為、特に気に留めていなかったからこそ気づくのが遅れたといえる。ただ雪乃が気づかれないように振る舞っていれば、愛理が気づかないのも無理もない事だ。

 匠が一條家を継がないからこそ、雪乃の実家との繋がりを期待する輩が減った訳ではない。彼女とは叶わなかったが次の世代で藤宮家と繋がりを持ちたい家は多い。特に内情を知らない者からすれば、極上の甘い蜜のようだろう。ただ、望んだ者の行く末は目に見えていた。


 「ドレス選びはこれから?」

 「うん♡ 週末に風磨と行ってくるよ」

 「楽しみだね……愛理のドレス姿、綺麗だろうなぁ」


 見目麗しい親友から告げられれば、さすがの愛理も照れが入る。嬉しくも、理想的な彼女の言葉は恐れ多くもあった。


 風磨との待ち合わせ場所は蓬莱家縁のホテルだ。ドレスアップした装いで向かえば、同じくスーツ姿の風磨がロビーで待っていた。


 「風磨、お疲れさま」

 「お疲れ、愛理……来てくれてありがとな」

 「うん、それはいいけど…………先方は?」

 「あとから来る……」

 「珍しいね」


 少し緊張した面持ちの風磨も、年長者に会うとなれば通常運転であり変化はない。エスコートされるまま最上階のスイートルームに向かえば、よほどの密談案件であると勘違いしたくらいだ。


 「……風磨、これって…………」

 「改めて言いたくて……違うな……」


 テーブルに用意された花束や紙袋で想像はつく。ただ予想外すぎて声にならない。


 「……愛理、俺と結婚してください!!」


 彼には似合わない敬語も、真っ赤に染まった頬も、すべて愛理のためだ。マリッジブルーとまでは言わないが、告げていなかったことを後悔していたのだろう。当たり前のようにそばにいて、これからもそれは続いていくと思っていた傲慢さを愛理は気にしていなかったが、風磨自身には思うところがあった。だからこそ忙しい合間を縫って準備し、今日を迎えた。


 花束を受け取ろうとしない愛理に、恐るおそる視線を向ければ潤んでいた。


 「愛理……これからも、そばにいてくれ……」

 「うん……」


 ようやく受け取った花束に顔を埋めて頷けば、薔薇の香りが鼻腔に広がる。


 「……風磨…………ありがとう……」

 「ああー」

 「……これからも、よろしくね……」

 「ああー……この間は、悪かったな……」


 謝られる覚えのない愛理が首を傾げる。彼女にとっては結婚準備に参加が少ない事も、真子の策略も、些細な事であった。


 「いや……好きなもの頼めよ?」

 「うん♡」


 変わらないやり取りに自然と綻ぶ中、何気ないやり取りができていなかった事に気づく。風磨は早く帰宅できる努力をしていたし、愛理も早起きや遅くまで起きようとする日もあったが、空回りしていたのは確かだ。近くにいたからこそ気づかなかったのだろう。些細なすれ違いが大きな歪みになる時もあることを。


 寄り添うように並んでソファーに腰掛け、テーブルいっぱいに運ばれてきた好物に箸を伸ばした。お互いの好みは熟知している為、相手が苦手な食材を選ぶことはない。少しの配慮が足りなかったと学んだのも、お互いさまであった。


 「そうだ! 雪乃にね!!」

 「どうした?」


 嬉々とした婚約者に優しい眼差しが向かう。自身のことのように素直に喜ぶ姿は可愛らしいと同時に羨ましくもある。愛理の雪乃至上主義は今に始まったことではないからこそ、風磨にとって雪乃はある意味では一生のライバルだ。そうとは知らない愛理が昼間の出来事を嬉しそうに語れば、風磨が嫉妬しても致し方ないだろう。


 不意に近づいた瞳が物語っているかのようだ。


 「…………風磨、もしかして……ヤキモチ?」

 「うっ、今頃気づいたのかよ」

 「えっ、本当に?」

 「なんでそんなに嬉しそうなんだよ?!」

 「えーーっ、だって、好きな人は特別だもん♡」


 蓬莱家の次期当主は翻弄されっぱなしで、今のところ勝てる見込みはない。


 「ふふふ、ありがとう……」

 「ーーーーっ!?」


 寄せられた唇に真っ赤に染まった頬が、なんとも可愛らしい。普段は男らしい風磨の意外な反応に嬉しそうな愛理だが、黙って見逃されるはずがなく思い切り攻め立てられる事になったのはいうまでもない。


 「愛理、覚えとけよ?」


 相変わらずな口の悪さが、照れ隠しの一部であると知っているからこそ微笑む。


 「真子ちゃんには感謝だね」

 「ああー……」


 反応の悪さに首を傾げる。


 「ん?」

 「いや……雪乃からも言われた……口にしなくちゃ伝わらないこともあるって……」

 「さすが雪乃♡」

 「だから言いたくなかったんだよ!!」


 夫婦漫才を繰り返しながら結婚式が近づいてきたと実感する。風磨とのやり取りは愛理にとって、愛情表現の一つでもあった。


 指先で頬をそっと突けば、むくれっ面だ。ただそんな所すら愛おしいと思える自身に瞬く。


 「……愛理?」

 「風磨、ありがとう……」

 「どうした? 変な物でも食ったか?」

 「ちょっと、言い方よ!」


 真面目なトーンはどこへやらだが、自身の変化に気づく。明確に支えていけるようになりたいと。


 「…………風磨…………」


 ぎゅっと抱きつき、想いを伝える難しさを知る。普段ならすぐに出るはずが言葉に詰まる。拒絶されないと分かっていても、本音を語るのは照れくさいからだろう。


 「…………私……」


 素直になれない性格が憎いと感じながらも、まっすぐに見つめれば向けられる眼差しに急激に染まる。


 「……愛理のドレス姿、楽しみだな」

 「うん……ありがとう……」


 ストレートに告げられない自身の性格が嫌になるが、それも彼女らしさだ。


 「……風磨……すきだよ……」

 「……知ってる」

 「ちょっ?!」


 ふわりと浮いた感覚に思わず首に腕を回せば、極上の笑みで視界が埋まる。

 近づく瞳に瞼を閉じれば、唇が静かに重なった。


 「ーーーー言っとくけど、俺の方がすきだからな?」

 「うっ、私も!」


 子供っぽいやり取りだと感じながらも、これが二人の仲が続く秘訣だ。軽口を言い合いながらも先日の喧嘩とは違い、愛に満ちたやり取りが行われていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ